最近、何例か続けて、蒼野の外来に、前頭葉が萎縮した、40代の中年男性が受診され、気になったので書いておきたいと思います。聞いてみると、皆さん独身で、かなりの大酒家の様です。毎日、焼酎を5合近く飲まれているとのことでした。『物忘れは大丈夫ですか?』と聞きたくなるくらい前頭葉が萎縮しており、アルコール使用障害による変化であろうと推測しました。
アルコールの多量摂取が、若年性認知症を発症させやすいという研究があります。2008~2013年にフランス都市部の病院に入院した患者のうち、認知症と診断された110万9343人を対象に解析したところ、慢性的な多量飲酒が、認知症、特に65歳未満で発症する若年性認知症の重要なリスク因子であることが明らかになりました。
アルコール依存症や、飲酒による身体的・精神的・社会的な問題があるアルコール使用障害があると、アルツハイマー型認知症を含む、全ての型の認知症のリスクが、男性で3.36倍、女性では3.34倍高かくなっていたのです。
解析対象者のうち5万7353人は若年性認知症でしたが、その56.6%(3万2453人)にアルコール使用障害があり、多量飲酒は若年性認知症のリスク因子として、特に注目すべき問題であることも判明しました。
アルコール使用障害によってリスクが高まるとされる、高血圧、糖尿病、脳卒中、心房細動、心不全などは、血管性認知症のリスクを上昇させます。多量飲酒者に多く見られる喫煙や抑うつ、低学歴も、認知症のリスク因子である事実も明らかになっています。
このことから、アルコール使用障害に起因した認知症は、予想以上に多いことがわかりました。したがって多量飲酒が、全ての型の認知症の主要なリスク因子であることを、認識しておく必要があり、飲酒の機会と量を減らしてゆく必要があるというメッセージを人々に伝える必要があるのです。
歴史上で『酒は百薬の長』という言葉が出来たのは、古代中国の新の時代のことです。これは当時の皇帝・王莽が、政府の専売事業である酒を民衆にもっと飲ませて、もっと酒税を徴収するための方便だった様です。酒の他にも塩と鉄を褒め称えて、政府の専売にしたとのことです。『酒は百薬の長』は、健康上の事実に基づいた諺では無かったのです。
飲酒量と健康リスクの疫学調査では、高血圧や脳出血、脂質異常症や乳がんは飲酒の消費量が増えれば、直線的にリスクも高くなります。肝硬変は飲むほどに指数的に増えてゆきます。しかし虚血性心疾患や脳梗塞、2型糖尿病は、少量飲酒者の方が非飲酒者よりも少しだけリスクは下がります。一概に、全く飲まないより少し飲んだ方が良い、とは言えないのです。
現在約15%の高齢者に、飲酒に関連した健康問題があり、アルコール依存症自体は約3%です。60歳以上のアルコール依存症のうち、4割以上が何らかの認知機能障害を合併しているという報告がなされています。
最近の調査によれば、飲酒量と脳萎縮の程度には、正の相関が見られることが報告されています。すなわち飲酒量が増えるほど脳が萎縮するということです。一方で飲酒による脳萎縮は、早めに断酒することによって改善することも知られています。
純粋なアルコール性認知症と診断された人の中には、ウェルニッケ・コルサコフ症候群の人が多いとされています。ウェルニッケ・コルサコフ症候群とは、食事も食べずに、アルコールを大量に摂取することで、ビタミンB1が不足してウェルニッケ脳症を発症し、その後遺症として、コルサコフ症候群が残るものです。
以前は命を落とすケースが多くありましたが、最近ではビタミンB1を大量に静脈投与する初期治療で、半数以上が回復するようになりました。しかし、回復しても8割の人に、新しいことが覚えられない健忘、時間や場所が分からなくなる見当識障害、作り話をしてしまう作話、などの後遺症が残ります。これを「コルサコフ症候群」または「コルサコフ健忘症」と呼んでいます。
アルコールの耐性は、人によって異なります。日本人の4割には、「アルコールフラッシャー」と呼ばれる、顔が赤くなり、アルコールの分解過程で出来るアセトアルデヒドが体に残りやすい体質があります。所謂お酒に弱いという人になります。こういう人は飲むと、癌のリスクが高まるだけでなく、脳もアセトアルデヒドに弱い組織のため、脳の萎縮が早く進む傾向があり、注意が必要です。
アルコールは薬物ですから、疲れたり落ち込んだりして、薬が必要な時に飲むことは仕方がないのかもしれません。しかしお酒は「魔法の水」でも「力水」でもありません。眠れないからと言って毎日飲んでいると、依存症のリスクが高まります。飲む量を増やさないと、ドパミンが分泌されにくくなるため、飲酒量が徐々に多くなる事が多いからです。
かく言う蒼野も、交通事故に合うまでは、休肝日はたまに設けるものの、ほぼ毎日飲んでいたため、何か動機がなければ、飲酒習慣を変えるのが難しいことは認識しています。しかし認知症リスクを増やさないためにも、是非とも飲酒量を守りましょう。
安全な飲酒習慣としては、第一に機会飲酒にとどめることが重要です。忘年会や冠婚葬祭など、イベントの時にだけ飲む機会飲酒なら、たとえ飲み過ぎたとしても、人間の体には自然に回復する力があるので、大きな問題にはなりにくいのです。
次に大事なのは、難しいですが、1回の飲酒量を守ることです。1日の適切なアルコールの摂取量は、厚生労働省が定める健康施策「健康日本21」では、男性の場合、純アルコール量で1日20g以下、女性は10g以下が「節度ある適度な飲酒」です。アルコール度数5%のビールで500ml、、ワインで180ml、日本酒で180mlまでです。週2日は“休肝日”を設けて、適量を超えることなく、栄養のある食事と一緒に晩酌を楽しんで下さい。
適量の飲酒でとどめるためには、小さな心がけが大切です。まず、お酒より先に食事でお腹を満腹にしましょう。飲むのなら、アルコール度数は低い方がリスクは少ないので、軽いお酒を選んだり、水や炭酸などで薄めて飲んだりするのも良いでしょう。小さなグラスを使うことや、時間を区切って飲むのも良い工夫です。
飲むと気が大きくなって、どれだけ飲んだのかわからなくなりやすいです。何をどれだけ飲んだのかを記録することを習慣にしましょう。まず自分がどれくらい飲んでいるのか把握して、目標を設定しましょう。
ストレス発散の方法として、アルコールを選ばない事も重要です。運動でも、カラオケに行って歌うでも、友人に話を聞いてもらうでも良いので、お酒以外の方法を試してみましょう。
多量飲酒は大きな健康リスクであり、脳のリスクでもあります。人生100年時代、死ぬまで明晰な頭脳を守ってゆくために、お酒とはうまく付き合いましょう。特に顔が赤くなる方は要注意ですよ!!
事故がなければ、おそらく今でも毎日のように飲んでいた蒼野でした。事故のおかげで、たまに飲みすぎると、夜中に目が覚めて、朝までぐっすりと眠れなくなっていることに、気づく事ができました。認知症を遠ざける事ができるなら、人生万事、塞翁が馬?かもしれませんね!
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