貧困と脳卒中!

2022/05/30

 今日は「貧困と脳卒中」という話題から書いてみたいと思います。蒼野のところに毎月送られてくる学会誌の中の、「脳卒中」という雑誌の論文からの考察です。「地獄の沙汰も金次第」という諺もありますが、経済格差は健康格差につながることを示唆する論文です。

 2014年から2018年の5年間に脳卒中で入院した816例を対象とした研究です1)。生活保護受給者及び無料低額診療利用者の計280名を経済的困難者群とし、残りを対象群としています。経済的困難者における脳卒中の特徴は、男性が多い(特に65歳未満)、独居が多い、脳梗塞の平均発症時年齢が男女ともに低い、脳出血の退院時の生活障害程度が高いことでした。

 やっぱりそうだよな! というのが蒼野の実感です。今まで見てきた患者様で、若くして脳卒中を患う人は、貧困で生活が整っておらず、脳卒中リスクを放置し、好きなように生きてきて、一人で暮らしている人が多かったのです。そんな生活なら脳卒中になるよね、という人が運ばれてくる場合が多かったからです。

 そこで他の論文も探してみました。すると低所得の中国農村部における脳卒中発生率と危険因子、有病率の増加という論文が出てきました2)。中国で15438人を登録し、1992年から2012年までの3つの研究期間(1992年から1998年、1999年から2005年、2006年から2012年)にわたって初発脳卒中の発生率を分析しています。

 10万人あたりの脳卒中発生率は、1992-1998年の124.5人、1999-2005年の190.0人、2006-2012年の318.2人と急増する傾向にありました。全体で毎年6.5%増加し、45~64歳の男性では12%増加していました(p <0.05)。この原因は時代と共に食べ物の質が変化していることを反映しているのではないかと思います。

 リスクについての検討は、空腹時血糖値とアルコール摂取量が、男性と女性の両方、特に45歳未満の男性で有意に増加していました。肥満と空腹時血糖値高値の確率は、1992年から2012年にかけてそれぞれ8.8倍と11倍に増加していたとのことです。貧困地域では、アルコールや糖質摂取が多くなり、メタボリックシンドロームとなる確率が年々高まっていて、脳卒中につながっているという印象です。

 日本のコホート研究で、日本各地に存在する地区を裕福なグループと貧しいグループの5つに分類して調査した研究も見つかりました。40~69歳の男女約9万人の方々を平均約16年間追跡した調査結果が示されています3)。その結果、調査開始時期に貧しい地区に住んでいた人ほど、脳卒中を発症するリスクが高くなる傾向が確認されました。

 生活習慣病である脳卒中において、個人の経済状況とか地域の経済状況が、発症リスクに影響するというのは、興味深いですね。その中で何が影響しているのかを、考えてみる必要がありそうです。これは世界的にも研究されているようです。

 国連によると、社会的因子の中で、特に健康に大きな影響を与えるのは、経済的要因(貧困)と教育であるとされており、今後の世界目標として、極度の貧困と飢餓の撲滅、初等教育の完全普及の達成が謳われています。

 日本のような先進国では、「絶対的貧困」と言って、飢え死にするようなことはまずありません。しかし、いわゆる経済格差は「相対的貧困」と呼ばれ、最近はますます拡大する傾向にあります。我が国は、2010年時点での国際比較で、「相対的貧困率」が先進国 30 カ国中、4番めに悪い数字となっています。

 かつての「一億総中産階級」は幻想で、バブルの崩壊、国際競争力の低下や、グローバル化の中での国内産業の空洞化、雇用構造の変化などにより、終身雇用制は崩壊、派遣社員なども多くなり、中間層が衰退・分解し、2極化が進んだと考えられます。

 一旦貧困層となると、お金のかかる健康な食べ物を食べにくくなり、炭水化物や超加工食品中心の食事になります。ストレスも多く、長時間労働で睡眠時間は削られ、運動する時間もありません。さらに生活習慣から健康を害することで、良い条件で雇用されることが、難しくなります。

 子供の貧困も大きな問題です。貧困層の子供は高い教育が受けにくくなります。子供の頃からの食事習慣は変え難いこともあり、健康リスクは高く、病気を抱えればさらに働きにくくなり、世代を超えた貧困の連鎖・固定化の問題につながりやすくなるのです。

