我々にとって遺伝子は、両親からもらった最初のカードです。遺伝子は決まっているので変えられない!「遺伝だから仕方ないよ」と言う考え方は、昔からありますが、最近の研究では遺伝情報の発現の変更は、ON-OFFを書き換えることで可能であるという報告が増えてきています。
前回書いたように、我々全員、両親が持っていない特殊能力につながるかも知れない遺伝子変異を70個持っています。そしてそれとは別に、持っている遺伝子の働きを変えるスイッチがあり、それは環境や生活習慣で変えられるのです。そしてON-OFFを書き換えたその情報は、次の世代に引き継ぐ可能性があります。
このDNAのスイッチは「エピジェネティクス(後成遺伝学)」と呼ばれており、まだまだ未知の領域だらけです。しかしとても面白いので、今日はこのエピジェネティクスについての、論文を紹介しながら、考えてみたいと思います。
雄マウスにアセトフェノン(チェリーのような匂い)を嗅がせると同時に、電気ショックを繰り返し与える実験が行われました。まもなく雄マウスは匂いを嗅ぐだけで怖がるようになります。恐怖体験が学習されたと言うことです。しかし驚くべきことに、一度も電気ショックを受けたことが無い、子マウスや孫マウスまでもが、この匂いを嗅ぐと怖がることが分かりました1)。
これはこれまでの遺伝学の常識であった「獲得形質は遺伝しない」と言うことを覆す実験でもありました。生まれた後に獲得した能力や身体的な変化は、遺伝子には反映されず、子孫には受け継がれない、と言うのは間違いだったことになります。
マウスの遺伝子を調べると、この匂いを感じる嗅覚を司る遺伝子の塩基配列自体に、変化はみられませんでしたが、その周辺領域にDNAメチル化と言う変化が起こっていることが分かりました。これは恐怖体験による、後天的に生じる変化で、遺伝子(ゲノム)を修飾するエピゲノムによる変化=エピジェネティックな変化であることが判明したのです。
人でも同じような現象が見られています。600万人のユダヤ人が犠牲となった、ナチス政権によるホロコーストですが、生き残った32名の子孫を調べたところ、血中のストレスホルモン(コルチゾール)レベルが低く、コルチゾール破壊酵素のレベルが高いことが分かりました。これは親のストレス関連遺伝子が、悲惨な体験でエピジェネティックに変化し、それが子孫に受け継がれたと考えられるのです2)。
蒼野は、MRIが撮れない閉所恐怖症の患者さんや、うちの妻の高所恐怖症とか、娘の先端恐怖症や海が怖いとか、と言うのが頭をよぎり、先祖の誰かが、閉じ込められたり、高いところから落ちたり、ナイフで刺されたり、海で溺れたりした体験が、遺伝子にエピジェネティックな痕跡として残った事が原因なのかもと思ってしまいました。
前世の記憶と呼ばれる物は、このエピジェネティックな遺伝による物だとすれば、科学的にも納得できます。こういった事例は、世界各地で見られているようです。スウェーデン北部の、周囲から隔絶されたエベルカーリクス村には、村人の詳細な生活記録や出産や死亡の記録が残っています。住人は40~50代の若さで心血管病や糖尿病で死亡する人が多く、その祖先を辿ってみると、祖父がこの村では滅多にない大豊作を2年続けて経験していることが分かりました。
この村は自給自足で、その年に採れた食料で暮らしており、豊作の年にも、残さないように食料を食べ尽くす必要があります。10代の食べ盛りに飽食の暮らしを送った祖父からの子孫は、糖尿病のリスクが4倍も高く、若くして心血管病を発症して、亡くなっていたのです。大豊作を経験していない人の子孫と比べると、15年も寿命が短くなっていました。
そのメカニズムの証明のための動物実験が行われています。雄マウスを高脂肪食群と、通常群に分けて10週間飼育しました。高脂肪群に糖尿病は発症しませんでしたが、21%脂肪が増加していました。その後通常群と交配して第2世代、第3世代を生成し、食事は通常群同様で育てました。すると子供の雌マウスの脂肪増加は67%、孫世代雄マウスでは、24%の脂肪増加が認められました3)。
お父さんが肥満の状態で生まれてきた子供は、代謝に関わる遺伝子スイッチが、インスリン抵抗性を上げて、太りやすい状態にセットされて生まれてくる可能性があると言うことになります。父親の肥満が、肥満と2型糖尿病の代謝異常を、世代間に拡大させる上で重要な役割を果たすことが、推測される結果となりました。
