『せん妄』は誰がなってもおかしくない!

2023/03/10

 今日は、先日入院患者様が、「夜間にせん妄状態になったこと」をお話ししたいと思います。蒼野が若い頃、手術をしていた時期では、NCU(神経集中治療室)という、脳外科の重症患者様や、術後の患者様を見る病棟があり、そこに入った患者様は、かなりの確率で、一時的に混乱されたり、暴れたりといった、せん妄状態になることが多かったのを覚えています。

 今回の患者様は、骨粗鬆症から胸椎圧迫骨折を起こされ、痛みを強く訴えて救急車で来院された高齢の方です。その日救急担当だった蒼野が入院させて、コルセットで安静にして様子を見ていました。夜中に混乱されたようで、お家に何度も電話され、ご家族が「様子がまったう違う! 病院で変な治療をされたのでは」と勘繰られて、翌日大勢で来院されました。

 その時には、もうせん妄は無くなっていて、普通の様子でしたので、面会してもらってから、せん妄について説明しました。蒼野自身、近年のクリニック勤務では、夜間せん妄で受診される方は居られなかったので、本当に久しぶりでした。大事なご家族が、突然おかしな事を言い始めたりしたので、本当に驚かれたのだと思います。忘れかけていた部分もあるので、今日はせん妄について、深堀してみることにしました。

 まずはせん妄を起こす確率ですが、大きな手術の後とか、脳卒中で動けない状態とかであることが多い集中治療室では、50%を超える確率で起こるようです。呼吸器が必要な状態だったりすると、患者様は気管チューブを抜かないように、ミトンを嵌めたり、抑制されたりする事はまだまだ多いです。気管チューブが無くても、特に意識が混乱した状態では、大事な点滴等を抜かないように、必要悪としての拘束が行われます。

 これは、もし自分に置き換えたらと思うと、相当なストレスだと思います。ちゃんと眠れない確率も高いでしょう。人間は長い時間眠らなければ、おかしくなるのは当然かもしれません。せん妄は2500年前の文献でも、熱や頭部外傷で起こったと記載されています。せん妄とは心身に大きな負担がかかったときに起こる、脳機能の一時的な乱れです。

 具体的には、意識がぼんやりする場合と、興奮する場合があります。日時や場所が分からなくなり、昼夜が逆転することが多く、錯覚や幻覚が見えたりします。せん妄時の記憶は残らないことが多く、本人は覚えていません。興奮する場合には、イライラして、周囲に怒りをぶつけ、暴言や暴行を加えたりもします。

 患者側のリスク因子は、高齢であること。認知症や、脳卒中、脳損傷やてんかん、パーキンソン病などの変性疾患の既往。アルコール依存や薬物乱用の既往、不眠状態、精神的ストレス、感染症や発熱、電解質異常などの体内環境が乱れた時、などが挙げられます。

 環境のリスク因子は、入院(特にICUなどに入るような重篤な状態)、人工呼吸器使用、身体拘束、鎮静剤、抗精神病薬、抗ヒスタミン薬、オピオイド(慢性疼痛や癌に使う鎮痛剤)等の、脳に影響のある薬の使用、などが挙げられます。

 せん妄は、脳機能が一時的に混乱して、急に発症する、元に戻る一過性の神経や精神の変動状態です。経験上で言えば、少し認知機能が低下してきている高齢者が、入院して大きなストレスを受け、眠れない様な場合には、非常に起こりやすい病態だと言えます。

 過去の研究のレビューをまとめた文献でも、高齢患者が入院すると、平均で30%くらいは見られる病態とされています1)。42件の研究をレビューすると、若い人も含めた16595人のICU入院患者のうち、5280人(31.8%)でせん妄が観察されたそうです。

 しかし病院では見慣れていても、皆様のご家族が自宅で突然、混乱されるときっと戸惑うと思います。「急にボケてしまった」と思われる人もおられるかと思いますが、本来、認知症はゆっくり進むものなので、昨日まで普通だったのに、今日は違う人になってしまうということは起こりません。もちろんベースに、高齢で認知症がある場合は、認知症に対する治療も必要になります。

 認知症が無いのに、自宅で急に発症する場合は、処方薬で引き起こされる場合や、アルコール依存の人が急に摂取を中断したり減量したりした場合です。痛みや不安で眠れなかったり、脱水や発熱でうなされているという様な場合があります。我々家族は、驚かずに冷静に対処することが重要です。

 原因になっていると思われる不安や、痛み、不自由な事などに対してできる事をしてあげることや、寄り添ってあげることが必要です。暴れて、本人や家族自身が怪我をしない様に、危ないものは近くに置かない様にしましょう。危険度が高い場合には、警察や救急隊に連絡する方が良いでしょう。

 原因が残っていれば、再発することも多いので、原因疾患に応じて、精神科やかかりつけ医に相談しましょう。処方されている薬をやめれば、治る場合もあるので、まず相談です。ICUでせん妄が起こった患者に、睡眠障害が無い人は5%程度しかおらず、約70%に明らかな睡眠障害状態があった、との研究もある様です。

 まずはしっかり眠れる様にしてあげる事が大事です。一時的な眠剤や抗うつ薬、抗精神薬の使用も良いと思います。蒼野自身は、どこででも眠れるタイプですが、HSP気質の人や患者様からは、枕が変わると眠れない、気になることや悩みがあると眠れないと言われるのをよく聞きます。せん妄が起こった場合の再発予防としては、生活リズムを取り戻し、規則正しく生活することを心がけることになります。

 適切な食事や水分、良質な睡眠、朝日を浴びるなどの規則的な生活、不安を和らげ、適度な運動を行い、難聴や視力障害への対処を行うことが、せん妄の予防に重要であるとされています。生活が改善できないと、7割程度はせん妄を繰り返します。その度に回復はするものの、長期的には認知症リスクが上昇するとされています。

 入院患者に対する予防のメタアナリシス研究では、薬ではなく、環境調整、行動制限緩和、認知刺激、運動プログラム、睡眠促進、脱水予防、栄養補充、視覚・聴覚刺激のような多数の介入方法を組み合わせたアプローチによって、せん妄による転倒などが予防され、年間100億ドルの医療費の節約にもつながるとされています2)。

 ストレスに対処し、昔から人類が行ってきた、本来の健康的な生活習慣を行っていれば、せん妄は起きにくくなるのだなあと感じます。自分の職場ながら、入院、特に集中治療室というのは、環境としては本当に不自然で、ストレスフルなものなのだと思いました。仕方がない面もありますが、病院で病気の治療をするのは、人間的な生活とは程遠く、本当に大変なことなのです。

 日頃から病気にならないように、生活習慣を見直してゆくことが、入院やせん妄も遠ざける方法なのだ、と改めて確信しました。自分が事故で入院した時も、1日でも早く自宅に戻りたかったことを、思い出した蒼野でした!

参考文献:
1)Outcome of delirium in critically ill patients: systematic review and meta-analysis. ; BMJ. 2015; 350 doi: https://doi.org/10.1136/bmj.h2538

2)Effectiveness of Multicomponent Nonpharmacological Delirium Interventions:A Meta-analysis. ; JAMA Intern Med. 2015;175(4):512-520.

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