先日の診療で、車から降りてこないティーンの女の子の相談を受けました。1週間前から頭痛で学校に行けなくなっているとのことです。本人を連れてきたいのですが……とお母様も、申し訳なさそうです。学校生活は問題なく、人間関係のトラブルもないとのことです。ただ夜な夜な、スマホをいじっていて、寝るのが遅くなる日が続いており、止める様に言っても聞かず、無理矢理取り上げようとしたら、ものすごい癇癪を起こして暴れたので、止められないとのことでした。
蒼野は、頭痛外来に携わる様になって、同じような思春期の頭痛の子供を、しばしば見かける様になりました。青野が子供だった頃(50年近く前!!)、不登校だった同級生って、あまり思い当たりません。スマホは、特に子供たちにとっても、なくてはならないライフラインになっていますが、使い方を間違えると、健康を害する大きな要因になるように思います。
今日はスマホと健康について考えてみたいと思います。大人は平均4時間、10代の若者は4~5時間をスマホに費やしています。若者の2割は7時間使っている様です。こんな行動様式に変化したのは、たったの10年あまり前からのことであり、人類史上最速の生活変化とも言えます。
人間の脳はデジタル社会に適応できているのでしょうか? 人類の遺伝子、本質は原始時代とほとんど変わっておらず、しっかり睡眠を取り、栄養のあるものを食べて、身体を動かす様にできています。また人同士の強い欲求を満たしながら生きてゆく様にできています。
スマホはこうした本質を、全部無視してしまうような生活に、陥ってしまう可能性があるデバイスです。先進諸国のほとんどで、睡眠時間は減少してきており、睡眠障害の治療を受ける若者が、2000年と比べると8倍に増えました。運動の機会も減って、精神状態が悪くなる人が増えています。人と会う機会も減って、孤独を感じることも多くなっています。
しかし我々は、スマホから目が離せません。それは人類の歴史の中で、感染症が重大な死因だったこともあり、相手を見ただけで病気だと察知する能力を発達させ、またそういう情報を欲する衝動が備わっているからです。コロナパンデミックの世の中では、他人や感染症の情報を、本能的に欲してしまう様にできているのです。
人類には生き延びるためのシステムが、脳内に根強く残っています。周囲の事、新しい知識を得ることで、生存の可能性を上げてきました。『ライオンはどんな時に、どこに現れるのか』とか、『カモシカが、一番注意散漫になる状況は』などを知ることで、生存の可能性は上がり、脳の報酬系は刺激され、快楽の脳内物質であるドーパミンを放出させます。
さらにドーパミンが余計に放出されるのは、果実をつけているかどうか分からない木に登って探している時だったりします。色々な木に登って探すことで、果実にありつき、生存の可能性が上がるからです。不確かな結果が、ドーパミンの放出をさらに高めるのです。
だからこそ、ギャンブルに依存してしまう人がいます。不確かな結果を追い求めることで、ドーパミンが放出され、その瞬間がたまらなく幸せに感じるからです。『もう1ゲームだけ、ポーカーを続ければ、次はきっと勝てる』と考えてしまうのです。
不確かな結果を求める、人類の行動心理を利用すべく、行動科学や脳科学の専門家を雇い、アプリが効果的に、脳の報酬システムを直撃して、最大限の依存性を実現するように、SNSやゲームなどが作られています。我々はドーパミンを分泌させるために、『何か大事な更新がないのか』、『自分の記事にいいね!がついていないかどうか』確かめる行動を繰り返してしまうことになるのです。
平均的なユーザーは、ソーシャルメディアだけで、1日平均2.15時間を費やします。Facebookや、インスタグラム、ツイッターやTikTokなどは、我々が時間を費やすほど、広告が売れ、大きくなってゆくのです。人間は本能には逆らえません。これは我々大人だけでなく、未熟な子供達の脳にとっては、さらに深刻な脅威となりうるものなのです。
アップルのスティーブ・ジョブズは、iPadはそばには置かず、自分の子供のスクリーンタイムは厳しく制限していました。フェイスブックの『いいね!』機能を開発したジャスティン・ローゼンスタインは、スマホの依存性はヘロインに匹敵すると考え、使用制限アプリを入れて使っています。ビル・ゲイツも子供が14歳になるまではスマホを与えませんでした。デジタル社会を作った側でも、それが危険であることは、認識されているのです。
10代のスマートフォンでのインターネット利用は、小学生で17.4%、中学生で46.4%、高校生で89.4%です。高校生の平日の平均利用 時間は177.7分でした。我々は、街中、カフェ、レストラン、交通機関の中など、どこにいてもスマホをじっと見つめていないでしょうか? そして10年前までは、他のことに使えていた時間を無くしてしまっているのです。
人間の脳は、今後もデジタル社会には、適応できそうにありません。うまく付き合っていかなければ、睡眠障害やうつ、記憶力、集中力、学力の低下、そして依存状態となり、社会生活もままならなくなります。便利で楽しいものが開発される程、健康が蝕まれてゆくのは、とても残念なことだと思います。
次回は、どうやってスマホの害から、自分や子供たちの脳を守ればよいか、書きたいと思います。学校に行けなくなった中学生に、どう話したら、生活習慣が変えられるものなのか、頭を悩ませる蒼野でした。
参考書籍: スマホ脳 アンデシュ・ハンセン