今日は蒼野が怪我で入院した時の話からです。2020年の10月半ばに、渋滞中の車列の左を自転車で走っていて、駐車場に入る右折車が3mくらい先に突然現れたため、反射的にフルブレーキすると、下り坂でもあったためジャックナイフ現象で宙を飛び、頭頂部から地面に叩きつけられました。
そのまま救急車で運ばれ入院、右硬膜外血腫の緊急手術となり、2週間弱の入院生活を送りました。最初の2日間は絶食、その後お粥から始まり、5日後には普通のご飯を食べる生活になりました。入院前にはかなり厳格な糖質制限を何年も続けていて、主食を食べていなかったのですが、病院の普通食のご飯は結構な量があって、太るかもと思いながら食べました。
幸い身体は元気で怪我も無かったので、早く復帰しないとと思い、早期の病院のリハビリに加え、隣の病棟も含め、長い廊下を毎日ぐるぐる10周回るように、自主的なリハビリやストレッチを行っていました。もちろん(あんまり美味しくはなかったですが……)病院食も全量しっかり食べていました。
しかし退院して驚きました。あんなにご飯を食べて、活動量も限られ、大半の時間、ベッド上で生活していたのに、体重が5kgも減っていたのです。スリムジーンズが緩くなっていて、太ももやふくらはぎの筋肉が減っていることも分かりました。元々活動量は多かったのですが、疲れやすくなっていて、疲れると眩暈もする為、散歩の距離を少しずつ伸ばすことで回復に努めました。
当時の年齢は60歳。普通に生活していれば、筋肉が落ちることは無かったと思いますが、たった2週間弱の手術+入院で、以前と同じように仕事ができるようになるまで半年近く掛かったのです。もちろん大きな怪我だった影響もあると思いますが、短期の入院で、あれほど体重や筋力が落ちるということは、自分が経験して初めて分かりました。
現在の病院では、体力、筋力が低下し、ふらつく、転ぶので、一人暮らしが厳しいというようなお年寄りを、リハビリ治療のために入院させることも多いのですが、積極的に動かない方では、かえって悪くなってしまう方も経験します。入院するとベッド以外に居場所が無く、動かない時間が増えてしまうので、入院することで寝たきりに近づく人がいるのだと思います。
筋肉の維持は本当に重要です。加齢と共に、食欲は減ることも多く、消化吸収機能も低下しやすくなります。活動的に動ける人も少なくなります。筋肉をつけてくれる、成長ホルモンや、テストステロンなどの分泌も低下してくるため、筋トレしていても、筋肉がつきにくくなるのです。
筋肉量が減り、筋力が減少して日常生活に支障が出る状態がサルコペニアです。東京都健康長寿医療センター研究所の研究によると、日本人高齢者1851人を6年間追跡して判明した有病率は、75~79歳では男女ともに約2割、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当しています。サルコペニアになると死亡、要介護率がいずれも約2倍に高まります1)。健康長寿のためには、サルコペニアに陥ってはいけないのです。
サルコペニアの原因は、まずは加齢です。それを修飾するのが、低活動、低栄養、疾病になります。最近の研究では新たな要因として、医原性によるものに注目が集まっています。何かの疾病によって入院し、ベッド上安静で低活動となり、場合によっては点滴のみの絶食になったりすると低栄養にもなります。これだけ条件が揃えば、入院しただけで寝たきりに近づいてもおかしくありません。
例えば加齢とともに死亡率が高まる誤嚥性肺炎という病気があります。現在肺炎は日本人の死亡原因としても、2021年版では、がん、心疾患、老衰、脳血管疾患について第5位です。そして80歳代の肺炎患者の約8割、90歳以上では9.5割以上が誤嚥性肺炎です。脳外科疾患で入院する人にも良く合併する病態です。
実は誤嚥性肺炎には、喉の嚥下筋のサルコペニアが隠れていることが多いのです。誤嚥性肺炎の主な原因は、嚥下および咳反射の劣化です。食べ物などが気管に入っても、喀出できず,その量が許容限界を超えると、誤嚥性肺炎を発症します。繰り返し起こることが多く、起こるたびに衰弱して、死に至ることが多い疾患なのです。
日常の生活で、栄養障害、低活動があるとサルコペニアに陥りやすく、全身にサルコペニアが起こると、嚥下を行う筋肉も落ちてしまいます。研究でも舌の厚みは上腕筋肉量と相関していること2)、舌の力は全身の骨格筋量と相関していること3)、咀嚼力はサルコペニアと相関している4)などの論文が発表されています。
高齢者が入院すると、悪いストーリーが考えられます。疾病や外傷などで入院した場合、病態が安定しない間は点滴だけで経過を見る場合は多いです。点滴には十分なタンパク質やエネルギー、ビタミン、ミネラルなどは入っていません。低栄養になるのは間違いないです。ベッド上安静で全身の筋肉が落ちてゆきます。病状が安定し、いざ食事が始まると、嚥下が難しくなっていて、咽せて食べれない。そこで胃管チューブや胃瘻などからの経管栄養が始まってしまったりするのです。ちょっとしたことで寝たきりまっしぐらですよね!
