今日もまた、夢のある、将来の治療法について書いてみたいと思います。虚血などで損傷し、死んでゆく運命の細胞に、自分の身体の細胞から取り出した、ミトコンドリアを移植するという、蒼野が考えたこともないような、画期的な方法があるというのです。
まずは基本的な話からです。細胞内には、細胞のエネルギーを作り出す細胞内小器官(オルガネラ)である、ミトコンドリアが存在しています。細胞の発電所とか、細胞のエネルギー工場とも呼ばれ、一つの細胞内に100個から2000個も含まれているのです。ミトコンドリアが元気であれば、細胞が元気で、スタミナいっぱいとなり、身体も元気になります。
世の中の数々の病気にも、ミトコンドリアの異常が関係していることが多く、2000年になってからは、ミトコンドリアの産生量が少ない、遺伝子改変マウスが開発されて実験が始まりました。このマウスは、シワや脱毛などの老化現象が、早くから観察されるのですが、マウスの遺伝子を再活性化して、ミトコンドリアを増やすと、毛が生え、しわがなくなりました。
虚血により損傷を負った心臓組織では、どんな薬を投与しても、機能不全に陥ったミトコンドリアを救えないことがわかっています。損傷してしまったミトコンドリアは、エネルギーを産生できず、細胞のアポトーシス(細胞死)を誘発して、死んでしまいます。
健康なミトコンドリアを30分で分離する方法が開発され、それをペトリ皿の中の損傷した組織に移してから、生きたマウスやブタに移植する実験が重ねられました。そして炎症や副作用も起こらず安全に行えることや、損傷した組織の機能が改善することが分かってきました。
2018年には、減ったミトコンドリアを、増やすことで、生きている組織の機能が、回復できることがわかり発表されています。そして傷害されると治らない心筋とか脳などの細胞への応用が検討されるようになりました。具体的には、患者自身のミトコンドリアを集め、損傷した組織に注入すると、健康なミトコンドリアが損傷した細胞に吸収され、エネルギー生産が復活することで、組織が蘇るという事です。
この治療法は、これまでに治療が非常に困難と思われていた病態に対して、全く新しいアプローチになる可能性を秘めています。実はもう世界にはこの治療法で助かった人が実在するのです。米ボストン小児病院で、生後すぐに心臓手術が必要だった少女エイブリーは、手術時に心臓の大部分が損傷され、体外式膜型人工肺ECMOの装着が必要となりました。心拍出量は通常の半分に低下し、通常であれば死を待つだけの状態でした。
心臓血管外科医のシタラム・エマニ氏は、母親に実験的な治療ではあるが、他に救う方法がないと説明し、エイブリーにミトコンドリア移植手術を行いました。ECMOについないだまま、開胸し、腹筋の筋肉細胞から素早く10億個のミトコンドリアを取り出し、冠動脈から心臓に戻したり、損傷部位の近くに直接注入したりすると、健康なミトコンドリアは、損傷細胞に取り込まれ、細胞が復活しました。
治療は予想以上に上手く行き、エイブリーは退院して普通の生活ができる様になりました。6年間で6回も、必要な心臓手術を受けましたが、6歳の今、ダンス教室でダンスも踊れる様になっていて、その姿を見ると、誰も心臓が悪いなんて、思いもしない状況になっています。
この治療に関する追加研究も行われ、33匹のラットを心停止状態にして心肺蘇生を行った後、ラットの脚の静脈に約10億個の、筋肉細胞から採取したミトコンドリアを注入しました。その結果、90%のラットが生き残ったのに対し、ミトコンドリアを注入しなかった対照群では40%しか生き残りませんでした。
意外にも、この実験中に注入したミトコンドリアが脳内に到達している事もわかりました。心停止を起こると、大量のエネルギーを必要とする脳が損傷されやすく、死にかけた脳細胞にも、正常なミトコンドリアは取り込まれて、細胞死を防ぐ可能性があることがわかりました。
つまり心臓にも、脳にもミトコンドリア移植が有用である可能性があるのです。その後脳卒中患者に3例ほどミトコンドリア移植が行われています。2人は脳梗塞範囲から考えると、病状以上の回復が見られ、残る1例は、何度も脳卒中を繰り返した症例で、回復が見られませんでした。
脳虚血が起こって、死滅してしまった細胞は、健康なミトコンドリアで回復する可能性はありません。しかし死にかけている細胞なら、復活する可能性がある様です。
脳血流スキャンで、脳細胞が死んだ部位では、代謝が落ちてしまい、その部分に還流する脳血流が代謝に比べて多くなってしまう luxury perfusion(ぜいたく灌流)という状態があります。これは通常変化しないと言われていますが、ミトコンドリア移植をおこなった症例では、細胞が復活して、代謝が戻ってくることから luxury perfusion が消えてしまう現象が見られることが報告されました。
ミトコンドリア移植は、安全に行えることがわかっているため、心臓や脳だけでなく、様々な分野でも、応用が可能な技術です。まだまだ実験することも多く、加齢に伴う身体変化や代謝変化を若返らせる切り札として、アンチエイジングなどでも注目を集めている分野となります。しかしまだ今後解決すべき問題が山積です。
ミトコンドリアはどこから採取するのがベストなのか? どのくらい採取して注入するのがベストなのか? どこに注入するのがベストなのか? 自分自身のミトコンドリアではなく、ドナーからの移植は可能なのか、すぐに使わない場合保存方法はどうするのかなど、分からないことだらけなのです。
便移植にも驚きましたが、ミトコンドリア移植はその上を行っていますね。虚血などでミトコンドリアが壊れて、死ぬ運命の細胞が、新しいミトコンドリアを取り込み、蘇るという話なのです。
蒼野は脳外科医なので、『Time is Brain』と言って 虚血で細胞が死ぬ前に、1分でも早く、血流を改善して、ミトコンドリアなどが死ぬ前に細胞を救う事が、最も良い治療なのだと教えられてきました。
これは、例えて言うなら、詰まった下水道を再開するような、配管工のような仕事です。詰まった血管の中の血栓を、TPAという薬で溶かしたり、カテーテルを用いて、ステントレトリーバーという道具で引っ張り出したりして、血流を再開するのです。まだ残っている元気な細胞を、死なせない様にする治療です。
一方、ミトコンドリア移植は、壊れかけた細胞を、自分のミトコンドリアで治してしまう画期的な治療法です。もちろん完全に死んでしまった細胞は生き返らせることは不可能ですが。今までは、死ぬのを待つしかなかった細胞を、復活させることができるかもしれない治療法なのです。
人類の進歩は本当にすごいと思います。副作用がなく、今まで助けられなかった人が助かる治療法があるかもしれないと思うだけで、テンションが上がってしまう蒼野でした。
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