ささやき脳卒中

2022/03/05

 『ささやき脳卒中』?? 聞きなれない言葉をネットで見かけた蒼野は、調べてみる事にしました。もちろんこれは造語で、元々は『whispering strokes』の日本訳でした。今年の2月9日の米国の医師向け情報サイトの記事で使われた言葉のようです。

 『ささやき脳卒中』が意味しているのは、脳画像を調べてみると、脳卒中の所見があるのに、診断がついていない人の事でした。脳卒中とは、脳梗塞+脳出血+くも膜下出血の総称で、脳血管障害とも言い換えることができます。

 『ささやき脳卒中』は症状が有るものも、無いものも含めて、今までに脳卒中の診断がついていないけど、画像を撮ってみると、脳卒中(脳梗塞や脳出血)を起こした痕が見つかった、ということのようです。

 実は、調べてみると『ささやき脳卒中』は非常に多く見られ、85歳以上の人の約50%が罹患していることがわかったそうです。無症状の人はもちろん多いのですが、中には完全に無症状というわけではなく、明らかな脳卒中とは認められない臨床症状が残っている人もいるようです。

 『ささやき脳卒中』が見逃されるのは、患者さん自身が病院で相談するほどの症状ではないので受診しないという場合と、受診した場合でも、医療従事者が精査する必要があると判断しないほどの症状しかない場合のどちらかです。

 国民皆保険ではない、アメリカでは、医療費も高額のため、よほど生活に支障があるような症状でなければ、画像を撮る場合が少ないために、急性期に診断されずに、『ささやき脳卒中』になる場合が多いのだろうと想像します。

 蒼野は日本の脳外科医ですので、脳外科を初診した患者様は、まず画像を撮ることがほとんどです。元気で歩いて受診され、脳卒中の症状がなくても、画像で無症候性脳梗塞とか、微小脳出血が見つかることは結構あります。『ささやき脳卒中』を見逃すことはほとんど無いと思います。

 しかし、日本においても、画像診断機器の無い、クリニックなどを初診した場合には、症状が軽かったり、典型的で無い場合には、そのまま見逃される可能性があるかもしれません。

 論文では、3万人の参加者に、脳卒中の症状を経験したことがあるかどうかを含む、一般的な健康状態を質問し、現在の身体的・精神的な健康状態と生活の質を評価した研究で、脳卒中の神経症状が出ているにもかかわらず脳卒中と診断されていない人が、16%も認められました。その人たちに、生活の質の低下、身体機能、認知機能の低下があることもわかりました。

 また、今年の1月13日にJournal of the American Heart Associationに掲載された論文に、心房細動と『ささやき脳卒中』についての前向き研究が発表されました。脳卒中や一過性脳虚血発作歴のない平均年齢64歳、2万人以上の参加者について、自己申告の脳卒中症状と、心房細動の有無、抗凝固薬や抗血小板薬の使用別に、解析しています。

 その結果、心房細動患者の28.6%が『ささやき脳卒中』に分類されました。これらの参加者は、心房細動でかつ抗血栓薬を使用していない患者で発症リスクが高く、抗凝固薬使用者ではリスクは低いことがわかりました。一方、心房細動のない参加者のうち、脳卒中の症状を報告したのは17%でした。

 『ささやき脳卒中』で、最も多かった症状は、突然のしびれ(感覚障害)と、痛みのない突然の脱力感(運動障害)でした。突然の視野欠損(半盲)や、言語障害(呂律が回らない)、急な認知機能低下なども脳卒中を疑わせる症状として、特徴的でした。

 世の中には色んな人がいるもので、蒼野の外来にも、明らかに片麻痺があって、歩けなくなり、這って生活しているのに、すぐに受診せず、家族がようやく連れてくるというような、ちょっとびっくりするような人もたまに居られたりします。ちょっとくらいの症状だったら、気にしない人も居られて、そう言う人が『ささやき脳卒中』に分類されるのだろうなあと思いました。

 アメリカでも脳卒中は、死亡原因として上位に位置しており、40秒に1人が脳卒中を起こし、5分に1人が脳卒中で亡くなっていると言われています。日本でも死因の第4位で、日本の脳卒中発症者数の推計は年間約29万人、患者数は112万人もいます。そして脳卒中発症者の半分以上が、死亡あるいは介護が必要な状態になっています。

 しかし脳卒中は、生活習慣病から生じたり、心房細動から生じたり、脳動脈瘤から生じたりするため、あらかじめリスクのコントロールをしていれば、大幅に減らすことができる疾患なのです。『ささやき脳卒中』は脳卒中を発症したのに、軽く済んだ運の良い人です。 

 一度脳卒中を起こした、と言うことは、動脈硬化が進んでいたり、リスクが残っていたりするということです。ちゃんと見つけてあげて、予防すれば再発リスクは下がります。脳卒中の64%を占める脳梗塞の再発率は、10年間で50%なのです。

 症状があっても、受診する科によって、『ささやき脳卒中』が見つけてもらえる確率は変わります。まず皆様が脳卒中の症状について知っておくことが重要かと思います。脳卒中は、急に起こることが特徴です。症状が続く場合も、一過性の場合もあります。

 半身の脱力や麻痺は脳卒中を疑います。指先などの局所であったり、両側である場合には脳卒中の可能性は低いです。痛みはほとんど伴いません。脳は血管が一本詰まっても、指先だけといった狭い範囲だけがやられる事はなく、半身に症状が出ることが多いのです。また左右に機能が分かれているため、両方の同じところが、同時にやられることは少なく、両側ではなく片側の症状になります。

 急に呂律が回らなくなる、言葉が出て来なくなるなども、脳卒中の症状です。左半球の言語野の障害で起こります。後頭葉が障害されると、急にどちらか半分の視野が欠けて見えなくなることもあります。見えていない側のものにぶつかったりするようになります。

 小脳がやられると、急なめまい、フラフラして歩けない、細かい作業ができなくなるなどの症状が出ることもあります。高齢者で急に認知機能が下がる場合にも怪しいです。アルツハイマーなどの認知症が、突然悪くなることは少ないからです。

 障害される脳の部位によって、様々な症状が出るため、ここでは書ききれないのですが、脳卒中を起こした時には、血圧がいつもよりも急に高くなっていることが多いため、ヒントになることが多いです。疑わしい時には、画像診断ができる、脳外科や脳内科を受診しましょうね!

 『ささやき脳卒中』に限らず、脳血管疾患は、全身の動脈硬化リスクのコントロールで、発症や再発を予防することが、一番重要です。高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、飲酒、肥満などの、血管性危険因子のコントロールを行うこと。心房細動が発見されたら、適切な抗凝固療法を導入すること。運動習慣と、十分な睡眠を確保すること以外には、王道はありません。

 生活習慣、特に食べるものを変えたり、運動を導入したりするのは大変なのは分かります。でも重症脳卒中で、人生が大きく変わった人を、数多く見てきた蒼野としては、現在リスクがある人は、是非とも生活習慣を見直して欲しい、と切に願います。

参考文献: 

Stroke Symptoms in Individuals Reporting No Prior Stroke or Transient Ischemic Attack Are Associated With a Decrease in Indices of Mental and Physical Functioning

                                  Stroke. 2007;38:2446–2452

Atrial Fibrillation and Stroke Symptoms in the REGARDS Study

                  Journal of the American Heart Association. 2022;11(2):e022921

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