認知症ドライバー

2022/02/26

 蒼野が今日読んだ記事に、「今年の5月から、高齢ドライバーの認知機能の評価が変わる」というニュースがありました。その変更点で、蒼野が気になることがあったので、今日はそれについて、お伝えしておこうと思います。

 その変更点ですが、違反・事故などの履歴があれば、まず実技試験を受けることになったことです。認知機能テストと運転技術は相関していないと言われるため、これは良いことだと思います。実技が問題なければ、次に認知症の試験に進みます。試験の結果で今までは、認知症、軽度認知障害(MCI)、正常、の3つに、結果で分けられていました

 しかし、問題だと思うのは、今回から『認知症と、そうで無いもの』の2つに分けられるようになったことです。認知症とMCIの、交通事故リスクはあまり変わらないことが、わかっています。認知症で免許取り消しになるのは当然ですが、正常+MCIが同じ括りで、今まで通り、運転して良いことになっているのです。これには驚きました。事故リスクが増える判断だと思うからです。

 前回は、MCI と診断されたら、6か月後に医療機関で進行の有無の確認をすることが、MCIが運転できる条件になっていたのが、今回は無くなっているのです。アルツハイマーにしても、認知症は、ある程度進行してくると、比較的短期間に症状が進むことも多いのです。免許更新が、3年ごとであれば、MCIの診断から最長で3年間、運転できることになってしまいます。

 2015年くらいから、高齢ドライバーの事故は、かなり報道されるようになってきました。ブレーキとアクセルの踏み間違いとか、高速道路逆走といったトラブルもお馴染みです。認知症が疑われる場合は、運転して欲しく無いというのが、皆様の気持ちでは無いでしょうか?

 しかし自分が高齢になった時、しかも田舎で、公共交通機関の便が悪い時、車を運転するのが大好きな場合などに、ちょっと認知機能の点数が悪かったからと言われて、免許を取り上げられるとしたらどうでしょうか? 実際には運転をやめてもらうのが難しい人は沢山おられ、家族がやめさせようと思っても、上手くいかないことを、蒼野は臨床の現場で色々と経験させてもらっています。

 蒼野は認知症専門医なので、やたらと車を擦って、マイカーが傷だらけになっているので、おかしいと思うと、ご家族が連れて来られたり、免許更新のテストが出来なかったため、診断書が必要ということで受診されたりする患者様が沢山おられます。

 MRIや認知機能検査を行うと、確かに認知症であることが多く、免許返納するようお話しすることも多いのです。しかしすんなり受け入れられる患者様はごく一握りです。受け入れてくれる患者様は、ちゃんと自分の状態を認識されていて、リスクが理解できる方なので、むしろ認知症の程度は軽い方がほとんどなのです。

 進んだ認知症の方は、薬を出しても、家族がしっかりしていなければ、飲むのを忘れてそのままになってしまったり、次回来院されるときに、車を運転して来られたりするのです。それが危ないことだという認識もなく、運転してはいけないということさえ忘れてしまうからです。

 2025年には団塊の世代が75歳以上に突入してきます。今まで以上にこういった問題は出てくるように思います。独居や、夫婦のみの世帯も増えていて、認知機能低下に気づきにくい場合や、ご家族が気づいていても、病院を受診しない患者様や、家族や病院で、免許返納を勧められても、素直に従えない患者様などは、沢山おられると思うからです。

 2019年4月に池袋で起きた事故を発端に 85歳以上のドライバーによる事故は現在減少傾向です。報道によって、ご家族の意識も少し変わってきたためか、免許返納も増えている様子です。年齢別の返納率は、2019年には65歳以上で3.1%、75歳以上で6.2%、85歳以上で14.4%となっています。

 しかし、65歳以上の高齢者は63%が運転しており、男性は86%が運転しています。一方認知症有病率は16.7%で、6人に1人程度になっており、このことから、世の中には認知症ドライバーが、普通にそこらじゅうで運転していると認識しておく必要があるのです。運転は生活に欠かせないものの一つになっている場合があり、認知症の疑いのある方のうち、約40%が運転を継続しているという調査結果もあります。

 現状、西洋医学では、認知症を治す薬は出ていません。日本で認可されている認知症薬は、4種類あるのですが、病状の進行を半年遅らせる程度の効果しか無く、フランスなどでは、効果がないとして、保険収載から外されたと聞いています。

 またこれらの薬は、軽度認知機能障害(MCI)を改善するというデータもありません。しかし、近所のクリニックで、高齢者が物忘れの相談をすると、MCIの状態であっても、安易に処方されていることも現状、沢山見かけます。

 薬を飲んでいる方が、もし重大事故を起こし、責任を問われた場合、認知症の診断が無ければ出せない薬だけに、飲んでいる方は運転してはいけないということをしっかり説明していなければ、薬を出した医師にも、事故の責任がかかってくる場合があるからです。被害者側の感情や公安の立場を考えれば、当然だと思います。

 ずっと認知症患者様の運転について否定的な話ばかり書いているのですが、運転には、認知機能を維持しやすくなるという、反対の側面があることも知っておく必要があります。単に高齢というのみで運転を中止すると、生活の自立を阻害したり、うつなどの疾病発症のリスクを高め、寿命の短縮にもつながることが、多くの研究で確認されています。

 健康な高齢者にとって、車の運転が出来なくなることは、生活範囲が狭くなり、それが活動量を減少させるため、心身の機能を低下させることにもつながります。運転を中止した高齢者は、運転を継続していた高齢者と比較して、要介護状態になるリスクが、約8倍に上昇することが報告されています。

人生100年時代、高齢者が、安全に運転できる期間(運転寿命)を伸ばしていくことは、健康寿命の延伸に重要であることも、証明されてきているのです。すでに自動運転のハード面はクリアされていると聞いています。事故を起こさない車はすでにできているのですが、まだ価格が2,000万円以上するとのことです。

 不幸な認知症ドライバーによる事故を減らし、健康長寿社会を実現するためには、価格も含めて、安全運転を継続するためのシステムが、社会実装されることが急務だと思います。

 蒼野は、事故で複視になって運転が怖くなりました。法律上は片目で運転は可能ですし、運転している方も沢山おられるのですが、妻や娘に強く反対されることもあって、いまだに運転していません。

 10ヶ月間くらいは、そのうち必ず運転するって思っていました。運転をやめたく無い人の気持ちもよくわかります。でも1年も経つと敢えて自分で運転しなくてもいいやと思えるようになりました。

 どこに行くにも歩いて行くのも良いものです。車だと速すぎて見えないものも見えますよ! でも世の中の車が、全て自動運転になるのが、少し待ち遠しい蒼野でした。

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