ゾンビ細胞除去薬の可能性!

2022/02/16

 皆様は「老化細胞」、別名「ゾンビ細胞」についてご存知でしょうか? 現在、老化研究の世界で、老化予防のターゲットになっている細胞です。去年日本の研究で、老化細胞を除去できる可能性がある治療が、二つもマウスの実験で成功しています。

 私たちの体には、約37兆個の細胞があり、一部の細胞は、日々、分裂を繰り返しています。60年ほど前、アメリカのヘイフリック博士が、正常なヒトの細胞を試験管の中で培養していくと、一定の分裂回数のうちに増殖を停止して、二度と増殖できなくなるステージに入ることを発見しました。

 細胞は常に日々、さまざまなストレスに曝されているため、その過程で、DNAが修復不可能なほど大きなダメージを受けたときには、細胞分裂を停止してがん化を防ぐ『細胞老化』と呼ばれる仕組みが備わっているのです。細胞老化は、自分の体の細胞をがん化させないために、人間を含む高等動物が、進化の過程で獲得した安全装置の1つであると考えられています。

 古い細胞が分裂を停止すると通常は、アポトーシス(細胞死)を起こすか、免疫細胞に食べられることで、体内から消えてゆきます。ところが、細胞老化によって分裂を停止した細胞の中に、なぜか死なずに、ゾンビのようになって、臓器や組織の中に残ってたまっていくものがあるのです。

 これがヘイフリック博士が発見した、いわゆる「老化細胞」です。蓄積した老化細胞は、炎症性のサイトカインなどを分泌し、慢性炎症を誘発し、加齢に伴って増える様々な病気、がんや心血管疾患、糖尿病、アルツハイマー病etc.などのリスクを高めることが近年の研究で分かっています。老化細胞内のミトコンドリアも、損傷しているために、多量の活性酸素が発生するのです。そのため老化細胞は周囲にある正常細胞の老化も加速させます。

 このため、世界中で老化細胞を除去する薬(セノリティクス/老化細胞除去薬)の開発が進められています。老化細胞をどうコントロールしていくか、それが老化制御の大きな研究テーマになっているのです。

 特定の薬を投与すると、老化細胞を除去できるように遺伝子改変されたマウスの研究では、老化細胞除去を起こす薬を投与することで、脂肪、腎臓、心臓などの組織から老化細胞がなくなります。老齢マウスは、毛並みがふさふさで、見た目が若返えり、元気に動き回って、健康寿命も延びました。

 この結果を見て、アメリカでは老化制御ビジネスを進めるベンチャー企業が、次々と設立されており、米アマゾン創業者のジェフ・ベゾフ氏も巨額の投資をおこなったりしています。しかし、ヒトに対する研究では、副作用の問題もあり、思ったような効果はまだ見られていません。

 一方日本では、順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学の南野徹教授らの研究グループが、加齢関連疾患への治療応用を可能にする、老化細胞除去ワクチンの開発に成功しました。マウスの老化細胞に特異的に発現する老化抗原を同定し、その抗原を標的とした老化細胞除去ワクチンを作成して、老化細胞の除去に成功しました。

 老化細胞除去ワクチンの投与により、マウスの肥満に伴う糖代謝異常や動脈硬化、加齢に伴うフレイルが改善するばかりでなく、早老症マウスの寿命を延長しうることを、副作用なく確認しています。肥満に伴って内臓脂肪に蓄積した老化細胞が除去され、脂肪組織における慢性炎症が改善することで、糖代謝異常の改善も得られました。

 もう一つ注目されている治療薬は、東京大学医科学研究所の中西真教授らの研究グループが開発している、GLS1(グルタミナーゼ1)阻害薬です。多種多様な老化細胞に共通する、分裂をやめても生き残るために必要な酵素が、GLS1という酵素です。この酵素の働きをブロックして細胞死を誘導し、老化細胞を取り除くのがGLS1阻害薬です。

 様々な肥満に伴う生活習慣病モデルマウスに、GLS1阻害薬を投与すると、2型糖尿病、動脈硬化、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)も改善しました。炎症性サイトカインレベルが、若いマウスと同じ程度になり、炎症や動脈硬化が改善しました。ヒトに例えれば、70~80歳代のマウスの握力が、GLS1阻害薬で、40~50歳代程度まで若返ったのです。

 中西教授がプログラムマネジャーを務める、内閣府の国家プロジェクトのテーマは、「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」ことです。2040年には、老化細胞を除去する技術を、様々な生活習慣病、加齢に伴う疾患の治療として、社会実装することを目指しています。

 中西教授は、「GLS1阻害薬は内服薬で比較的安い薬です。簡単に飲める安価な薬で、老化に伴う病気を治療したり予防したりできれば、多くの人が、ヒトの最大寿命である120歳まで、元気に過ごせるようになる可能性があります」と述べられています。今後の医療費の増大を食い止める、画期的な薬になるかもしれません。

 逆に言えば、現在中高年の人々は、2040年までは、生活習慣で、老化細胞を溜めないことが重要になります。一番重要なのは肥満、内臓脂肪を防ぐことです。肥満になると、腸内細菌が変化して、悪玉物質が産出され、それが肝臓に運ばれることによって老化細胞がたまってゆきます。

 内臓脂肪、脂肪肝が老化細胞の温床となるのです。定期的に適度な運動を続ければ、老化細胞の蓄積を抑えられる可能性があります。肥満させた中年マウスも、有酸素運動をさせていると老化細胞がたまりにくくなり、糖尿病リスクも改善しました。

 老化細胞はDNAが傷つくことで発生します。喫煙、PM2.5、過度の紫外線、過度の飲酒は、修復不可能なDNAダメージを引き起こし、老化細胞を蓄積させ、発がんを誘発します。家族や同僚などの喫煙による受動喫煙も含めて、DNAダメージの要因になることはできるだけ避けるようにしましょう。

 またポリフェノールをしっかり摂って、酸化を防ぐことで老化細胞ができにくくなります。赤ワイン、コーヒー、緑茶、ブロッコリー、ブルーベリーなどを積極的に摂るようにしましょう。

 そして、ナチュラルキラー細胞を始めとする体内の免疫系がアップしていれば、老化細胞は除去されていきます。免疫力アップのためには、良好な睡眠時間を7時間確保すること、腸内環境を整えること、体温を36.5度以上に保つこと。適度な運動、ストレスの管理、血糖スパイクを起こさないこと、たくさん笑うことなどが重要です

 不老長寿の薬!、健康寿命を延ばしてくれる薬! 早く出てくると良いですね。出てくる前に病気にならないよう、肥満して内臓脂肪を増やさないように、日々の生活を、頑張っていきましょう。

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