悪性脳腫瘍の新しい治療!

2022/08/07

 今日は昨日に引き続いての、5-ALAの臨床応用の話です。調べてみるとこれが凄かった! 想像を超えていました! 昔、術者だった蒼野には本当に隔世の感が強いです。それでは最先端の悪性脳腫瘍治療について、解説したいと思います。

 単純に言えば、癌細胞や腫瘍血管に集積する光感受性物質を投与して、ある範囲のレーザー光線を当てると、細胞内で反応が起こり、活性酸素が作られるため、癌細胞が死んでしまうことを応用した治療です。光線力学的療法(Photodynamic Therapy:PDT)と呼ばれています。

 理論上、正常細胞に反応が起こらなければ、身体の中に巣食う癌細胞だけを殺すことができるため、夢のような治療だと思います。蒼野が悪性脳腫瘍の治療を行なっていた時代には、無かった治療です。その頃の悪性脳腫瘍の患者様の予後は悲惨でした。

 その頃の治療としては、まずなるべく沢山の腫瘍を手術で除去します。悪性脳腫瘍は脳への浸潤が強く、正常の脳細胞の間に、根を伸ばすように入っているため、沢山除去すれば当然、機能を持つ脳も一緒に除去することになります。術後の生活を脅かすような、麻痺や失語が出るような部位に出来た脳腫瘍はほとんど除去することはできませんでした。

 運よく、あまり生活に影響する機能が少ない、右の側頭葉とか、右の前頭葉にできた腫瘍だけは、脳ごと取ることで、術後の生存期間を伸ばすことができました。しかし最も悪性の膠芽腫の平均の予後は、当時1年生存が50%、2年でほぼ0%だったのです。少しでも伸ばしてあげたくて、切除範囲を広げれば、術後に新たな神経症状が出てしまいます。

 術後、放射線治療で頭髪は全部脱毛します。様々な抗がん剤も組み合わせましたが、脳血液関門があるために、脳腫瘍にすごく効くものはありませんでした。しかも当時はその副作用は強いものが多く、自宅退院できる期間は短く、残された人生を、病院での闘病で終える人が多かったのです。正直それに寄り添うのは、精神的にはキツく、蒼野は悪性脳腫瘍の患者様の主治医にはなりたくありませんでした。

 光感受性物質で、腫瘍細胞への集積性が期待できる主な化合物はポルフィリン誘導体です。最初はこの物質を腫瘍細胞に誘導すると、蛍光発色するため、わかりにくい腫瘍の範囲が同定できるということで、1950年代に臨床応用が始まりました。そのうちに腫瘍細胞を殺す効果が分かってきました。

 第1世代光感受性物質のフォトフリンが、我が国でも認可され、1996年から早期肺癌・食道癌・胃癌・子宮癌、膀胱癌、前立腺癌などで治療が始まりました。しかしながらフォトフリンは体内からの排出が遅く、投与後に光があると皮膚に障害が出てしまうため、治療後数週間は真っ暗な中で過ごす必要がありました。

 第2世代光感受性物質のレザフィリンは、早期肺癌なら84.6%は、一旦完全に消失させる効果が確認されています。しかし遮光期間はまだ長く、大変な治療であることは変わりませんでした。フォトフリンもレザフィリンも、化学合成された非天然物であり、その安全性と使用には問題があったと言えます1)。

 第3世代がポルフィリン前駆物質である、5-アミノレブリン酸(5-aminolevulinic acid: ALA)です。元々生体内 に存在する物質で、細胞内で代謝され、プロトポルフィリンIXに変わることで、蛍光発色能が備わり、光線力学療法にも応用できます。正常細胞ではプロトポルフィリンIXはすぐに代謝されるため、溜まることは無く、レーザーで傷害されることはないのです。

 素晴らしいのは、5-ALA自体も24 時間以内に代謝され、腎排泄されるので第 1, 2 世 代で問題となっていた光線過敏症を、ほとんど呈することがありません。治療後の遮光の必要性が無く、日帰り治療さえ可能です。天然物質であるため毒性が低く経口投与が可能です。ある意味奇跡の物質ですね!

 腫瘍だけにプロトポルフィリンIXが取り込まれるメカニズムについては、全てが解明されてはいないようですが、

1、腫瘍細胞に5-ALAを取り込む、ペプト1、ペプト2という酵素が多い事。

2、腫瘍細胞内に鉄が少ないため、プロトポルフィリンIXが鉄と反応してヘムになりにくい事。

3、プロトポルフィリンIXをヘムに変える酵素フェロキラターゼが腫瘍細胞に少ない事。

4、腫瘍細胞からプロトポルフィリンIXを細胞外に排出する酵素、ABCG2が少ない事。

5、癌細胞はミトコンドリアの機能を低下させることで生きている嫌気性代謝中心の細胞(ワールブルグ効果)なので、ミトコンドリア内でヘムに変わるプロトポルフィリンIXがとても溜まりやすい。といった説が一般的であるようです。

 腫瘍細胞内に溜まったプロトポルフィリンIXに、レーザー光線を当てると、活性酸素が癌細胞だけを殺しまくるのです。光感受性物質とレーザー照射による光線力学的治療(PDT)は、とても侵襲の少ないがん治療法なのです。現時点では先進治療でもあり、できる施設は限られているようです。( https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/pdt/ 参照)

 現時点で受けることの出来る悪性脳腫瘍へのPDT治療は、開頭による脳腫瘍切除術と併用して行われています。手術前に光感受性物質(5-ALAによる治療は認可待ちです)を投与し、開頭して腫瘍を切除した後、腫瘍摘出腔にレーザー光を照射し、手術で取りきれなかった腫瘍細胞を死滅させます。

 治療後2週間程度は500ルクス以下の環境での生活を要します。この治療で、PDT前には世界標準の1年生存率が61%であったのが、PDT治療の1年生存率は100%になりました。生存期間も、世界標準が14.6カ月に対し、31.5カ月と2倍以上というめざましい成績となっています。

 そして、悪性脳腫瘍への応用で、さらに素晴らしい効果が期待される治療が出てきているようです。ドイツでの第2相臨床試験の段階ですが、5-ALAを用いた定位組織内光線力学療法(stereotactic interstitial photodynamic therapy; iPDT)と呼ばれる方法です。

 テント上膠芽腫に対して、細い光ファイバーを低侵襲かつミリメートル単位の精度で、所定の標的点に配置する手術を行います。そして5-ALAを内服後にレーザー照射を行うのです。症例報告では、手術治療できない膠芽腫患者様で、30か月以上の無増悪生存期間が観察されているそうです2)。

 蒼野は感激です! 医学の進歩ってやっぱり凄いですね! 光ファイバーを用いるため、外科的切除に比べて低侵襲であり、切除不能な、運動野や言語野、深部の腫瘍等にもアプローチできるのです。この治療はまだ治験段階ですが、導入されればさらに画期的な治療になりそうですね!また他の癌にも応用が広がってゆくものと思います。

 自分が治療に難渋した病気の患者様が、圧倒的に良くなるかもしれない治療の話を聞くと、喜びと共に、胸が熱くなる思いがする蒼野でした!

参考文献:

1)5 -アミノレブリン酸を用いた光力学的診断: 泌尿器科腫瘍への臨床的取り組み 埼玉医科大学雑誌 第41巻 第1号  平成26年8月 P7-11

2)SURG-25 * INTERSTITIAL PHOTODYNAMIC THERAPY OF DE-NOVO GLIOBLASTOMA MULTIFORME WHO IV ;Neuro-Oncology 17(5):v219-v220

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