カーボローディング vs. ファットアダプテーション!

2022/09/23

 今日はスポーツ栄養学の進歩ということで、カーボローディング vs. ファットアダプテーションについての論文の新しい知見について書いておきたいと思います。蒼野が尊敬する糖尿病専門医の山田悟先生の記事を参考に、今年出た参考文献174本、53ページにわたる総説の論文1)を、わかりやすく要約させていただきます。

 長らくスポーツ界、特に持久力が必要なマラソンなどの競技の時には、カーボローディングは必須とされてきました。その歴史は古く、1920年のデンマークの研究で、運動中に倦怠感で動けなくなった数人(全員ではない)は、糖質制限食(高脂質食)をしていたとのことで、運動中のエネルギーは糖質ではないかという仮説が生まれたそうです。

 その後1934年の研究では、6時間のランニングを行なったアスリートのエネルギー消費は、最初が糖質で徐々に脂質にシフトしてゆくことが報告されましたが、1939年には糖質制限食で90分しか運動が続けられなかった人に、200gのブドウ糖を与えると再び動ける様になることや、同じ人が高糖質食にした後には、240分運動できたと報告され、運動時は糖質が重要と結論されました。

 しかしこの論文をよく検討すると、動けなくなった人は全員、血糖値が70mg/dL以下の低血糖になっていました。筋肉内グリコーゲン測定ができる様になり、1967年の研究では、同じカロリーの高糖質食、中糖質食、低糖質食を摂取させた9人の、運動継続可能時間が、運動開始前の筋肉内グリコーゲン量と正の相関を示し、糖質の割合が高い程、運動が継続できたと報告されました。

 この流れを見ると蒼野も、運動には糖質をたっぷり摂っておく方が有利であると考えると思います。そしてスポーツ栄養学では、カーボローディングで筋肉内のグリコーゲンを増やしておけば、筋肉のエネルギーが増えるため、運動に有利であろうという考え方が、現代まで常識とされることになったのです。

 その後1967年の論文では、運動の継続時間の長さに関わらず、運動が不可能となった時点の血糖値は、70mg/dL以下の低血糖になっていました。実は運動終了時の筋肉内グリコーゲン量は、バラバラで、グリコーゲンが残存していても動けなくなっている人がいたのです。この結果を冷静に判断すると、筋肉内グリコーゲン量は運動持久力とは無関係では無いかと、考えることが出来ます。

 そしてその後の1986年の自転車選手が180分漕ぎ続ける実験では、運動途中20分毎に、澱粉を経口摂取した選手は、疲労を訴えるまでの時間が伸びていました。しかし筋肉内グリコーゲン量は、澱粉を摂るグループとプラセボのグループでの差が無く、どちらも時間と共に減少していました。やはり筋肉内グリコーゲンと運動持続可能時間には関係が無い様なのです。

 そこで血糖値が上がれば糖質を筋肉が取り込んで、ミトコンドリアでATPを作るため、糖質を摂取する方が、筋肉内のエネルギー代謝が上昇しているのでは無いか、と考えられた実験が1999年と2003年に行われました。しかし筋肉内のATP量は血糖値に関わらず、糖質摂取の有無では差がないことが判明しました。ATPは脂質からのエネルギー供給からも作られており、結論として筋肉内のグリコーゲンも筋肉内のエネルギー代謝も、運動持久力には関係が無いことが分かりました。

 そこで逆に、脂質を多く摂るファットアダプテーションは、脂肪として蓄えられている豊富なエネルギーを使用して筋肉にエネルギー供給できるため、持久力系の競技では有利になるという新しい考え方が生まれました。体内に貯められるグリコーゲン量は、肝臓と筋肉を合わせても2000Kcal程度です。体重50kg、体脂肪率10%の人が、脂肪として蓄えているエネルギーは3.5~4万Kcalもあるので、日頃から高脂肪食を摂って脂質燃焼能力を高めておけば有利になるとの考え方です。

 皮下脂肪をエネルギーに動員するには、ホルモン感受性リパーゼという酵素が必要です。ホルモン感受性リパーゼはニコチン酸で阻害されるため、ニコチン酸を投与下で、運動持久力を測る実験が行われました。すると脂肪からのエネルギー供給ができない状態でも、運動持久力が変わらないという結果がわかったのです。

