今日は定期的に書いているアルコール関連の話題です。今日の外来で、お酒を飲んでタクシーで帰ってきて、家の前で転んで、顔面を腫らした方が来院されました。幸い検査結果は骨折も出血も無く、特に治療も必要ない状態でしたが、転んだ時のことは全く覚えていないとのことでした。そこでアルコールで記憶が飛んでしまうという事について、調べてみました。
蒼野自身、大学のサッカー部でお酒も鍛えられ、飲酒は習慣になっていたため、『酒は百薬の長』を合言葉に毎日のように飲んでいました。時々飲み過ぎた時は、かなりの確率で記憶の一部が無くなっていて、後から人に聞いて面白がったりしていたものです。
科学的にはアルコールで記憶が飛ぶのは「ブラックアウト(一時的記憶喪失)」と呼ばれます。これには2種類あって、記憶の一部が飛んでしまう部分的ブラックアウトと、数時間の出来事が全部思い出せない完全ブラックアウトがあります。
記憶のメカニズムから考えると、記憶はまず前頭前野という、前頭葉の一部分にストックされます。前頭前野はアルコールの影響を受けやすく、直前の記憶を貯めることが出来なくなると、人は同じ話を繰り返すようになります。酔うと何度も同じ話をする人はこのパターンです。
次に海馬の動きが悪くなります。短期記憶を記録した海馬から、長期記憶を記録する側頭葉へ、記憶情報が転送されなくなるのです。こうなると前の晩のことはすっかり忘れてしまいます。しかし、記憶が無くなるくらいまで飲んでも、ちゃんと家に帰れる人は多いのです。
アルコールによって、一時的な記憶システムの障害は起こるのですが、過去の記憶は残っています。特に帰り道の情報は、アルコールに強い頭頂葉のナビゲーションニューロンに記録されているのです。この交差点を右に曲がると家があるといった情報は、酔っていても使える場合が多いということです。
脳は大事な器官ですので、脳血液関門(ブラッド・ブレイン・バリア=BBB)という脳を守る門番の役割をしている機能が備わっているはずです。抗がん剤なども、BBBがあるために脳に到達することが難しいため、脳の悪性腫瘍に効く薬が少ないというのは、脳外科医の常識です。
しかしアルコールはこのBBBを簡単に通ってしまいます。脳に障害になるような物質は通さないように出来ているはずなのに不思議です。このことから、『脳はお酒を欲している!』と考える学者もいるようです。
アルコールが脳に到達すると、まず前頭葉に影響が出ます。あとは海馬と小脳です。日頃、社会人として前頭葉が理性を持って原始的な欲望や本能を抑え込んでいる人間は、時々前頭葉を休めたくなるのかも知れません。前頭葉が羽目を外して、解放され、リラックスするために古来からアルコールが、文化として生活と共にあったのかも知れませんね!
誰でも前頭葉、海馬、小脳の順に影響が出てくるため、まず同じことを繰り返し喋るようになり、お酒の席のことは覚えておらず、千鳥足になってヨタヨタするという順に影響が出てくるということになります。また進化の中で、人類の体内にアルコール分解酵素が存在していることも、お酒と人類との強いつながりを示しているのかも知れません。
また飲むとドーパミンが多量に分泌されることや、リラックスの時に出てくる脳波=アルファ波が、どんどん出てきて気持ちが良くなるというのも、脳にとってアルコールが好ましい物であるということを示している、という考え方もあるようです。
今日はちょっとアルコール擁護の面からのブログになっていますが、今まで沢山書いてきたように、量を過ぎると健康に重大な影響が出るのがアルコールです。ブラックアウトは血中のアルコール濃度(BAC)の上昇によって引き起こされます。
日本の道路交通法は、呼気中アルコール濃度1リットルあたり0.15ミリグラム、BACに換算すると0.03%で酒気帯び運転と規定しています。BACが0.16%以上になると、ブラックアウトが始まります。この濃度のBACに達すると、ほとんどの認知能力(衝動制御、注意、判断、及び意思決定)が著しく損なわれています。
現在コロナが明けてきて飲酒運転の検挙率も鰻登りのようですね! 飲んでしまうと、前頭葉の抑制が働かなくなり、正常な判断ができなくなるため、あれだけきつい罰金や罰則にも関わらず、飲酒運転がなくならないのでしょうね! いっぱい飲んだ人の方が運転してしまうというのは、考えると恐ろしい話です。
BACは身体の大きさにも関係し、同じだけ飲んでも、女性の方がアルコール濃度が上がりやすいため、ブラックアウトしやすいです。また若い人の方がアルコール耐性が少ない人が多く、ブラックアウトしやすいと言われます。飲酒する若い成人の3割から5割が、アルコール関連のブラックアウトを何かしら経験しています。
飲酒と同時の喫煙や、睡眠薬や抗不安薬を服用している人もブラックアウトは起きやすくなります。空腹状態で濃いお酒を飲んだり、短時間の一気飲みも、BACは上昇しやすいです。ブラックアウトが起こる状態では、今日の患者様のように、転倒など思わぬ怪我のリスクもとても高くなります。救急を診ていると、飲酒後の外傷は、本当に多いのに気づきます。
『酒と泪と男と女』と言う歌に、「忘れてしまいたい事や、どうしようもない寂しさに包まれた時に男は酒を飲むのでしょう」という歌詞があります。でもこれは研究結果からすると誤りのようです。実はアルコールで、飲んでいる間の記憶は無くなるのですが、飲む前の記憶は強化されるという傾向が指摘されているのです。
88人を飲むグループと飲まないグループに分けて実験したところ研究で、どちらのグループも、同じ単語や画像などを覚えるよう指示、飲むグループは平均でフルボトルのワイン1本分ほどのアルコールを摂取しています。「飲んだ直後」と「次の日の朝」の計2回、覚えた単語や画像を思い出すテストを受けました。
飲んだ直後のテストでは、もちろん飲んだグループが思い出せなかったのですが、時間が経った次の朝になると、飲んだグループの方がより思い出せる傾向があるという結果が出ています。これは他のいくつかの研究でも同じ結果になっているのです。
短期記憶は次々に起こることが一時的に保管され、その一部が長期記憶に送られます。飲んだグループでは、飲んでいる間の短期記憶が保管されないため、飲む直前の記憶だけが残っていることから、長期記憶へ送られるものが増えるという理由で、思い出しやすくなるというメカニズムが働くようです。
なので嫌なことを忘れたくて飲んでも、かえって記憶が強化され、定着してしまうということが起こるので、失恋とか寂しさで飲むのはオススメできません。しかし飲まないグループと、有意差はないため、脳細胞へのアルコールによるダメージを考えると、勉強の後、覚えるために飲むというのは良い方法では無いと思います。
健康の面から言えば、アルコールは1滴も飲まないのが理想です。しかし脳が休息を求めて、飲みたくなる時があるのも理解できます。ブラックアウトしない程度の飲酒量を守りながら、皆様もアルコールを楽しまれることをお勧めします。
ほとんど飲まなくなって、めっきりお酒が弱くなった蒼野でした。
参考書籍: 名医が教える飲酒の科学 葉石 かおり 浅部 伸一
参考文献: Improved memory for information learnt before alcohol use in social drinkers tested in a naturalistic setting: Sci Rep. 2017 Jul 24;7(1):6213.
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