 有名なホワイトホール研究を紹介します4)。1967年から、ロンドンで公務員として働く約2万8,000名の男女を対象とした大規模な縦断的研究です。英国の公務員制度は、ストレスが健康に及ぼす影響を調べるのに、うってつけの特徴を備えています。

 職員の階級ランクが、明確な分類によって決まっています。一番下は配達係や守衛、警備員。その上が書記係。その上が、研究員やその他の専門職となっています。慢性的ストレスによる病気のリスクが、数十年にわたって追跡され、報告されました。

 その結果、40~64歳の年齢層において、階層の最下段にいる公務員は、トップにいる人々と比べて死亡率が4倍にのぼることが明らかになりました。ストレス以外の遺伝的因子や、喫煙、過度の飲酒といった生活習慣のリスク行動を調整しても、死亡率は2倍高かったのです。

 それを受けて、論文では心理社会的要因、特にストレスによって、健康状態に大きな差が生じると結論しています。それを裏付けるかのように、経過中に最下層からランクが上がった人を見ると、心臓疾患を罹患する確率が最大13ポイント低下したというデータも出ています。

 でも上に立つ人の方がストレスは大きいのではと思われた方もおられるでしょう。これはストレスの種類が違うということで説明されています。チャレンジするような仕事は、大きなストレスを伴うのですが、楽しめる仕事でもあり、良い結果に繋がれば大きな満足感が得られます。それよりも自分の裁量で自由にできる範囲がまったくないというストレスの方が、健康に悪いのです。

 最後はアカデミー俳優の研究です。アカデミー賞を受賞した俳優のほうが、自分が選択できる仕事に恵まれると考えて、トロント大学の疫学研究が行われました4)。アカデミー賞俳優たちは、受賞していない俳優に比べて、平均寿命が4年長く、死亡率が28%低いことが分かりました。

 やはりストレスに健康を害されない人生を歩むには、自分がボスになる仕事を持って、経済的なベースを増やすことなのだなあと、痛感する結果となりました。ずっと勤務医人生を送ってきて、自分が部長の時は、責任は重かったけどやり甲斐もあり、ストレスはむしろ少なかったかも、と思いました。ここ数年は雇い主に恵まれず、新しい仕事を模索しています。それは健康の面でも正しい方向であることが分かりました。

 やはり健康には経済力が必要だったのです。終身雇用の時代は終わり、人生100年時代、みんなが健康で過ごすためには、ストレスを溜めないためにも、自分がボスになる仕事を、副業からで良いので、みんながやるべきなのだと思います(私見です)。

 医療費は年間44兆円以上が、使われています。これはみんなの生活習慣が変わり、予防医学の考え方が浸透すれば、激減できるお金だと思います。その分を少子化と子供達の教育に使えば、未来は変わるのではないかと思ったりします(ちょっと政治家っぽくなってしまいました…)。

 今の日本の教育では、お金儲けや起業については学べません、また健康を守るための食事、運動、睡眠などについても授業がないのです。これでは貧困家庭に生まれたら、貧困のままである可能性が高くなるように思います。世界で活躍する人材を育てるためにも、これらが義務教育に組み込まれる世の中になれば、日本は変わって行けるのではないでしょうか?

 みんなが健康で、お金持ちになる理想の未来に向かって、少しずつでも力になれるよう、進んでゆきたい蒼野でした。

参考文献:                                      

1)経済的困難者における脳血管障害の特徴  脳卒中44:243–251、2022

2)Increasing stroke incidence and prevalence of risk factors in a low-income Chinese population : Neurology,  January 27, 2015; 84 (4) 

3)Impact of neighborhood socioeconomic conditions on the risk of stroke in Japan  :  J.Epidemiol. 2015;25(3):254-60.

4)Survival in Academy Award–Winning Actors and Actresses : Annals of Internal Medicine  Articles15 May 2001

参考ページ: 貧困・社会格差と健康格差への政策的考察             (日医総研ワーキングペーパー)  日本医師会総合政策研究機構  石尾 勝

       Whitehall Study  Wikipedia 

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