これを受けてデンマーク・コペンハーゲン大学教授ロマン・パレス教授が「精子トレーニング」を提案しています。エベルカーリクス村の事例もあるように、少しでも遺伝子のスイッチを良い状態にしてから、子供を作ることが重要だという主張です。調べたところ、肥満男性と痩身男性では、遺伝子スイッチが9081個も違っていることが判明しています。
これらは主に、脳の食欲中枢に働くものと、脂肪や糖質の代謝に関係している遺伝子の、エピジェネティックな修飾です。健康な若者の精子の変化を、トレーニング前、6週間のトレーニングの後、さらにトレーニングなしの3ヶ月後で比べてみると、トレーニングによって、8つのエピジェネティックな変化が認められ、トレーニングをやめると、すぐに元の状態に戻っていました4)。
スウェーデンの研究でも、週4回の有酸素運動によって、3カ月後には、運動能力アップのDNAスイッチだけではなく、糖尿病や心筋梗塞などの予防に関係する、様々な病気のスイッチが、合わせて4000個も変化していることが分かりました。胎児に全てが引き継がれるわけではありませんが、確実に一部は引き継がれると考えられています。
自分の子供の健康を願う、これから子供を作るお父さんたちが、この理論に基づいて「精子トレーニング」プログラムをこなしているそうです。気をつけるのは、妊娠中の母親の喫煙や飲酒や服薬だけでは無かったということですね!お父さんたち自身の、生活習慣の改善、DNAスイッチのチェンジにもなり、健康意識の改善にもつながるため、是非日本でも流行ってほしいです! 食欲や脂肪を余計に増すスイッチは、切った状態で子孫に引き継いでもらいたい物です。
遺伝子のON-OFFの情報まで、子孫に影響するというのは、父親といえども、一人の身体ではないので、責任もって管理するべきだと感じます。遺伝子が残ってゆくためには、怖い思いをしたり、トラウマがあったりすると、その情報を子孫にも伝えて、経験していなくても避けられるように、それを伝えるシステムがあるのだと考えると、そうに違いないと思えますね!
人によって怖いものが違ったりもしますが、蛇や蜘蛛は誰もが怖いと感じます。毒にやられた祖先の多くの経験が、遺伝子スイッチで伝えられてきたのでしょうね!他にも思春期前に喫煙を始めた父親の子供は出生時体重が重いであるとか、食糧不足で飢餓を経験した母親から生まれた子供は、統合失調症になりやすいなど、子供を作るまでの経験も本当に重要ですね!
これから子供を作られる方は、健康生活を送り、ストレスを溜めずに、楽しく過ごしながら、最良の状態の遺伝子を、お子様にプレゼントしてあげて欲しいと思います。中学校で原爆に遭い、生き残った父親の遺伝子情報は、蒼野のどこに影響しているのかなあと、考えてしまった今日のブログでした。自分自身は、癌には特に気をつけてゆこうと思っています!
参考文献:
1)Parental olfactory experience influences behavior and neural structure in subsequent generations. ; Nature Neuroscience 17, 89–96 (2014)
2)Holocaust Exposure Induced Intergenerational Effects on FKBP5 Methylation. ; Biological Psychiatry. 80(5), 372-380, , 2016
3)Paternal obesity initiates metabolic disturbances in two generations of mice with incomplete penetrance to the F2 generation and alters the transcriptional profile of testis and sperm microRNA conten. ; The FASEB Journal, 27(10), 4226-4243. 2013
4)Endurance training remodels sperm-borne small RNA expression and methylation at neurological gene hotspots. ; Clinical Epigenetics10, Article number: 12 (2018)
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