昨日睡眠について調べていて、とても興味深い話があったので紹介したいと思います。今日は冬眠の話です。全ての動物にとって睡眠が必要ですが、4000種居る哺乳類で、冬眠する動物はリスやクマ、コウモリなど187種と限られています。
同じ眠っている状態でも、睡眠と冬眠は身体の状態が大きく異なります。哺乳類は、どの種でも通常時の体温は37℃前後で、睡眠中も同様です。しかしリスの場合、冬眠状態で体温は5℃にまで下がり、代謝も正常時の3%ほどにまで下がります。心拍数は通常時の約250回/分が約4回/分に、呼吸数は通常時の約150回/分が約5回/分にまで激減するのです。
すごい省エネモードですよね。リスはこうして餌の少ない冬を、代謝を下げる事で生き延びることが出来るのです。冬眠には不思議な力があります。同じ齧歯目のリスとネズミですが、冬眠するリスは約11年生きるのに対して、ネズミは3年前後です。冬眠中には発がん物質を塗っても、皮膚癌になりませんし、致死量の細菌や放射線に晒しても死にません。
冬眠の秘密が明らかし、ヒトの健康へも応用すべく、現在研究が進められているのです。睡眠というのは地球の自転でできる昼と夜に、生物が行動を最適化した結果です。冬眠は地球の公転による季節の変化に、生物が適応した行動と言えます。生物が環境に合わせて進化することを考えると、十分に納得できます。
1日に必要な睡眠時間は、DNAによるため、同じ系統の種では似通っています。しかし冬眠は系統発生した同じ様な種でも、する種としない種がありバラバラです。冬眠研究の科学者はそれを見て、DNAとしては、冬眠が出来る遺伝子を持っているけど、発現するかしないかで冬眠するかしないかが決まっている可能性があると考えました。
そこで実験を重ねた結果、冬眠しないハツカネズミの視床下部にあるQニューロン(休眠誘導神経)という神経細胞を刺激すると、冬眠と同じような状態になることが発見されました1)。マウスの体温や代謝が数日間にわたって著しく低下したのです。同じことがヒトに応用出来れば、ヒトも冬眠できることが分かったのです。
冬眠後、実験マウスはダメージ無く元の健康な状態に戻りました。これは医療に革命を起こすかも知れない発見です。脳を例に取ると、血管が詰まって脳梗塞になると、その領域の脳細胞に血液が届かず、酸素も栄養も不足するため、短時間の内に傷害されてしまいます。
現在の治療は、いかに早く血流を再開して、死にかけている細胞に酸素や栄養を届け死なないようにするということです。『Time is Brain』という言葉がこれを表しています。もし人工的に冬眠状態にする方法が開発されたなら、死にかけている細胞の代謝も落ちるため、しばらく血流が無くても、つまり酸素や栄養が無くても、脳細胞が死ななくなるかも知れないのです。
こういう事例は昔から観察されてきています。1963年にはノルウェーで凍結した川に転落した男児が心肺停止だったにも関わらず、6カ月後にほぼ健常に回復したことが報告されました。心肺停止中に脳にも血液は送られ無いため、通常ではあり得ないことです。
この症例は、低体温で細胞の活動が低下し、脳の酸素需要が激減したことが、回復の鍵だったと推測され、心肺停止状態の脳を救うために低体温療法の試みが始まりました。日本でも2006年に、35歳の男性が六甲山で遭難し、24日後に心肺停止状態で発見されましたが、50日後には、後遺症なく退院されました。
意識があったのは最初の二日だけで、20日以上飲まず食わずで、発見時の体温は22度でした。この症例も低体温による代謝の低下が、彼の身体の細胞を守ったと考えるのが妥当だと思います。2002年に発表された、心停止後の心拍再開症例を、低体温にした群と正常体温の群を比較した研究では、低体温群では49%の患者が回復し自宅かリハビリ施設に移りましたが、正常体温群では 26%でした2)。
それ以来、米国心臓協会とヨーロッパ 蘇生協会のガイドラインで、脳低体温療法は、院外心肺停止患者の治療として推奨され、行われてきました。体温を1°C下げることにより、脳代謝は 6-7%減少することに加えて、低体温によって酸素消費量が抑制され、残った脳細胞が保護されるという考え方です。
しかし症例が積み重なった後の再検討では、積極的に体温を下げる症例では、復温するときに不整脈が出やすいことや、免疫力が下がって感染が起こりやすいこと、低体温中の管理が難しい事などの問題もあり、高熱が出ないように、平熱を保つようコントロールする群と比較しても、予後があまり変わらないことなどが分かってきていて3)、低体温のメリットだけを生かすのは難しいことが分かってきました。
そこで応用が期待されるのが人工冬眠です。視床下部の体温のセットポイントが平熱のまま、冷やすことで体温を33度に下げる低体温治療と、冬眠状態になることで、体温のセットポイントが33度になるのとでは、同じ33度の体温になっていても、根本的に違うのです。
冬眠状態であれば。低体温、低代謝状態から急速に元の状態に戻る際には、全く臓器に損傷が見られません。冬眠する動物では当たり前ですが、実験的に冬眠状態にしたハツカネズミも、元に戻った後に問題は見つかりませんでした。
外から冷やすだけでは、ホメオスタシスが働いて平熱を保とうとするため、震えが起こって、体温が下がらなかったり、内臓に負担がかかったりします。しかし冬眠は自らがセットポイントを変えて体温を下げるため、自然で副作用が起こらないのです。つまり人工冬眠を利用すれば、救急医療における低体温療法の本来のメリットを存分に活かせる可能性があります。
例えばECMOが必要になるような、新型コロナの重症肺炎患者を冬眠させることで、全身の酸素需要が激減すれば、ECMOを使わなくても助けられる可能性があります。心筋梗塞や脳梗塞、臓器移植など虚血や低酸素が問題になるような、幅広い疾患に応用できる可能性があるのです。
また現時点ではSFの世界の様ですが、宇宙旅行への応用も大いに期待されています。持ってゆく食料を減らすこともできますし、宇宙で浴びる強い宇宙線の影響を少なくすることも期待されます。筋肉量や骨量も減りにくいため、無重力環境でも寝ていれば良いのです。寝ているだけで何年もかかる様な遠い星まで行くことができます。
現時点ではマウスだけでなくゼブラフィッシュのQニューロンの刺激でも、冬眠が誘導されています。次は猿などの霊長類で、非侵襲的にQニューロン刺激の方法を見つけた上で、ヒトへ応用を進めてゆく計画があります。面白すぎて蒼野は興奮が治りません!
これらは内閣府が主導するムーンショット型研究開発事業の一環だそうです。我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな事業です。本当に頑張ってほしいです!
現在我が国は、睡眠研究では世界のトップを走っている様です。自分が若かったら、世界の最先端の研究者になる人生(なれたかどうかは別ですが…)も面白かったかも、とロマンを感じてしまった蒼野でした!
1)A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents. : Nature 583(7814):109-114. 2020
2)Treatment of comatose survivors of out-of-hospital cardiac arrest with induced hypothermia. N Engl J Med 346: 557-563 2002
3)Hypothermia versus Normothermia after Out-of-Hospital Cardiac Arrest. ; New England Journal of Medicine 2021; 384: 2283-2294
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