今日は少し久しぶりの漢方の話題です。漢方は生薬の集合体なので、腸内細菌叢の状態によって、効果に差がでるのではないかとずっと思っていました。そこでそんな研究があるのか調べてみたいと思いついたので、検索してみる事にしました。
西洋薬の多くが単一成分なのに対して、漢方薬の成分は1包に3000種類くらい入っており、非常に多成分です。というのも漢方薬は植物の根や茎、実や木の皮、石や動物の臓器や骨などから作られる生薬を組み合わせたもので、我が国で使われる生薬自体も249種類もあるのです。
身体に良いという食べ物などを組み合わせると、薬と呼べるまでの効果が見つかり、長い年月をかけて人体実験した結果、現在まで受け継がれているものが漢方薬というものになります。今日本で使われているものは、5~6世紀に中国から伝来した知識が、1400年以上の日本の歴史の中で独自の発展を遂げたものになります。
日本のように、西洋医学と伝承された医学を同時に使うことが出来る国は非常に限られています。韓国では、伝承医学が使える医師は韓医で、西洋医とは別の免許が必要です。中国も同様で、中医と西洋医は分けられており、お互い仲も悪いため、同時に両方で治療することはできない様です。蒼野は日本に生まれて良かったなあ! と本当に思います。
日本では医師が35万人くらいいて、西洋医学を学んでいますが、30万人くらいは漢方を処方しています。しかしその処方の仕方は、病名漢方であることが多いです。例えばこむら返りだったら、「芍薬甘草湯」を処方する、といった感じです。
本当に漢方に興味があって、患者様の状態に合わせて、多種類の漢方を使い分けている医師はかなり少ないと感じます。というのも漢方薬はブラックボックスなので、臨床研究をしても、ちゃんとしたエビデンスがとても出にくいからなのです。そのため怪しい薬と思っている方も時々居られます。
例えば、便秘に使う漢方は、次の様なものがあります。大黄甘草湯(便秘の第一選択薬)、桂枝加芍薬大黄湯(腸の停滞感や腹痛)、大承気湯(腹部が硬く閉塞感 )、 調胃承気湯( 腹部膨満と腹痛 )、 桃核承気湯( 月経関連症状や左下腹部に圧痛)、大黄牡丹皮湯(右下腹部痛 )、 大柴胡湯( 上腹部が張って苦しい )、 麻子仁丸( 兎糞様便、高齢者、虚弱体質)、潤腸湯(高度の乾燥便)、防風聖通散(肥満で太鼓腹の便秘)、小建中湯(虚弱体質、小児)、大建中湯(腸管運動低下による ガスの貯留)、黄耆建中湯(体力低下)と、13種類もあるのです。病名だけだと使えないのがわかりますよね!
蒼野も患者様の訴えを詳しく聞いてから、これかなと思うものを出すのですが、上手くいくこともあれば、効きが悪いので変更することもあります。漢方の名医は、最初に出したものが上手く効く確率が高い人のことを言います。野球のバッターと一緒で、常に10割打てる人は居ないのです。蒼野も経験を積みながら少しでも良い打率をマークしたいと思っています。
漢方の良いところは、効かない場合に副作用が出ることが少ないところです。もちろんどの様な漢方薬でも、極めて稀に特異反応による副作用の可能性はありますが、西洋薬に比べると発現頻度は低く、想定可能なものが多いのです。長期使用で出ることが多いので、気を付けながら使えばかなり安全です。
さて本題です。同じ漢方薬でも効果がある人とない人がいます。昔から漢方には『証』という考え方があり、こんな体質の、こんな病態の時なら、効果が出やすいということが伝えられています。経験則から導き出されたものなので、同じ漢方を100人の人に出して、51人には確実に効くといった様なエビデンスを出せないことから、科学的ではないと取られやすいのだと思います。
この部分に腸内細菌叢が関与している様なのです。腸内細菌によってヒトは痩せやすかったり、太りやすかったりします。漢方で言えば、虚証と実証です。先ほどの便秘薬ですが、漢方の便秘薬の多くに配合されている、大黄という生薬の薬効成分はセンノシドという物質になります。
センノシドは胃、小腸では吸収されずに大腸まで移行し、そこで腸内細菌(ビフィズス菌やペプトストレプトコッカス菌など)による代謝をうけて、生成したレインアンスロンが大腸壁を刺激して蠕動運動を活発にして、瀉下効果をもたらすとされています。腸内細菌が減少した状態では、効かなくなるのです。
