ApoE4のトリセツ!

2023/03/26

 今日も蒼野の素朴な疑問からの、ちょっとマニアックな話題です。アルツハイマー型認知症になりやすい遺伝子『ApoE4』について聞いたことがありますでしょうか? この遺伝子を持つ人はアルツハイマー型認知症を発症するリスクが、持たない人に比べ、3~12倍と高くなるのです。

 しかし全世界では人口の25%がこの遺伝子を持っているそうなのです。もちろん遺伝子があったからと言って、全員が発病する訳ではありませんが、気になる所であります。この遺伝子を持つかどうかの検査は、調べると2万円弱でできるようです。もし分かれば、生活習慣改善の大きなモチベーションになる可能性はあります。

 日本人のApoE4遺伝子保有率は、一般的には10-15%程度であるようです。どうしてApoE4遺伝子があると、アルツハイマーになりやすいのかということと、どうしてそんなに多くの人が、この遺伝子を持っているのかと言うのが、今日の蒼野の疑問点です。

 人口の1/4が持つ遺伝子というのは、人類の進化を考えると、何らかのメリットがあるのだろうと思います。天候や地震が予測できて、周囲の変化に気づきやすい片頭痛の遺伝子を持つ人が、多く居られるように、ApoE4にも良いところがあるはずです。

 ApoE遺伝子というのは、アポリポ蛋白Eという物質を作る遺伝子です。これは体内で脂質を細胞に運ぶ役割を担っています。種類としてはApoE2、ApoE3、ApoE4があり、これらが組み合わさって、E4を持つ人は、E2/E4とかE3/E4とかE4/E4と言う形で持っています。アルツハイマーリスクは、E2/E4とE3/E4で約3倍、E4/E4で約12倍になり、若年で発症しやすくなります。

 ApoE2、ApoE3、ApoE4の働きの違いの一つは、脂質輸送能力の違いです。ApoE4はE4を持たない人と比較して、脂質輸送能力が低いことが分かっています。また、ApoE4は脳内でインスリン抵抗性が起きやすく、糖質代謝によるエネルギー確保に向いていないことが分かっています。

 飢餓の歴史を乗り越えてきた、狩猟採集時代の人類は、たまに獲れた獲物や、採取した食べ物を体脂肪として貯蔵し、食べ物がない時期に有効に活用する必要がありました。まだ研究で確定していない事柄にはなるのですが、ApoE4遺伝子は糖質の代謝には向いておらず、脂質をケトン体に変えて、有効に使える能力に関係していたのでは無いかと言う仮説があります。

 農耕生活が始まった集団では、この遺伝子が見られる確率は減っているそうなので、ApoE4は、狩猟採集生活に適応した遺伝子である可能性が、指摘されているのです。例えばナイジェリアのヨルバ族にはApoE4遺伝子が多く見られるそうなのですが、ヨルバ族のアルツハイマー病リスクは高くないことで知られています。

 ヨルバ族の糖質摂取量は、アメリカ人の1/3未満です。その糖質のほとんどが、ヤムイモなどの芋類で、GI値が低いものがほとんどです。原始時代には有利であった遺伝子が、糖質過多、脂質過多の現代の食生活と合わなくなってアルツハイマー型認知症などの、脳内変性疾患のリスクにつながっている可能性があると思います。

 またApoE4を持つ人は、炎症を起こしやすいことが知られています1)。言い換えれば感染症に対する抵抗力を高める働きを持っていました。原始時代の人々は、怪我もしやすく、感染症によって死亡するリスクが高かったため、ApoE4遺伝子を持つことで感染症への耐性が高まり、生存確率が向上したという仮説が有力です。

 これが現代社会では悪い方向に働いているのではないかと言われているのです。アルツハイマーを発症した脳は、糖が使えない、インスリン抵抗性の状態になっています。もう一つのエネルギーであるケトン体は、断食や糖質制限をしなければ出てきませんので、糖質を食べていても、脳細胞はエネルギーが枯渇し、どんどん減ってしまいます。