 運動中の補給を、プラセボ、糖質のみ、糖質+中鎖脂肪酸に分けた実験では、糖質のみと糖質+中鎖脂肪酸の運動パフォーマンスに差はありませんでした。これらの実験から、運動中に筋肉に取り込まれるエネルギーは、糖質でも脂質でもどちらでも良く、差がないことも分かりました。

 それでは何が運動持久力を決めているのでしょうか? 2001年の実験で、100kmの自転車漕ぎにおいて、インターバルトレーニングを行ないました。途中1kmの全力漕ぎと4kmの全力漕ぎを5回入れて、そのパフォーマンスを漕ぐパワーで測定しました。回数を重ねる毎に徐々にパワーは下がってゆき、その時の神経の命令による筋電図の変化との相関が認められました。

 つまり脳からの命令が少しずつ低下していることが分かったのです。低血糖になると、脳の運動野からの命令が滞ります。脳へのエネルギー供給によって運動持久力、運動パフォーマンスが規定されているという可能性が指摘されたのです。

 脳神経細胞のエネルギーは、神経細胞周囲の正常細胞内にあるグリコーゲンと、血糖、乳酸、ケトン体です。一番素早く使えるものが血糖ですので、低血糖になると運動が続けられなくなると考えると、今までの実験が全て説明可能となります。ケトン体が常にエネルギーとして使えるためには、3~4週間のファットアダプテーションが必要です。今までの論文では、高脂肪食の期間が短く、この点が抜けているので検証が必要です。また乳酸や脳内グリコーゲンの代謝については、まだほとんど分かっていません。

 2016年の50km以上を走るスーパーマラソンやトライアスロンの上位10%に入る男性選手の研究では、普段からカーボローディングしている(HC群)と、高脂質食にしている(LC群)で比較したところ、走行前も走行中も回復期も、全く筋肉内のグリコーゲン量は同等でした。途中で補給するドリンクも、高糖質の物と、高脂質の物としたところ、高糖質群では、激しく運動しているにも関わらず、インスリン分泌されていることが分かりました2)。

 その後にも28本ものカーボローディング vs. ファットアダプテーションの論文が報告されていますが、いずれも運動パフォーマンスの差異は認められません。運動中に低血糖になって、脳機能が低下しないよう、十分な肝臓内のグリコーゲン貯留や、脳内グリコーゲンの貯蓄、運動中の少量の糖質摂取などが満たされていれば、カーボローディング vs. ファットアダプテーションは、どちらでも関係無いということの様です。

 ただ、カーボローディングを重視するあまり、競技前にあまりに糖質をとりすぎると、血糖スパイク後のインスリン過剰分泌による低血糖発作を起こす危険があります。2022年の第98回箱根駅伝において、国学院大学の5区、東海大学の10区の選手が低血糖でパフォーマンスを低下させたことが報じられていました。

 競技前のカーボローディングのし過ぎで、不本意な結果となったのであれば本当に残念です。もう積極的なカーボローディングの時代は終わった様です。特にマラソンやトライアスロンをされる方は注意してくださいね! スポーツ栄養学もどんどん進化しています。新しい知識で自分の最高のパフォーマンスを出したいものです!

 今年のApple watch8に血糖モニターが搭載される噂がありましたが、見送りになった様です。もし発売になったら、自分のパフォーマンスを上げるために、絶対買いたいと思っている蒼野でした!

参考文献:

1)What Is the Evidence That Dietary Macronutrient Composition Influences Exercise Performance? A Narrative Review.  ; Nutrients. ;14(4):862. 2022

2)Metabolic characteristics of keto-adapted ultra-endurance runners. ; Metabolism. 65(3):100-10. 2016 

参考ページ: 運動前の糖質摂取論争に決着つける凄い論文   山田 悟
              https://medical-tribune.co.jp/rensai/2022/0613545942/

もし記事が良かったよ!と思われた方は蒼野健造公式ラインのボタンをポチッと押して、ご登録くださいね。ライン登録された方で希望される方は、オンライン面談での相談に乗りたいと思っております。