健康長寿って本当に幸せなの!?

2023/07/16

 今日は、健康長寿と幸福度の大いなる矛盾について、書いてみたいと思います。63年生きて来て、様々な友人や患者様、家族やニュースなどで、多くの人を見て来ました。自分自身は楽天的な性格もあって、健康で長生きすれば、人生は充実して、幸せだろうなあと感じる人間です。

 しかし、日本人が世界一の長寿である理由の一つに、その性格が関係しているかも、という論文が存在します。遺伝的にセロトニンが少なく、よく言えば真面目で誠実、悪く言えば心配症の人が、長生きであるという論文内容だったので、『なるほどなあ』と思ってしまいました。

 スタンフォード大学の研究で、Terman Life Cycle Studyという長期にわたる研究があります。1921年に始まった研究で、当時10歳前後だった1528人を対象に、当時の教師による性格分析を踏まえて、その後の健康状態や、どのような人生を送っているのかを、5~10年おきに追跡した、壮大な研究です。

 結果としては興味深い事に、定期的な検診や、適度な運動、サプリメントや緑黄色野菜の摂取などは、それら単独では、長寿との有意な関係は認められませんでした。しかし長寿者には有意に共通する性格が見られました。良心的で慎重で、注意深く、調子に乗らない真面目な性格の人がとても多かったのです。裏を返せば、悲観的で心配症の人が多いという結果でした。

 長寿で無かった人の共通の性格としては、楽観的で陽気、楽しいことを追求する、真面目さのスコアが低い人が、2001年、調査80年目の段階では亡くなっている人が多かったという結果でした。皮肉なことに中年期のキャリアで成功しないことと、真面目で誠実な性格は大きく関連していたのです1)。

 未来のために、しっかり計画を立てたり、衝動をコントロールする力は、誠実で真面目な性格と関連します。長寿には、慎重で、リスクを見極めて、それを避ける事ができる性格の影響が、有意差を持って大きかったという事になります。考えてみると当たり前で、蒼野もそうだろうなと思います。

 毎日楽観的に考えて、好きなものを食べ、運動せず、睡眠時間を削って、仕事したり、遊んだりする人は、仕事に成功しやすいものの、長寿にはなりにくいという結果でした。どのくらい陽気に楽観的に、毎日楽しく暮らせているかが、幸福度の指標と考えるのであれば、日本人の幸福度の低さと、世界一の長寿というのは深く関係しているように思えるのです。

 ネガティブな考え方、心配症で繊細な性格は、人類の種の保存にプラスになるものだったからこそ、遺伝子にしっかり残ってきたのでしょうね。残念ながら遺伝子が生き延びてゆくことと、個人の幸福度は、あまり関係ありません。幸福度が高まると、成功しやすくなりますが、健康長寿が難しくなるというのは、「健康長寿は幸せだろう」と考えていた蒼野にとっては衝撃でした。

 以前ブログでも紹介した双子研究でも、一卵性双生児の幸福度は、それぞれの収入や結婚の有無、職業や宗教が違っても、ほぼ一緒でした。しかし二卵性双生児の幸福度はそれほど一致していません。30の研究のレビュー論文によると、55,974人のデータから、遺伝が幸せに影響を与える割合は約36%、47,750人のデータから人生の満足度に影響を与える割合は約32%と計算されています2)。

 日本人はセロトニントランスポーターが少ない遺伝子を持つ人が97%と、世界の中でダントツに多く、悲観的で、慎重で真面目で誠実な人が大部分です。遺伝的にも幸せを感じられる人が少ないと言えるのです。そして、その不安や恐怖を軽減するオキシトシンを高めるべく、愛情や絆を大切にする人が多い社会でもあります。オキシトシンには、ダークな一面があるのは昨日書きました。

 自分と同じであれば安心して仲間になりやすい。しかし自分と異質のものは、排除して攻撃しようとする気持ちが生まれます。これはかつては種の保存にプラスに働いたため、遺伝子にプログラムされた本能です。攻撃することでドーパミンが分泌され、脳の報酬が得られます。このため、現代の匿名性の高いSNSでは、特に日本のSNSでは、悪意の増幅が起こりやすいと言えるのです。

