8月21日に厚生労働省部会が承認した認知症の新薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」に関して、発売元のエーザイの方の訪問を受ける機会が増えて来ました。今までに無かった全く新しい薬ということで、世の中では期待が集まっている一方、蒼野の私見的には、その薬価の高さや、効果、副作用、適応の問題など、まだまだ多くのハードルがあるように感じます。今日は、話題の認知症新薬について書いてみたいと思います。
謳い文句は、認知症患者に対して「27%の効果」があると言うことです。アルツハイマー型認知症では、脳内にアミロイドβが蓄積する過程で、神経毒性を出てきて、脳細胞、特に海馬が傷害されることで、短期記憶から低下してゆくと言うのが通説です。レケンビは神経毒性の強い段階のアミロイドβに対する抗体で、投与によってアミロイドβを60%除去できるとされています。
原因を除去するのですから、理に叶っていて、一見良さそうですよね! しかし使うに当たっては、アミロイドβが溜まっているのを確認する必要があります。検査としては、「アミロイドPET」と呼ばれる画像検査が確実な方法です。しかし現在「アミロイドPET」は保険収載されておらず、自費で30~60万円かかります。
もう一つの確認方法は、背中に針を刺して、腰椎から髄液を採取し、脊髄液中のアミロイドβとリン酸化タウという物質を測定する方法です。アルツハイマー病になると、脊髄液中のアミロイドβ42が低下し、リン酸化タウが上昇します。このリン酸化タウの測定は、既に保険適応になっています。
アミロイドβによって、脳細胞が少なくなってしまった段階では、アミロイドβを除去しても「すでに時遅し」です。ですからレケンビの適応は、完全に認知機能が落ちる前の、軽度認知症、及び認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)です。しかしこれを見極めるのがまた難しいのです。日常生活はまだできている段階ですから、その段階で病院を受診する人は少ないのが現状です。
いよいよ使用となると、2週間に1回病院に通って、レケンビの点滴を受けます。治験では、点滴を18ヶ月続けた時、投与群は、対照群と比べて、記憶力や判断力の低下が27%抑えられたのだそうです。18ヶ月で5.3ヶ月、進行を遅らせたのです。
アルツハイマー型認知症の進行はゆっくりです。その進行スピードは、比較しないと分かりません。レケンビを使い始めても、比較するものはないので、使っている患者様やそのご家族にとっては、薬が効いているのかどうかは、実感出来ません。
今までの認知症の内服薬も、進行抑制効果しかなく、蒼野も患者様やご家族に、『飲んでいても何も変わらん」と良く言われました。残念ながら、認知症に関しては、症状を良くする薬はまだ無いのが現状です。
問題なのは副作用です。アミロイドに関連した脳内出血や脳浮腫が認められています。アミロイドは血管内皮にも蓄積することが知られており、アミロイドアンギオパチーと呼ばれています。血管壁に入り込んだアミロイドがレケンビによって除去されると、血管が破れて出血したり、水分が漏れ出して浮腫を作ったりするのです。
アルツハイマー型認知症とアミロイドアンギオパチーの明確な関係性はまだ不明です。しかし合併することがあることは知られています。治験によると、出血に関しては投与群の17.3%(プラセボ群は9.0%)、脳浮腫は投与群の12.6%(プラセボ群は1.7%)と報告されています(治験結果より)。
一方、アルツハイマー型認知症の発症には、リスク遺伝子として、アミロイドβの蓄積に関わるApoE遺伝子の型が問題になります。ApoE遺伝子には、「ε2・ε2」「ε2・ε3」「ε2・ε4」「ε3・ε3」「ε3・ε4」「ε4・ε4」の6パターンがあります。健常な日本人2486例の研究では、「ε4・ε4」1.2%、「ε3・ε4」15.2%、「ε2・ε4」1.0%、「ε3・ε3」75%という分布です1)。
アルツハイマー病の人が「ε4・ε4」遺伝子を持っている人は9.6%、「ε3・ε4」40.1%「ε2・ε4」1.2%「ε3・ε3」45.8%ということなので、ε4を持つ人は、アルツハイマー病になりやすいと言えるのです。
アミロイドアンギオパチーによる脳内出血は、高齢者に多く、血管壁にアミロイドが多く溜まっている人で、起こりやすくなります。Apoε4と脳内出血の関係についての論文を探してみると、Apoε4を持っている人は、持っていない人に比べて、出血が発生するリスクは13.1倍となり、出血した人の遺伝子を調べると、Apoε4を持つ人は40%を占めています。出血が無い人がApoε4を持つ確率は14%ですから、やはり出血しやすいことは明らかなのです2)。
レケンビの第二相治験の問題点は、脳出血の合併症の観点から、途中からApoε4を持っている人は、高容量の治療を行わなくなっている点です。脳出血の副作用があまりに出てしまうと薬剤として、成り立たなくなります。製品の注意書きにも、MRIで陳旧性の微小出血(マイクロブリーズ)がある人は、適応外とされているのです。
今までの論文から考えると、マイクロブリーズがある人はApoε4を持つ人が多いはずです。治験でこういう人を対照群に入れてしまうと、対照群のApoε4の割合が多くなります。つまりアルツハイマーになりやすい人が対照群に多くなれば、レケンビを使った群との差が大きくなり、よりレケンビが効いたことになる可能性があります。
この点について、スタンフォード大学の神経学教授のMichael Greicius博士が指摘を行い、米国の医療系メディアHealthlineに記事として載っています。治験自体が公正では無かった可能性も否定出来ないという指摘です。
これを受けて、第三相治験では、被験者におけるApoε遺伝子の割合は均等に割り付けられたようです3)。疑いは晴れたというところですが、日本人の統計から言えば、アルツハイマーになった人の半数は、Apoε遺伝子を持っているため、アミロイドアンギオパチーを合併しやすく、副作用の出血や浮腫もより起こしやすいという可能性は依然として残っています。リスクが高い人ほど合併症が起こりやすいというのは、ちょっと怖い事実ですね!
ご存知とは思いますが、レケンビの値段はあり得ないくらい高いです。まだ日本の薬価は決まっていないのですが、米国の薬価は年間385万円です。どのくらいの期間、投与するのが良いのかなども、まだ確定していません。医療費高騰が問題になる今日、どのくらいの人に、どのくらいの期間使うのかというのは、国民の負担の観点からも、気になるところです。
この薬しか期待できるものが無いとすれば、仕方がありませんが、アルツハイマー型認知症を予防する方法は、他にも沢山あります。今日は長くなるため明日以降で、その方法についてもう一度お伝えしたいと思います。
認知症は加齢の一つの形であり、一つの薬では治らないと、強く感じている蒼野でした。
参照ページ:
1) ゲノム班 「日本人におけるアルツハイマー病感受性遺伝子の探索」
https://www.md.tsukuba.ac.jp/basic-med/molneurobiol/brain/seika/index.html
3)Healthline記事 : Alzheimer Treatment Leqembi Gets Full FDA Approval, What to Knowの中のExperts express caution about using Leqembiの章
参照文献:
2)Apolipoprotein E ϵ4 and cerebral hemorrhage associated with amyloid angiopathy. ; Annals of Neurology 1995 38 (2) 254-259
4)Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. ; N Engl J Med 2023; 388:9-21
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