最近話題の「副腎疲労」!?

2023/07/01

 最近の健康情報で「副腎疲労」という言葉をよく見かけます。医学部の授業では習った事のない病気?ですので、今日は「副腎疲労」について調べて見たいと思います。

 副腎というのは、重要なホルモン分泌器官です。腎臓の上にニット帽のように乗っている臓器で、副腎皮質と副腎髄質からできており、それぞれが重要なホルモンを分泌しています。副腎皮質から、ナトリウムとカリウムのバランスの調節、血圧の調節などを行うアルドステロン(鉱質コルチコイド)とストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されます。少量のアンドロゲン(男性ホルモン)も分泌しています。

 副腎髄質では、脳から分泌された神経伝達物質の一つであるノルアドレナリンが、アドレナリンに変換されます。アドレナリンは交感神経系の興奮状態の活動を強化し、心拍数の増加、血管の収縮、血糖値の上昇などを引き起こします。これにより、体はストレス応答に対して適切に対応し、活力を高める効果があります。

 ストレスホルモンとして有名なコルチゾールも、ストレスに対応するために分泌されます。グリコーゲンを分解し、糖新生を促進して、すぐに使えるエネルギーを増やします。炎症反応を抑え、炎症を起こす免疫反応の一部も抑制します。炎症性サイトカインの放出を抑制し、リンパ球の数を減らし、アレルギーの反応も抑制します。心拍数を増やし、血圧を上昇させ、全身の筋肉の血流を増やし、戦ったり逃げたりする能力を高めます。

 類人猿が登場した2000~2500万年前から、このシステムは種の保存に大いに貢献してきたはずです。現代に至るまでの、ほとんどの時代のストレスは、敵との遭遇や飢餓など、即座に対処が必要な、短期的で急激なものがほとんどでした。「逃げるか戦うか」によってストレスは解消されていたとも言えます。

 しかし現代社会では、ストレスの内容は複雑で、解決しにくい物が増えてしまいました。人間関係のストレス。運動不足になり、座り続けたり、スマホを見続けたりすることによって体が歪み、姿勢が悪くなるストレス。大気汚染や水質汚染、異常気象や寒暖差などの環境ストレス。生活リズムが狂い、食べるものが偏り、栄養不足や腸内環境が乱れて起こる慢性炎症によるストレス。薬や食品添加物など、人類が今まで体内に入れることがなかった物質によるストレスなど、多くの慢性的に続いてしまうストレスに、我々はさらされています。

 しかしこういうストレスに対しても、身体は昔からのストレス対応を行います。視床下部ー下垂体ー副腎のHPA軸(ストレス軸)を働かせ、副腎からのコルチゾールやアドレナリンを増やして対応しようとするのです。短期間であれば問題なかったこれらの反応は、慢性的に長期にわたると様々な健康への影響をもたらします。

 これは「慢性ストレス応答」という状態です。交感神経優位の状態が続き、心拍は速くなり、血圧や血糖が上がり、心血管病のリスクが高くなります。糖尿病リスクが上がり、筋肉分解も進みやすくなります。夜になってもリラックス出来なくなり、睡眠も悪くなります。免疫系が抑制され続けるので、感染症に弱くなり、発癌リスクも増加します。もちろんメンタルの状態も悪くなります。

 「副腎疲労」というのは、ストレスにより副腎が過剰に働き続け、疲れて正常に機能しなくなる状態を指す、とされる概念とのことです。確かに酷使され続ければホルモンの分泌が減り、不調が出てくるというのは、納得しやすい考え方ですよね! しかしこれは医学的には否定されています。

 過去のレビュー論文を、内分泌学会が分析した2016年の研究があります。HPA軸の反応と、コルチゾールレベルと、疲労などの臨床症状の関係を調べた58の研究の結果には、多くの矛盾した結果が認められました。一定の病気という概念には、当てはまらないものという結論になっています1)。