このセンノシドを精製して西洋薬にしたものが、プルゼニド錠(コーラックなど)です。刺激性便秘薬に分類されるセンノシドは、長期の使用には注意が必要です。常用すると腸が自発的には動きにくくなるため、便秘時のみの使用に留めたいものになります。
漢方薬では、センノシドの成分が西洋薬よりも少ないことや、他の成分にタンニンなどの止瀉作用を持つものなどがあり、腸の状態に合わせて便秘に対する効き方が、自動的に変化するので、とても使いやすいと蒼野は感じています。胃透視でバリウムを飲んだときに出されるのが、プルゼニド錠ですが、蒼野は1錠飲んだだけで下痢になります。漢方では少し便が出にくいときに飲むと、ちょうど良くなることが多いので、優しいことを実感しています。
マウスを対象に高炭水化物食、高脂肪食、高繊維食と食餌を分けて与え、大黄甘草湯の下剤活性を評価した研究では、高炭水化物食と高脂肪食では下剤活性が維持し、高繊維食では下剤活性が抑制されていました1)。
それぞれの腸内細菌叢を調べたところ、食餌の違いにより、腸内細菌叢の構成も変化していました。食餌による腸内細菌叢の変化に応じて、大黄甘草湯の下剤活性が制御されることが示唆される結果となっています。
センノシドの他にも、腸内フローラが影響する成分が分かってきています。滋養強壮に効果があるとされる人参(ウコギ科オタネニンジン)の有効成分である、ジンセノサイドや生姜のジンゲロールなども腸内フローラで活性化されることがわかっています2)。
逆に漢方の生薬を飲む事によって、腸内フローラが元気になったり、環境が整ったりすることも報告されており3)4)、win-winの相互関係が成り立っているものも多くあると考えられています。現時点では証明することは難しいですが、量子コンピューターの発達や、腸内フローラのビッグデータの集積によって、どんどん証明されてゆくことを蒼野は期待しています。
また天気頭痛やむくみ、乗り物酔いや二日酔いなど、とても応用範囲が広い五苓散という漢方ですが、五苓散は、むくんでいると尿量を増やし、脱水気味であれば尿量を減らしてくれます。西洋薬の利尿剤は、体がどんな状態でも一方向的に尿量を増やします。生体の状態に合わせて、オートマティックに薬理作用が変わるというのが、漢方薬の大きな魅力です。
超高齢化社会になって、ポリファーマシーの問題、医療費高騰の問題は、大きな影を投げかけています。漢方は1剤で様々な病態を改善できる可能性があるため、薬の数も治療費自体も抑えられる可能性があります。今後ますます活躍が期待される薬剤だと思います。
ただ生薬が原料のため、今回のコロナ禍で有名になった葛根湯+小柴胡湯加桔梗石膏などの需要が爆発したためか、現在メーカーからの出荷が28品目も限定されています。蒼野も使いたい薬が使えず、やきもきしております。是非メーカーさんに頑張って頂きたいと期待しております。
1)Daiokanzoto is an effective laxative in gut microbiota associated with constipation. : scientific reports. 9, Article number: 3833 (2019)
2)Microbial conversion of major ginsenosides in ginseng total saponins by Platycodon grandiflorum endophytes. : J Ginseng Res. 2016 40(4):366-374.
3)Daikenchuto (TU-100) shapes gut microbiota architecture and increases the production of ginsenoside metabolite compound K. : Pharma Res Per, 4(1), 2016, e00215
4)Effect of Kampo medicine “Dai-kenchu-to” on microbiome in the intestine of the rats with fast stress. : 60 (3.4) 221-227 2013
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