 蒼野の経験でも、物忘れが始まったおばあちゃんが、注意したのを忘れて、毎日おまんじゅうを食べていたら、一年後には著明な海馬萎縮と、認知機能低下に進んでいた症例が忘れられません。アルツハイマー型認知症は第3糖尿病とも言われ、脳が糖質を使えなくなった状態なのです。

 ApoE4遺伝子では、もともと糖の利用能力が低く、脳のインスリンシグナル伝達を阻害することが示唆されています。遺伝子によって、インスリン抵抗性ができやすくなっているのです。糖尿病の人にアルツハイマー型認知症が多い一因も、インスリン抵抗性です。

 インスリン抵抗性の状態になると、高インスリン血症になると同時に、血糖値は高くなります。脳内のアミロイドβを分解する酵素がインスリン分解で使われてしまい、アミロイドβが脳内に残ります。またApoE4はそれ自体でアミロイドβの凝集を促進することも観察されています。アミロイドβを周囲のグリア細胞が分解する作用を低下させる可能性も指摘されています。

 こうして残ったアミロイドβは、高い血糖値で糖化したり、ApoE4の炎症を起こす作用で、酸化したりして凝集し、アミロイドのプラークとなり、神経毒性を発揮することになるのだろうと蒼野は思いました。

 アルツハイマー型認知症を発症した人のうち、30~45%はApoE4を持っていますが、残りは違います2)。脳のインスリン抵抗性は、全身のインスリン抵抗性と強く関わっており、遺伝子以上に、生活習慣が影響しています。もともと生存に有利だった遺伝子が、飽食で質が低下した加工食品に溢れ、圧倒的な運動不足である生活によって、おかしな方向に向かってしまった様に思うのです。

 もし運悪くApoE4遺伝子を持っていたとしても、対策があります。まずは有酸素運動です。2011年に、運動が脳の海馬のサイズを増やし、記憶機能を向上させることを示した論文が報告されています3)。120人の高齢者に対するランダム化試験で、週3回40分の有酸素運動を1年続けたグループでは、海馬が2%増えていました。

 40歳過ぎれば加齢と共に海馬は年間1~2%減少するのが普通ですから、歩けば脳が若返り、認知機能が改善するのです。運動によって、インスリン抵抗性は改善し、脳が糖を使いやすくなります。運動でストレス耐性も高くなるので、海馬が守られ、BDNFが分泌されて育ってゆくのです。逆に座りっぱなしの毎日は、とても危険です。

 体内炎症を抑えることも、ApoE4に対抗するために必要な生活習慣です。沢山あるので、今日は項目だけ挙げておきます。第一は食事です。抗酸化物質とオメガ3脂肪酸、全粒穀物、食物繊維と発酵食品を多くし、トランス脂肪酸、酸化脂質、加工食品、砂糖などを減らしましょう。飽和脂肪酸も控えめが良いです。

 それからストレスコントロール、つまり瞑想や深呼吸やヨガ、友人との交流や言語化、毎日を楽しく過ごすことが重要です。しっかり睡眠を取り、禁煙、アルコールは控えめに。体重コントロールを行いメタボから脱出しましょう。ApoE4遺伝子を持っていなくても、これらは大事な生活習慣になります。

 蒼野もクリニック勤務で、自動車通勤していた50代は、自分でも物忘れが気になっていました。しかし事故で車に乗らなくなって、お酒を控え、毎日1万歩以上歩く様になったら、物忘れの頻度は激減したことを実感しています。「歳だから仕方ないよ」と思いたい気持ちはよくわかりますが、中高年の物忘れは認知症の初期である可能性は高いと思います。

 アミロイドβは40歳くらいから溜まり始めます。死ぬまで頭脳明晰で、元気に働くために、気になる症状がある人は、できることから少しずつ生活を変えてみて欲しいと、心から思っています!

参考文献:
1)APOE genotype-specific differences in the innate immune response. ; Neurobiology of Aging 30 (9) 2009. 1350-1360

2)Apolipoprotein E and Alzheimer disease: risk, mechanisms and therapy. ; Nature Reviews Neurology, 9(2), 2013. 106-118.

3)Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. ; Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(7), 2011. 3017-3022.

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