 内分泌学会が「副腎疲労」を否定したがるのには理由があるようです。血中コルチゾールの値は大きな日内変動があります。日内リズムが崩れている人では、コルチゾールが下がっていて、疲労が強いという状態でも、副腎疲労と断定するのは難しいのです。しかも、その医療的な治療は、コルチゾールを補充する、いわゆるステロイド治療(コルチゾール補充)しかありません。

 ステロイド治療を続けると言うのは、好ましいことではありません。どんなホルモンでもそうなのですが、体内のホルモンバランス重要です。状態に応じて適宜調整されており、様々なホルモンが連携しているのです。一種類だけのホルモンを補充することで、臨床症状が良くなることは、よほど不足している場合以外には無いからです。

 ステロイド治療を続けていると、免疫が抑制され、副腎でコルチゾールを生成する能力が低下します。骨密度が低下し、体重が増え、特に体幹に脂肪がつきます。糖尿病リスクが高まり、気分変動や不安、抑うつなどの症状が出てきやすくなるのです。蒼野も脳腫瘍の浮腫を抑えるために、患者様に長期間投与した経験がありますが、ステロイドは諸刃の剣と呼ばれていて、できる限り短期間で使用を終わりたい薬なのです。

 蒼野が考える「副腎疲労」は、生活の中での慢性ストレスが多い為に、必要な量のコルチゾールが必要なタイミングで出ていない病態だと思います。もちろん疲れている時にコルチゾールを補充すると、短期間ならエネルギーが増すため、楽になるように感じるかもしれません。しかし、「副腎疲労」の診断でステロイド治療を続けるのは間違っており、将来の病気を作ってしまう治療だと思います。

 2017年の記事には、先ほどの論文も踏まえて、副腎疲労は、HPA軸機能不全のいくつかのパターンの一つを見ている物ではないかと言う提案と、栄養、ハーブ、ライフスタイル療法は、ステロイドを使用せずにHPA軸を正常化するのに役立つと言うことが書かれています2)。まだ今後も「副腎疲労」という用語をめぐる論争は続いていきそうなのですが、ある意味”未病”の状態を、西洋医学的な病気にすること自体が難しいのだろうと感じています。

 結局のところ、疲れで、食欲がなくなり、体重が減り、しんどくて動けなくなる。気分が落ち込み、不安に苛まれ、眠れない。朝起きれない、頭がぼーっとするなど様々な不定愁訴が出てくる場合には、その原因になっているストレスへの対処が重要であると言うことだと思います。

 様々なストレスがあるため、すべての対処は難しいとは思いますが、基本は暗くなったらしっかり寝る、栄養不足にならないよう、新鮮で栄養のある様々な食材を食べる、運動習慣をつける、腸の状態を整え、体に悪い物を減らし、デトックスを心がける、などが正しい対処法だと考えます。生活習慣を変えるのは、我々全員にとって難しい事でもあり、変えたらすぐに症状が改善する訳でも無いのが悩ましいところです。

 しかし、普通のクリニックや病院で、不調の原因が分からないと言われた場合には、生活習慣から変える以外に、改善方法は無いように思います。勿論「副腎疲労」を謳っているクリニックもありますが、ちゃんとした病名とは認められていないことから、検査も含めて全て自費の診療です。納得したい方には良いかも知れませんが、治療がステロイド治療を続けることにだけはならないよう気をつけて欲しいと思います。

 不調なく健康に過ごすには、遺伝子に合わなくなっている現代生活を、いかにサバンナ時代の生活に近づけるのかが、一番大事だよな! と思っている蒼野でした。

参考文献:
1)Adrenal fatigue does not exist: a systematic review. ;BMC Endocr Disord. 2016 24 ; 16 (1) 48. doi: 10.1186/s12902-016-0128-4.

2)Current Controversy: Does Adrenal Fatigue Exist? ; Natural Medicine Journal, 2017

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