今日は現代の慢性病の多くの原因となるメタボリックシンドロームについて、新しい考え方が生まれていることを勉強したので、わかりやすく紹介したいと思います。2003年にメタボリックドミノという概念を提唱した慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科の伊藤裕先生の総説からのお話です。
現代の慢性病は今までの西洋医学では治らないということは、蒼野の臨床経験からも強く感じているところです。病気になる前の生活習慣の改善が、唯一の予防であり、治療になるというのは何度もブログでも書かせて頂きました。今までの西洋医学では、病気になってから治療するという考え方であることが、一番のネックとなっていました。
しかし医学の進歩の中で、考え方は確実に進歩してきているようです。生活習慣によって肥満が進行し、内臓脂肪が溜まってきて、インスリン抵抗性が生まれます。そして食後高血糖や高血圧、高脂血症などが出てきた段階がメタボリックシンドロームと言われる状態です。
そこで生活習慣が変わらなければ、その後動脈硬化が進行するとともに、脂肪肝や糖尿病、慢性腎臓病などが出現します。そして癌や虚血性心疾患、脳血管障害、糖尿病性の合併症である、失明や下肢切断、透析、起立性低血圧などがドミノ倒しのように起こってくることで、最終的には認知症や心不全、脳卒中などのために介護が必要な状態に至るというのがメタボリックドミノというストーリーです。
2015年時点で、世界の死亡原因のうち、上位10疾患のうち6疾患がこれらの、非感染性疾患です。世界全体の死亡原因のうち70%がこの非感染性疾患なのです。特に高所得の先進国では9疾患がベストテンに入っており、飽食で便利な社会になればなる程、生活習慣からの疾患で、健康が脅かされるということが分かっています。
メタボリックドミノの状態になってからの治療は、モグラ叩きのようなもので、各種臓器毎に薬を処方してコントロールしようとしても、別の病気が出てくる状態ですから、うまくいかない上に、山ほど薬を飲むことになり、薬害リスクも高くなります。メタボリックドミノは源流を辿って、元を断つ治療が望ましいと考える医師も増えてきているのです。
これらの源流にあるものは老化です。老化を象徴するものは、ミトコンドリアの衰えなのです。ミトコンドリアは細胞内の発電所で、非常に効率よくATPというエネルギーを作っています。加齢と共にミトコンドリアが疲弊して衰えてくると、非常に高電圧である発電所のコントロールがうまくいかなくなり、活性酸素が漏れるようになります。
活性酸素は臓器の細胞を殺したり、DNAを破壊して癌を作ったりします。身体の中で一番先にミトコンドリアが衰えるのはどこだかご存知でしょうか? それは腸と腎です。身体にとって栄養を吸収するというのは、最もエネルギーを使う作業の一つだからです。
腎臓は排泄する臓器という認識ですが、糸球体というザルで濾された原尿は、その後長い尿細管を通る際に、必要なものと排泄するものが選り分けられ、SGLT2というトランスポーターによって、糖と塩が再吸収されます。そのためにはATPが沢山必要で、腎臓のミトコンドリアは、疲弊しやすいのです。
また腸にもSGLT1というトランスポーターがあって、糖と塩を同時に吸収します。ここでも沢山のATPが必要なため、腸のミトコンドリアも疲弊しやすいのです。原始時代から人類は飢餓の歴史を生きてきました。糖も塩もとても貴重で、身体は少しでも取り込むための遺伝子を残してきているのです。糖は貴重なエネルギーですし、塩は血圧を保つために絶対に必要です。
面白いことに、消化管にも味覚を感じる細胞が存在します。主に苦味は食堂や胃などの上部消化管で感じます。身体に毒になるような苦いものを吐き出すためです。甘みは消化管全体で感じます。甘みを感じるとSGLT1が活性化して多く発現し、糖を少しでも多く取り込むように反応が起こります。
たとえ糖尿病の状態であっても、腎臓も腸も糖が沢山あると、SGLT1とSGLT2をできるだけ動員して、吸収します。毎日糖質過多の食事をしていると、吸収が多くなってさらにエネルギーが必要となり、腎臓や腸のミトコンドリアの疲弊が進んでしまうのです。
糖と一緒に塩の吸収が促進される事も大きな問題です。糖尿病の患者様の半数は高血圧も発症されています。塩分の吸収が多くなれば心不全、腎不全の大きな原因となるのです。この考え方は、SGLT2阻害薬という薬の臨床効果から分かってきました。
メタボリックドミノが進行して、心血管病をすでに患ったことのある2型糖尿病7020人に対して、このSGLT2阻害薬を投与した研究で、全死亡率が32%低下し、腎障害も50%低下するという驚くべき結果が出たからです1)。
薬で糖と塩の吸収が抑えられることによって、心不全は35%低下し、心血管死が38%低下しました。腎臓は吸収の負荷が軽くなり、腎疲労が軽減することで良くなったと考えられます。しかも飲んでいると体重も落ちるのです。すごい薬ですよね! ある意味これはメタボリックドミノの源流に作用している薬の一つであると考えられます。
これらのことから、腸と腎臓は『貪欲な臓器』という考え方が生まれてきました。どんなに余っていても、身体に入ってきた糖と塩を、貪欲に吸収する臓器ということです。豊かになった現代社会ではこれが仇となって、非感染性疾患が増えることにつながっていると考えられます。
沢山食べると、SGLTトランスポーターが活性化し、貪欲に吸収する反応はますます高まり、腸や腎のミトコンドリアが疲弊し、活性酸素が生み出され、糖化も進み、老化が進んでゆくということになります。腎臓の機能は年と共に落ちると言われていますが、腎臓の疲弊度が老化速度を相関しているのです。
2014年にSGLT2阻害剤が発売された時には、まだこれらのことはよく分かっていなかったようです。蒼野も新しい糖尿病の薬が出たんだなあ、くらいの認識でした。しかし実際に使われだすと、先ほどの論文でもありましたように、単なる糖尿病の薬ではなく、単独で死亡率を大幅に下げる程の効果が見られたのです。これは腸のSGLT1も阻害する作用もあることが確認されています。
このことから、急速に変わりつつある現代の食生活の中で、この貪欲な臓器の性質が、裏目に出てメタボリックドミノの元となっていると考えることが矛盾の無い考え方だと思います。西洋医学の考え方も変わりつつある様に感じますね! それぞれの病気で考えるのではなく、その源流となる部分へのアプローチが、今後ますます重視されてくるように思いました。
将来は、個々の生活を考慮して、個別にリスクを計算し、予防の段階から、その源流にアプローチする薬の投与が行われる様に変わってゆくと思います。もちろん少し先の話になるとは思うので、現時点では、昔からある食事、運動、睡眠、ストレスへのアプローチを地道に行うことが、現在の我々の健康を、現代病から遠ざける唯一の方法です。
今日は腸と腎にあるSGLTトランスポーターの性質とメタボリックドミノの関係について書かせて頂きました。内臓脂肪と現代病の関係や抗老化の方法については、長くなるので、明日もう一度書かせて頂きますね! 今日も今まで知らなかったことを目にして、ワクワクしてしまった蒼野でした!
参考文献:
1)Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes. : N Engl J Med 2015; 373:2117-2128
メタボリックドミノと先制医療 伊藤 裕 日本内科学会雑誌 107巻 9号 1913-1919
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