睡眠は健康に欠かせないものであることは、皆様もご承知のことと思います。「当たり前です」と言われそうなのですが、どうして睡眠が健康に必要なのかということについては、現代の医学を持ってしても、まだ分かっていないということはご存じでしょうか? 今日は睡眠に関して、謎として残ることと、ここまで分かっているということをご紹介したいと思います。
日本は睡眠研究に関しては、世界をリードしています。その中の第一人者は筑波大学睡眠医科学研究機構の教授である柳沢正史先生です。ノーベル賞候補でもある先生のお話はとても面白く、興味深い! 蒼野は面白いと思ったことは、ブログを読んでくださる方と共有したいので、YouTubeで沢山試聴した、柳沢先生の講演内容について書かせて頂きます。
世の中に眠らない動物はいません。哺乳類をはじめとして、カエルなどの両生類、魚類、昆虫、線虫なども眠ることが分かっています。脳のために眠らないといけないということは、誰もが思いつくのですが、脳のないクラゲでさえ眠ることが最近分かってきました。どうして全ての動物が眠るのか? はまだ未だに謎なのです。
自然界は弱肉強食です。ぼーっとして居たら、敵に食べられてしまう場面は多い。しかしどんな動物も、外界に反応しにくくなる睡眠を、敢えて取るようにできています。睡眠は敵に襲われるリスクを高めてさえも、身体にとって必要な営みであると言えます。
睡眠にはREM睡眠とnon-REM睡眠があります。哺乳類や鳥には、この二つの睡眠があることが分かっていましたが、最近の研究では、魚やタコなどにもREM睡眠にも似た「アクティブスリープ」という睡眠レベルがあることが分かってきました。
タコはアクティブスリープ中に、どこにも行かず、じっとしている状態で、身体の色を次々に変えることがあります。元々は周囲の色に合わせて身を隠すために色を変えるのですが、じっとしていればそんな必要は無いはずです。これはタコが夢の中で、いろんな場所に行っている可能性があると解釈されているのです。夢をみるタコ、興味深いです!
かわいそうな実験ですが、ラットが寝ようとしたら突いて強制的に睡眠が取れない状態にすると、2~3週で死んでしまいます。流石に人では実験できませんが、水さえ飲んでいればそんなに早く死ぬことはないことから、生命維持にとって、睡眠は必要不可欠であるということは、間違いないことだと思います。
では睡眠を取ると、身体の中にどんな変化が起きるのでしょうか? 1998年に発見された神経ペプチドにオレキシンという物質があります。自律神経の中枢で、体内の恒常性維持の中枢でもある視床下部で見つかった物質ですので、重要な意味を持つものであろうと思われて居たのですが、その役割は不明でした。
オレキシンが何であるのか発見したのが柳沢先生です。遺伝子の操作が自由に行える時代になり、柳沢先生はオレキシンを作る遺伝子をノックアウトしたマウスを作って、その行動を、脳波を記録しながら観察しました。すると動き回っていたマウスが一瞬の間に床に倒れ込み、覚醒状態からいきなりREM睡眠になってしまうことを発見しました。
これはヒトではナルコレプシーという病気です。オレキシンが無いと覚醒を保てないことから、オレキシンが意識の覚醒に関与していることが分かりました。そこで2014年に作られた睡眠薬がオレキシン受容体拮抗薬である、ベルソムラやデエビゴといった薬です。覚醒物質が受容体にくっつけなくなると、自然に眠くなるということです。これらは副作用が少なく、自然な眠りに誘ってくれる睡眠薬ということになります。
オレキシンノックアウトマウスは『スリーピー』(過眠症マウス)と名付けられ、正常マウスと比べることで、体内の特定のタンパク質=主に脳のシナプスで働く「睡眠要求指標リン酸化タンパク質」(SNIPPs)が80種類見つかり、これらがリン酸化されていることが分かりました1)。これは正常マウスでも覚醒時間が長くなるほど増えてくることが分かり、眠気の素であることが判明しました。