 そういう点でSNSは恐ろしいと思います。2018年のアメリカの研究では、Twitterで拡散された12万6000のニュースのうち、虚偽の情報の方が、リツイートされる確率が70%も高かったのだそうです。そしてその伝達速度も、誤情報の方が20倍も早かったのです。ドーパミンが出やすい、過激なニュースには要注意です。誤情報によるクソリプで迷惑している人も多いのです。

 さらに大規模言語モデルが登場した近年では、フェイクニュースのリスクは非常に高まっています。SNSのニュースは鵜呑みにせず、過剰に反応しない事を心掛けておくことが重要です。個人攻撃についても、若い人の自殺に繋がるケースが後を絶ちません。表現の自由も大事ですが、言葉の暴力、悪質な攻撃についてはやはり投稿者の責任が問われるべきだと思います。

 アフリカで生まれた人類が、ヨーロッパやシベリア、アジアそしてアメリカに広がり、海を渡ってオセアニアにまで、広がることが出来たのには、悲観的で慎重な遺伝子とは真逆の、とにかく新しい環境を求めて行動する『新規探索性』という遺伝子も持ち合わせていたからだと言われています。食べ物が豊かで、気候も良いアフリカを後にして、夏は暑く、冬は寒い、東の果てである日本に住み着いたのが、我々の祖先です。

 合理的に考えて、成功しやすいこと、確率が高いことばかりを選ばないのが人間です。面白そうなこと、楽しいことや、ワクワクすることにチャレンジする遺伝子は、我々も持ち合わせているはずなのです。それが我々の幸福感に繋がります。コンフォートゾーンを出て、小さなことでも、何か新しいことに夢中でチャレンジする事の中に、幸福感は隠れています。

 逆に将来の展開をいつも理性的に予測できる人、つまり将来のリスクを心配できる人ほど、そのリスクに対して準備する事が出来ます。そういう人は現在をネガティブに捉えやすいのです。しかしこういう人は経済的には豊かになりやすいことも分かっています。

 難しいですねえ! 今病気でないのに、将来のために生活習慣を変えられる人というのは、不安がいっぱいで、幸福感を感じにくい人が多いとも言えるのです。『太く短くか、細く長くか?』、昔から言われているように、生き方は二つに分かれるのかも知れません。幸福感が低いまま、長く生きるのはしんどい事かも知れませんね!

 しかし太く短く、好き放題に生きてきた、やり手の社長さんが、脳卒中で社会復帰が出来なくなったりするのも、蒼野は見てきました。健康を無くせば、今まで積み上げてきた物が、ほとんど意味が無くなるということも、皆様には意識して頂きたいです。

 日常は楽観的に幸せいっぱいでポジティブに暮らしながら、それでいて病気になりにくい生活習慣を身につけておくということが、死ぬまで幸せを感じ続けるコツだと思います。幸福度の遺伝子の個人差は大いにあるとは思いますが、心配症で真面目な人は、毎日ワクワクすることを見つける事を重視し、毎日充実していて幸せな人は、自分の健康リスクについて、少し重く考えてみるというのが、バランスが良さそうです。

 誰でも良い面と悪い面は、裏返しで持っています。自分の性格を知る事で、対策を立てることは出来るはずです。幸福感いっぱいの日々を送りながら、健康長寿を全う出来るのが理想ですよね! 日本人のグローバル化と多様性を認める考え方がデフォルトとなり、生きやすい社会に変わってゆくことを、心から望んでいる蒼野でした。

参考文献:
1)Conscientiousness, Career Success, and Longevity: A Lifespan Analysis. ; Annals of Behavioral Medicine, 2009. 37 (2), 154–163

2)Genetics of Wellbeing and Its Components Satisfaction with Life, Happiness, and Quality of Life: A Review and Meta-analysis of Heritability Studies. ; Behavior Genetics 45, 137–156

参考書籍:  空気を読む脳   中野 信子

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