ここ数日書いている、「老化」は生物の進化の中で、生き残るための手段だったということを調べていて、進化してゆくには、生物の多様性が重要であるという事に、改めて気付かされています。その中で面白いなあと思った感覚器の多様性に関して、今日は書いてみたいと思います。
皆様は今見えているものや聞こえているもの、匂いや味など、感覚器による感じ方は、人間はみんな同じだと思いがちですよね。蒼野が小学校の頃は色覚検査というのがあって、大多数の人と違って、赤と緑の判別が難しい子供は、色盲とか色弱と呼ばれ、軽い障害者と考えられていて、職業にも制限がつくとされていました。
しかしこの検査は、2002年から、必須項目から除外となり、希望者のみの検査になっています。この色覚の判別が難しいのは、男子の20人に1人(5%)、女子の500人に1人(0.2%)くらいの割合で、通常の日常生活に不自由はありません。
これは遺伝学上、色覚の多様性(特性)の一つであり、異常(?)では無いことが分かっています。血液型にA、B、O、ABなどのタイプがあるのと同様に、遺伝子のタイプによって、現れてくる個性の一つなのです。
このような遺伝子を持つ人類も長い歴史の中で、生き延びてきており、生存に不利になるものではなく、むしろ有利だったりする場合があるのです。しかしかつての日本社会では、マジョリティではないことから、色覚障害とか色盲、色弱、などと、普通ではない、劣っているというニュアンスの入った呼ばれ方になっていました。
色覚多様性は、色を識別する錐体細胞の赤色色素遺伝子が欠けていることにより、色の認識・識別が、多数派と違うタイプだということに過ぎません。多数派が線を引いて、判別ができないのはかわいそうな障害がある人だ、とは言えないということなのです。
色を感じ表現する要素には、「鮮やかさの“彩度”」「明るさの“明度”」「色合いの“色相”」という3つの要素があります。色に対する感じ方は「色相」「彩度」「明度」の割合の違いで人それぞれ異なり、色の見え方や感じ方も違うらしいのです。
芸術家の人なら、普通の人には真似ができない色使いが出来たり、音楽家で言えば絶対音感があったり、ソムリエなら、微妙なワインの匂いが嗅ぎ分けられたり、味についても一流の料理人は、すごく細かな違いが分かったりしますよね。
蒼野は食材には拘りますが、結構な味音痴ですし、ワインは赤と白とロゼの違いはわかりますが、赤ワインの匂いの違いも表現できません。”芸能人格付けチェック”の番組を見ていても、音の違いや、一流の芸術品かどうかなども、当てずっぽうです。全部当てる人もいることを見ても、感覚器は人によって感じ方が違うのだろうと思えます。
色に関して言えば、一般的には色相が、色を感じる上で最も大きな要素である人が多いのです。しかし色相の判別が弱い人は、彩度や明度の感覚が鋭かったりするのです。これは狩猟採集時代に、どんな環境で餌を探すかによって、有利な部分と不利な部分があるのです。
かつては猿だった人間ですが、赤と緑の区別が得意な3色型の色覚を持つ猿は、森の中で色のついている果物を探して食べることに有利です。しかし赤と緑を区別しにくい2色型は、明るさや形の違いを見分けるのが3色型よりも得意で、昆虫を取るのは上手だったのです。
オマキザルの研究では、2色型のオマキザルは、明るさのコントラストや形や形状の違いに非常に敏感なため、擬態を使って隠れている昆虫を捕まえるのが得意です。単位時間当たりにどれだけ昆虫をつかまえたか比べた実験でも、有意に2色型が沢山捕まえました。特に森の中で日が差さない暗いところに行けば行くほど、2色型が有利で、3倍近く捕獲することが確認されました。
また人類は地球上のあらゆる土地に移り住んできましたが、白夜などがある高緯度地方で、薄暗い中で獲物を見つけるには、遠くを見る視力や輪郭やコントラストを捉える能力に優れた2色型の人間こそが生き残れた可能性が高いのです。
現在でもフランスや北欧では2色型が10人に1人(10%)と、多く残っています。一方アフリカ系の黒人男子では1.4%と低い割合です。意外なのがイヌイットで、こちらも1%と低い割合です。我々からすると白一色の世界のようですが、イヌイットの人々の言葉には、「雪」を表すのに何十種類もの違う呼び名があるようです。それだけ細かく見分けるためには、色相が必要なのかもしれません。
実際に人間の祖先が、森から草原に出たときに草の色でカムフラージュされた獲物を見つけるには、2色型の方が有利だったと考えられます。3色型色覚はそもそも、霊長類の森林適応だとされており、サバンナでの狩りでは、獲物は周囲に溶け込んでいることが多く、また肉食獣をいち早く見分けるためにも、集団の中に2色型や、明確な変異3色型の人がいるという多様性が、生存に有利だったことが考えられます。
進化の過程を考えると、霊長類は猿であった以前は、夜行性の小動物だったと言われています。夜間には3色型の色覚はあまり役に立ちません。役に立つのは、緑の葉や果実が熟しているかどうかの微妙な色の違いの鑑別です。2色型だと、葉っぱと果実の鑑別も難しいそうです。
ヒトの遺伝子を調べると、猿には見られないような、緑オプシン(錐体細胞野中の色素)と赤オプシンの遺伝子が混じり合ったハイブリッドオプシンが50%近くも見られるとのことです。様々な狩りや採集をするのに、人によって見え方が違うということが、とても重要だった可能性があります。
狩りをしない女児の2色型の割合は、全ての人種で0~0.5%と極めて低く、人種差はありません。オプシン遺伝子はX染色体の上にあり、これを1本しか持たない男性は、遺伝子の影響をまともに受ける為、変異が多くなります。女性はX染色体が2本あるため、一方は2色型でも3色型の遺伝子でカバーされるのです。
こうして考えると、同じ綺麗な景色や花を見ていても、見えて感じている色彩は、人それぞれ違うのだと思います。比べられないので分からないだけで、明らかな違いがある2色型ばかりが取り上げられてきたのは、おかしいですよね! 色覚異常とか色弱、色盲という言葉はもう使われなくても良いように思いますし、2色型の人が困らない社会になって欲しいですね。
ようやく最近では、みんなと同じが一番良いという価値観が、日本でも見直され、ダイバーシティ&インクルージョンという言葉も一般的になってきました。多種多様な人が互いの考え方の違いや個性を受け入れながら、共存共栄するというのは、人類の生き残りにおいてもずっと取り入れられてきた方法なのだと思います。
蒼野自身は、自分では極めて平均的で普通の人間だと思って生きてきましたが、歯に衣着せぬことを言ってくれる家族によれば、かなり変わり者だそうです。しかしこれからは個性が、武器になる時代です。自分の個性を把握して、どうやって世の中で活かしてゆくのか模索してゆきたいと思っています。
生物の進化は本当に面白い! 大人になってますます進化生物学が好きになった蒼野でした。
参照記事: 「正常色覚」が本当に有利なのか 東京大学 河村 正二
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/16/012700001/020500007/
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