例えて言うなら、覚醒していると、日本庭園で見かけるししおどしに水が溜まってくるように、眠気の物質が溜まります。ある一定のところまで溜まると、ししおどしはカタンと傾き、中の水が抜けます。スイッチが睡眠に切り替わり、眠気の物質が減る状態です。徹夜すると眠くてたまらないと言うのは、このメカニズムによるのです。睡眠によってリン酸化タンパクががリセットされ、いつも同じようにシナプスが働けるようになります。
つまり睡眠不足になると、神経伝達がうまくいかなくなります。酩酊状態と同程度まで脳のパフォーマンスを低下させることがわかっています。毎日睡眠不足で働く人は、その人が持っているポテンシャルが発揮できず、同じ仕事をするのにも残業が必要となり、さらに睡眠不足になるといった悪循環になっていのです。
もう一つは体内時計、サーカディアンリズムによる睡眠制御です。睡眠と覚醒のスイッチには、先ほど出てきたオレキシンを中心に、メラトニンやセロトニンなどのさまざまな伝達物質が関与します。朝、目に光を入れるのは重要ですし、夜ブルーライトを見ないこともとても重要です。
眠気物質が溜まること+体内時計による覚醒物質の分泌、睡眠物質の分泌によって毎日の睡眠がコントロールされていることが分かってきました。それでは睡眠はどんな役割があるのでしょうか? これも8000匹のマウスの遺伝子の操作で、REM睡眠が減少するマウスが見つかったことで、研究が進みました2)。
REM睡眠は、記憶形成や脳機能の回復に重要なデルタ波を、non-REM睡眠中に誘発する役割があることを発見しました。REM睡眠中は、non-REM睡眠中に比べても脳血流も増加しており、またREM睡眠は新生児期や学習直後に多いことが知られていました。外界からの情報の受け取りが多いほど、その整理の時間が必要です。REM睡眠はそのためのメンテナンスの時間では無いかと推測されているのです。
情報を整理し、必要な情報を残すことで、生物は生き残りの確率を増やすことが出来ます。REM睡眠の割合が少ない人は寿命が短く、認知症になりやすいと言うデータもあります。またREM睡眠の時見る夢は、悪夢の方が多いと言われていますが、悪夢を見ることで、ストレス耐性も増えることが分かってきました。PTSDの人も、夢をよく見る人ほど回復が早いと言うデータもあります。
睡眠時間はしっかり確保したいものです。蒼野もよく眠れた日は、本当に気持ちよく、幸せに過ごすことが出来ます。仕事の能率も段違いであることも、最近意識できるようになりました。もちろん眠気物質が溜まる前が、最もパフォーマンスが高いのも、シナプスの機能を考えると理解できますよね! 俗に言うショートスリーパーの人は本当に少なく1000人に1人くらいのものらしいですよ!
シナプスの状態が最高である、1日のゴールデンタイムは起床後数時間です。この時間帯に、一番面倒な仕事を終わらせてしまいましょう。また脳のためにも、身体のためにも、メンタルのためにも、仕事のためにも、昼間眠気が出ない、休みの日に多く眠る必要のない、自分にとって十分な睡眠時間を確保しましょうね!
現代は敵に襲われる事なく、睡眠を満喫できる幸せな時代です。約110万人を対象に行われた大規模研究でも「7時間前後眠る人が最も寿命が長い」ことが知られています3)。自分を観察して、6時間半~7時間の確保が必要なことに気づいた蒼野でした。
参考文献:
1)Quantitative phosphoproteomic analysis of the molecular substrates of sleep need. ; Nature. 2018;558(7710):435-439.
2)Forward-genetics analysis of sleep in randomly mutagenized mice. ; Nature 539, 378-383, 2016
3)Mortality Associated With Sleep Duration and Insomnia. ; Arch Gen Psychiatry. 2002 ; 59(2):131-136.
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