元々サルコペニアがあると、このパターンを辿りやすいのです。入院による禁食、栄養障害、ベッド上安静、疾患に伴うサルコペニアが重なって、嚥下障害が増悪します。嚥下障害が増悪すればさらに低栄養になって、エネルギー不足で動けなくなり低活動が進みます。歯止めの効かない悪循環に陥りやすいのです。
さてこの病態からはどうすれば回復するのでしょうか? 栄養状態の改善に関する幾つかの論文を平均すると、カロリーとして理想体重あたり35kcal、タンパク質は理想体重あたり1.5gが必要とされています。身長160cmの理想体重は56.3kg、1970kcal、タンパク質84.45gが必要なのです。お年寄りでこの量が食べれる人は滅多に居ないと思いますし、食べれる人はサルコペニアにはならないと思います。
ざっとタンパク質なら、肉や卵や魚を合わせて、1日420gです。タンパク質20gの目安は手のひら1枚分ですので、ざっと4枚分のタンパク質が必要になります。筋肉が減って痩せ細ったおばあちゃんが食べ切れる量ではありません。食欲の湧かないおじいちゃんでも難しいと思います。実際的には、サルコペニアの嚥下障害を起こさないよう、若い頃からの生活習慣が、一番大事なことになると思います。
大腿骨骨折術後には13~34%、禁食治療をしたサルコペニア患者には33%、誤嚥性肺炎後には41%の患者様に嚥下障害が起こってしまうのです。しかし蒼野自身も今までの病院での治療を振り返ってみた時、原疾患の治療にばかり注目している間に、誤嚥性肺炎で死亡されてしまう高齢の患者様を多くみてきたように思います。改めて悔いが残ります。
今までの嚥下障害の治療は、喉だけに注目して、看護師さんや言語療法士さんに任せていた部分が大きく、多くの病院では現在もそれを踏襲していると思います。しかしサルコペニアの嚥下障害の治療には、全身の筋肉量を増すような全身で行う嚥下リハビリや、積極的なリハビリ栄養を取り入れてゆく必要があることが、今日勉強していて分かりました。
アメリカの研究では、元々自立歩行していた高齢の入院患者は、入院中24時間中85%の時間はベッドで休んでおり、起立したり歩行している時間は平均で43分だけでした5)。またドイツの研究では、急性期病院に入院した平均BMI25.6の患者様の平均エネルギー摂取量は760kcalであったとの報告もあります6)。サルコペニアになるのは当たり前だと思います。
病気を治すために入院して、寝たきりになることは、まだ現実として多くある事のように思います。一部の人しか知らない事実でもあり、是非皆様にも知っておいてもらいたいと思います。もし入院しても寝たきりにならないようにするためには、日頃からサルコペニアを遠ざけておく事以外ありませんね!歳を取っても筋肉を落とさない方法については、また別の日にお伝えしたいと思います。
患者様の病気だけを見るのではなく、全体として元気になることを考えられる医師になりたいと思う蒼野でした!
参考文献
1)Sarcopenia: prevalence, associated factors, and the risk of mortality and disability in Japanese older adults. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2020 Nov 25. doi: 10.1002/jcsm.12651.
2)Tongue Thickness and Its Clinical Significance. ; Journal of Oral Health and Biosciences, 2018 31(1) p. 32-38
3)Decreased tongue pressure is associated with sarcopenia and sarcopenic dysphagia in the elderly. ; Dysphagia. 2015 30(1):80-7.
4)日本人地域在住高齢者における咀嚼機能とサルコペニアとの関連性 歯科学報, 116(5): 357-362
5)The underrecognized epidemic of low mobility during hospitalization of older adults. ; J Am Geriatr Soc. 2009 Sep;57(9):1660-5.
6)Malnutrition in Hospitals: It Was, Is Now, and Must Not Remain a Problem!. ; Med Sci Monit. 2015 Oct 2;21:2969-75.
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