乳酸は疲労物質ではない!

2022/08/22

 今日は最近蒼野が知った『乳酸』に関する知識をシェアしたいと思います。今までの蒼野の知識では、「筋肉に乳酸が溜まってもう動かない」と言うような、疲労物質としての捉え方でした。実は乳酸は疲労物質ではなく、エネルギーを補給する重要な物質だったのだという知見です。

 乳酸とは、カラダを動かすエネルギーを作るため、酸素なしで糖を分解している際にできる生成物です。脂肪や糖を燃料に、酸素を利用してミトコンドリア内でATPが作られている時には発生しません。キツい筋トレとか、100m走の様な、酸素供給が追いつかない場面で起こる、解糖系のエネルギー代謝の際に出来るのです。

 なので激しい運動をした直後の血中の乳酸濃度は高まります。昔はその事実しか分からなかったので、疲労した時に多く見出される乳酸が、疲労物質と誤解されていたのです。乳酸が筋肉内に溜まると攣ったり、硬くなったり、筋肉痛が残ったりすると考えられていました。

 近年になって、乳酸は運動後30分も経てば、筋肉内からなくなってしまう事が判明しています。乳酸はミトコンドリアに取り込まれて、クエン酸回路に入り、エネルギーとして再利用されているのです。筋肉から放出され、血流に乗った乳酸は、他の骨格筋や、心筋、脳でもエネルギーとして使われます。

 短時間の強度の高い運動を担当するのが速筋線維(白筋繊維)です。速筋線維にはミトコンドリアが少なく、ミトコンドリアが作るエネルギーだけでは追いつきません。激しい運動時には酸素供給も追いつかないため、解糖系のエネルギー代謝を行う必要が出てきます。筋肉内のグリコーゲンが分解されて、乳酸を作ります。

 そしてその乳酸が、今度は豊富なミトコンドリアを持つ遅筋繊維(赤筋繊維)などで使われるのです。無駄が出ないようちゃんと身体のシステムができている事に、蒼野は感心してしまいました。食事から摂取している乳酸も同じように、エネルギーとして使われています。

 筋肉内のグリコーゲンには限りもあるので、乳酸が出来るような運動は、長時間続けることは出来ません。運動し始めると、まずはクエン酸回路からのエネルギー補給が始まるのですが、それが追いつかなくなると、解糖系も同時に働き始めます。

 ある強度の運動を境に、血中の乳酸濃度が高まり始めるため、これを乳酸性作業閾値:LTと呼んでいます。そしてLTが遅く出る人の方が高い運動能力を持っていると言うことになります。LTはVO2max(最大酸素摂取量)とも連動した値であり、アスリートは血中の乳酸濃度を測りながら、トレーニングを行うことで、客観的にフィジカルの強化度を確認することが出来ます。

 プロアスリートでない我々には、それほど関係ない話ですが、脳と乳酸の関係は我々全員に関係のある話になります。かつて神経細胞は糖だけをエネルギーとすると言われていました。しかし現在では、ケトン体や乳糖もエネルギーとして使えることがわかっています。

 高強度の運動時には、血中の乳酸濃度が高まり、脳は乳酸を取り込んで、豊富なミトコンドリアを持つニューロンのエネルギー源とするのです。原始人に当てはめると、猛獣から命からがら逃げた時とか、獲物に全力で挑んでいる時などがこれに当たると思います。ニューロンは好んで乳酸を取り込む様に出来ており、貴重な体験の記憶や、咄嗟の大切な判断をするときのエネルギーが確保され、人類の生存の可能性を高めてきたのでしょう!

 また脳内のアストロサイト(神経膠細胞)はグルコースを取り込んでグリコーゲンとして保有しており、非常時にはこれを乳酸に変換することで、エネルギーを確保します。実験でグリコーゲン分解酵素阻害薬を 脳内に事前に投与しておくと、海馬での乳酸上昇が抑えられ、同時に海馬内でATPが低下し、早期に疲労してしまう現象が見られました。

 スイスで行われた、マウスを用いた実験によると、運動中に身体で生成される乳酸が、抗うつ効果を有することが実証されました。うつ病は以前楽しかったことが、楽しくなくなり、興味や喜びが失われる病態(無快感症)ですが、乳酸は無快感症を減少させたのです。このメカニズムが、スポーツをするとうつが良くなることにも繋がっている可能性があります1)。

 立命館大学では、乳酸と運動時の脳のエネルギーに関する研究が行われて来ました。運動を開始すると乳酸を運ぶ分子の働きが活発になり、ミトコンドリア内に直接取り込まれることが発見されました。運動強度が高まるにつれて脳の糖質の取り込み量が減り、逆に乳酸の取り込み量が増えることが観察されています。乳酸は運動時の脳のエネルギーなのです。

 健常若年男性15人を対象に、低強度(ゆっくりと散歩)、中強度(速歩き)、高強度間欠的運動(全力疾走と短時間の休みを挟んで繰り返す)を実行してもらい、全身の乳酸の濃度と実行機能を測定すると言う実験を行いました。すると高強度インターバルトレーニングが最も、運動後の実行機能テストの結果が良かったのです2)3)。

 実行機能は情報を統合して最適解を導き出す能力です。高齢者の転倒予防にもなりますし、車の安全運転にも関与します。ヒトは激しく身体を動かす必要があった時に、筋肉からの乳酸値が急上昇することで、脳機能も最も働くように出来ていると言うことです。本当によく出来ていると思いませんか?

 身体を動かしたときの方が、良いアイデアが浮かんだりすることも、これで説明がつきます。村上春樹さんが毎日走ってから執筆しているのも納得できます。我々が仕事のパフォーマンスを上げるヒントもここにあるかも知れません。仕事前の筋トレが普段以上の能力を発揮させるかも知れないと言うことです。

 脳が最高の状態で過ごすためには、朝一番のランニングや、筋トレ、HIITなどが効果的である可能性がありますね。人それぞれどんな運動や良いかは、各々やってみて実証してみると面白いと思います。蒼野も試してみたいと思います。

 乳酸は疲労物質ではありませんし、筋肉に溜まって筋肉痛になったり、しこりの様に硬くなったりはしないのです。自然にエネルギーとして使われて無くなってゆくため、乳酸を中和するクエン酸の様な食品を摂る必要もありません。1日の初めにヘトヘトになるまで運動する必要はありませんが、ちょこっと乳酸を出すくらいの運動は問題なさそうですよね!

 一番手軽にできるのは、朝日を浴びながらの早足の散歩ですかね? お休みの日なら短時間のHIITが良さそうです。運動が脳に良いと言うことが、理論としてもどんどん立証されて来ていることが感慨深い蒼野でした。

1)Role of adult hippocampal neurogenesis in the antidepressant actions of lactate:Molecular Psychiatry volume26, 6723–6735 (2021)

2)Greater impact of acute high-intensity interval exercise on post-exercise executive function compared to moderate-intensity continuous exercise:Physiol Behav ;155:224-30. 2016

3)Repeated high-intensity interval exercise shortens the positive effect on executive function during post-exercise recovery in healthy young males:Physiology & Behavior 160;26-34 2016

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