今日は脳脊髄液減少症という病気について書いてみたいと思います。この疾患は稀な病気なうえ、自覚症状が主体で、画像所見も軽微なものがあり、時代や学会によって呼び方も診断基準もまちまちだったりするため、はっきりした実態がつかめていない厄介な病気でもあります。
起立性頭痛と言って、立っていると数分で、頭痛がひどくなり、寝ていると治るという症状が典型的です。病気の初期の時点で、腰椎に針を刺して(腰椎穿刺)、髄液圧を調べると、圧が6㎝H2O以下と正常の7~15㎝H2Oよりも、低くなっている症例が報告され、低髄液圧症候群と呼ばれていました。髄液圧に焦点を当てた病名です。
頭部造影CTや頭部MRIで、髄液圧が低い事で、脳や脊髄を包む硬膜が引っ張られて肥厚している所見や、脳静脈や、下垂体という部分が腫大するような所見も伴うものが、低髄液圧症候群と定義されました。治療としては、臥床安静と一日1.5L以上の飲水、または点滴などで改善するとされていました。
しかし症例によっては慢性化し、時間と共に髄液圧は正常になってゆきます。症状として、頭痛だけではなく、頸部痛や悪心、めまい、耳鳴、倦怠感や自律神経症状、うつや注意力低下、記憶力低下などの高次脳機能障害、といった多様な症状を伴う症例があることが分かってきました。そうなると低髄液圧症候群とは呼べない病気になります。
どうして低髄液圧になるのかという観点からは、髄液漏出症候群という疾患概念も出てきました。どこかから髄液が漏れているために、髄液が減少し、様々な病態がみられるのだという訳です。58例の報告文献では、79.3%に起立性頭痛がみられ、硬膜肥厚は87.9%にみられています。低髄液圧症候群と同じような病態です。漏出に焦点を当てた病名です。
脳脊髄液が漏れて減少すると、脳や脊髄の浮力が減少し、重力によって沈下します。すると血管や神経が引っ張られて、起立性頭痛や脳神経の症状が出易くなります。また静脈が引っ張られて拡張することで、血液循環が遅くなり、脳機能低下や脊髄機能低下など様々な症状が起こります。低気圧や山の上、飛行機などでも悪くなります。
髄液漏出症候群の診断は、CTミエログラフィーといって、腰椎穿刺で髄液内に造影剤を注入し、造影剤が漏れて脊髄の硬膜の外に連続する部分がみられることで確定となります。漏れがある部分を止めれば、症状が改善する可能性があるということです。
具体的には、硬膜外自家血パッチといって、患者様の静脈から20~50mlの血液を採取し、それを漏れがある部分に近い脊髄硬膜の外に注入すると、注入された静脈血の成分が炎症を起こすことでノリの様な役割を果たし、髄液の漏れた部分をふさぐという治療を行います。
この報告文献では、この治療を1~2回行えば、74.1%が改善し、最多で6回施行することで、ほぼ全例の症状が消失したと報告されています。しかし脳脊髄液漏出症は、稀な疾患で、10万人あたり5人くらいしかいないため、そもそも知らない医師も多く、治療にたどり着ける人は少なかったという現実があります。
脳脊髄液減少症は、低髄液圧症候群と脳脊髄液漏出症を含み、それをまとめた疾患概念です。治療としてのコンセプトは、髄液が減らない様にして、髄液を増やすことです。漏れを止めるためには、ブラッドパッチや臥床安静。髄液産生を増やすためには、十分に睡眠を取り、水分、栄養をしっかり摂り、胃腸を整え、ストレスを緩和しながら、適度に運動することになります。寝ている間に髄液が作られることや、ストレスで交感神経が緊張すると髄液産生が減るからです。
病名がつかずに経過すると、時間経過とともに起立性頭痛の特徴が不明瞭となるため、診断がとても難しくなります。症状が慢性化してしまうと、ブラッドパッチをしても、改善には数ヶ月~年単位という時間がかかる場合がほとんどです。早めに診断し、早めにブラッドパッチを行うことがとても大切だと思います。
蒼野が急性期病院に勤めていた10年前には、ブラッドパッチは保険適応ではなかったため、起立性頭痛を急に発症した、急性期の患者様だけ治療していました。点数が取れなかったためボランティアみたいな治療なのですが、脊髄液の漏出が確認できた3例に行って、全例改善しました。とても嬉しかったのを覚えています。
ブラッドパッチはなかなか保健適応が認められませんでした。保険適用になったのは、2016年のことです。起立性頭痛があり、CTミエログラフィーでの造影剤漏出の確定所見か、脊髄MRIやMRミエログラフィーでの硬膜外の水信号の存在、脳槽シンチグラフィーの脳脊髄液循環不全所見が必要です。
脳脊髄液減少症には、様々な誘因が考えられます。スポーツ外傷や転倒、交通事故、カイロプラクティックなどが引き金になることもありますし、原因不明のものも多いです。この中で一番問題になるのは、交通事故などの外傷によるものです。残念なことに多くの保険会社や後遺症を算定する自賠責算定機構の、脳脊髄液減少症に対する考えは今のところ否定的です。
最近では、交通事故の鞭打ち症後遺症の中に脳脊髄液減少症が隠れていることがわかってきました。鞭打ち症は、正式名称は頸椎捻挫です。外傷による頸部の筋肉や靭帯の損傷ですので、3か月くらいでよくなることが多いのです。しかし中には年単位で不調が残る患者様がおられます。症状が治らない方の中に、髄液が漏れている方がおられます。
検査を行うと髄液減少所見があり、髄液の漏れがみつかってブラッドパッチでよくなる方もおられます。これまで交通事故の後遺症が長引く原因として、心因性とか補償金目当てとか、様々ことが言われてきました。脳脊髄液減少が後遺症を引き起こす原因という知見は、最近のことになります。しかしまだこの病気の知名度は低く、知らない医師も多いのです。
鞭打ち損傷後の症状は多彩で、元々の頚椎症とか加齢による変化、事故によるストレスや被害者意識などが症状を悪くします。起立性頭痛がはっきりしなかったり、画像に所見がない場合には、脳脊髄液減少症の診断にならない場合があります。特に境界例は診断が困難です。診断が確定しない患者に、ブラッドパッチで治療して良くなっても、保険では認められないことがまだ多いですし、あえてそれをしている病院も少ないのです。
もう一つのトピックは小児に、この疾患が多いことです。小児はまだ構造的に髄液が漏れやすいのです。スポーツ時とか、転んだり尻餅をついたりと、外傷の機会も多く、この疾患で不登校になっている患者は多いと言われています。片頭痛とか、起立性調節障害の診断になることが多く、画像所見は軽微です。起きると頭痛や倦怠感、めまいがするため、一日中ゴロゴロする様になります。
しかしブラッドパッチの効果は、軽度の改善まで含めると96%と、抜群に高いことが分かっています。現時点では診断と治療ができる医師がとても少ないことや、頭痛専門医や小児科領域でさえ、ほとんど知られていないことが大きな問題だと思います。蒼野も知りませんでしたので、とても勉強になりました。
世の中まだまだ知らない病気が沢山あるのですね! 小児に関しては、まだ診断基準もできていません。色んな知識を高めて、こういう病態が疑える医師になりたい蒼野でした。
参考文献: 脊髄造影CTで診断した脳脊髄液漏出症の臨床像 ー58症例の疫学的検討ー
日本ペインクリニック学会誌 Vol.24 No.4 325-331 2017
参考ページ: 脳脊髄液減少症に関する医療講演会 2018.2.4
国際医療福祉大学熱海病院 脳神経外科 篠永正道先生
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