我々の健康に影響する大きな要素の一つに、ストレスが挙げられます。元々は人類が生き延びるために、一時的に『戦うか逃げるか』の反応を起こすものでしたが、現代では人間関係だったり、経済的な問題だったり、忙しすぎたり、他人と比べたりで生じる、すぐには解決しない慢性的なものであることが多いのです。
それらがストレスホルモンのレベルを上げ続けることによって、我々の行動パターンも、不健康な物になりやすく、それがそのまま生活習慣になってしまうと、どこかで健康を大きく損なってしまう時期が訪れてしまいます。今日はそのメカニズムと対策について、少し深掘りしてみたいと思います。
ストレス反応は、すべての哺乳類にもみられます。敵が現れたなどの生命の危機に瀕すると、脳の深部にある原始的な部位である扁桃体が警告を発します。すると視床下部(H)から瞬時に命令が出て、下垂体(P)を刺激し、下垂体ホルモンが副腎(A)を刺激すると、コルチゾールやアドレナリン、ノルアドレナリンなどが分泌されます。これがHPA軸と呼ばれるシステムで、血液中のコルチゾールは1秒で上昇します。まるで火災報知器の様です。
これらのホルモンは自分の命を守るため、体の交感神経を刺激して、脈を早め、血圧を上げ、血糖を上昇させて戦うことも逃げることもできる体制を一瞬で整えるのです。すべてのエネルギーがそこに集中するため、免疫力も抑制されます。時間をかけて考える必要などないため、前頭葉も動かなくなります。コルチゾールは扁桃体をさらに刺激するため、この回路が回り続けるとパニックに陥ります。
そこで扁桃体を抑制するブレーキの役割をするのが海馬です。コルチゾールのおかげで火事場のバカ力が出すことができ「敵が去る」とか「逃げ切れた」といった、ストレスの元がなくなるとコルチゾールは速やかに下がり、体は平常モードに戻ることが出来るのです。しかし現代のストレスは慢性的なものが多いのが問題です。
何年もコルチゾールが高くなり続けると、体は交感神経優位の状態が続き、常に戦闘モードになります。血圧が上昇し、心臓や血管に負担がかかります。免疫力が下がり感染症にかかりやすくなったり、アレルギーが起きやすくなったりします。胃腸の働きにも影響し、消化器系の不調が出てきます。良い睡眠が取れなくなり、うつ病や不安障害などにも繋がります。
海馬も萎縮してしまい、感情の暴走が抑えられなくなります。ドーパミンやセロトニンが乱れ、多すぎたり、少なすぎたりするために、バランスが崩れます。メンタルは不安定となり、抑うつに陥りやすくなります。心を落ち着かせるGABAの分泌は低下します。脳のパフォーマンスは低下し、ストレスにうまく対処することが難しくなり、悪循環にはまってしまいやすいのです。これがストレスの身体に対する生理的な側面です。
ストレスにはもう一つ大きな問題があります。心が乱れると知識で知っていても、健康に悪い習慣や行動を選びやすくなるのです。ストレスや不安に驚異的な効果がある物質はズバリ『アルコール』です。抗不安薬にも同様の効果があります。しかし効きすぎるため、なくてはならない物になりやすいのです。タバコのニコチンにも、ドーパミンを放出し、気分を上げる効果があります。そしてその健康リスクは過小評価してしまいます。
これは皆様も経験があるかもしれませんが、ストレスが溜まると高脂肪のものや高糖質のもの、食べるとドーパミンが出て、気持ちが良くなる「コンフォートフード」を選びやすくなります。コルチゾール自体に食欲増進作用もあり、また脂肪燃焼抑制作用もあります。ストレス時には空腹ホルモンのグレリンも分泌されます。睡眠不足による食欲増進も加わると、人間はそれに逆らうことは出来ません。ストレス太りは根が深いのです。
元々ストレスに対する反応は、生命の緊急事態であったことから、その命令は絶対です。意思や理性の力は太刀打ちできるものでは無いのです。前頭葉の働きは弱くなっているので、体に悪いことは聞いていても、我慢は出来ないメカニズムになっているのです。ここまで聞くと絶望的な気持ちになってきます。
しかし、これらの悪循環を打破する特効薬は、実は運動なのです。運動すると大脳皮質下のGABAが活性化されます。ストレスで興奮している脳の活動を鎮め、ストレスの感覚を消してくれるのです。元々戦うのも逃げるのも、体を目一杯動かす行為です。運動でストレスは消える様に出来ているのです。
ストレスで衰えた海馬の細胞も、運動することで、出てくるBDNFが増やしてくれます。前頭葉も活性化するため、意志の力も強くなります。運動で増える脳細胞の中には、GABAを放出するニューロンが育ってきます。少し脈が早くなる様な運動が良い様です。早歩きやランニング、サイクリングを始めましょう。メンタルの安定を加えるためには、ヨガや気功もお勧めです。
とはいっても、運動を始めるのにハードルが高い人も多いですよね! ストレスでヘトヘトになっていたら、運動する気にならないのも理解できます。不安やイライラ、怒りや悲しみを抱えた状態で何かを始めたり、健康的な生活を維持するというのは、難しいのが当たり前です。
そんな状態の時にやって欲しいのは、やはり心の持ち方です。健康習慣が維持できる前提には、幸せで穏やかな気持ちが過ごせる時間が必要なのです。まずは視座の転換です。ストレスの元や悪いことに注目していたら、ストレスから逃れることは出来ませんし、気分も上がりません。毎日起きる良いことに注目しましょう。
毎日些細でも「良かったことを3つ」日記に書きましょう。毎日できない様なら、週に5つの良いことを書き出すだけでも効果があります。日本語には「言霊」という言葉があります。言語化して注目すると、気分が良くなる力があるのです。人に話すともっと良いです。やって良かったことの中に短時間でも運動が入り始めれば、最初の一歩はOKです。
嫌なことがあったら呼吸を整えましょう。長くゆっくりとした深い腹式呼吸は、自律神経を整え、メンタルを安定させ、ストレスに影響される様々な臓器や免疫系などの機能を高めてくれます。簡単なマインドフルネスです。15分呼吸に集中できれば湧いてくる感情がポジティブに変化するという研究があります1)。
心と身体も繋がっているので、ストレス時には呼吸と姿勢から整えてゆくのが簡単です。蒼野はやったことは無いのですが、呼吸を重視するヨガは、身につけると威力を発揮するものの様です。メンタルが安定し、ポジティブになれば、ストレスと感じたことでも、自分にとって成長させてくれるものと捉えられたりも出来る様になり、ストレス自体が無くなります。
2000年以降の研究では「感情」や「気分」は行動に大きな影響を与える要素であるということが科学的に証明され始めました。そして『自分の感情は、自分で選ぶことが出来る』のです。まず『日々ごきげんで、幸せな気持ちを選んでゆく』と決め、生活の中で楽しいことを見つけてゆきましょう。感情は健康習慣作りの土台です。
患者様にどんなに丁寧に健康指導しても、どうしても上手くいかない人は多く居られます。理論が大事なのではなく、「感情が大事だったのだ」と気がついた蒼野でした。
参考文献:
1)Mechanisms of mindfulness: Emotion regulation following a focused breathing induction. ; Behaviour Research and Therapy. 44 (12) 2006 1849-1858
参考書籍: BRAIN 一流の頭脳 アンダース・ハンセン
健康になる技術大全 林 英恵
健康になる技術 大全 [ 林 英恵 ] 価格:2,200円(税込、送料無料) (2023/6/13時点)楽天で購入 |