なぜ日本はコレステロールの基準値が違うのか?

2023/07/26

 今日は昨日書ききれなかった、コレステロールの基準値と、薬物治療について書いてみます。世の中というのは、必ずしも真実や正しい事だけで決まるのではなく、様々な思惑や利害が絡み合って、物事が決まるというのは、蒼野も63年生きてきて感じるところです。

 蒼野は自分が家族性高コレステロール血症だと診断していて、LDL-Cが200を超えた時から、流石に危ないかもと思い、スタチンを飲み始めています。その後の健診では、日本の基準値よりも高めのLDL-C150台で推移しています。。ですからコレステロールの話題はとても気になります。

 日本動脈硬化学会が決めた基準では、LDLコレステロール140mg/dl以下が正常とされています。しかし欧米では、LDLが190mg/dlを超えなければ治療開始にはなっていません。その目的は主に心筋梗塞予防ですが、日本人の心筋梗塞発症率は欧米の1/3しかいません。欧米基準で考えると、40歳以上で190を超える人は3%ですが、日本基準では33%と患者数は11倍となります。

 動脈硬化学会の9216人の日本人の検討でも、心筋梗塞死亡に統計的な有意差が出てくるのは、欧米基準の190mg/dl辺りからであり、しかも心筋梗塞死亡は日本人の全死亡の0.1%に過ぎません。そしてその率というのは、家族性高コレステロール血症患者0.2%の半分に当たる数値になります。LDL-Cが200を超える家族性の人は、治療が必要だろうと蒼野も思います。

 大櫛先生の60代の男女を8.1年追跡した日本のコホート研究では、LDL-Cが高くても女性に関しては死亡率の上昇は認められず、下げる必要がないと言う結論でした。この研究では女性は120mg/dl以上が最適値とされています。一方男性では100未満では死亡率が上昇し、160以上でも少し死亡率が上がります。160以下が最適と考えられました。

 アメリカの心筋梗塞予防の、コレステロールガイドラインは、LDL-Cの目標が160で、先ほどのデータに一致、治療開始は190以上とされています。どうして心筋梗塞が少ない日本で、より厳しい基準値になっているのでしょうか?そこにはメタボの場合と同様、医療業界と製薬業界の闇が、存在していると大櫛教授は断言しておられます。

 昨日も書いたように、治療基準値が下がるほど、患者数は鰻登りに増えてゆきます。そして処方される薬剤も増えてゆくのです。そこには莫大な利益が発生します。世の中では、真実であっても利益を生まないものに関しては、情報として積極的にプッシュされることはありません。糖尿病治療でも、最も大事で根本的なのは食事の糖質を適度に減らすことですが、世の中はスイーツや炭水化物の情報に溢れ、糖尿病の新薬の方が、より強調されているように、蒼野は感じます。

 アメリカの研究では、慢性炎症がベースにある人では、LDL-Cが180を超えると心血管系疾患が増えることが指摘されています。また中性脂肪に関しての日本の基準値は、30~150mg/dlですが、家族性高コレステロール患者でなければ、かなり高くても死亡率は増えません。一方欧米での中性脂肪治療ガイドラインでは、1000mg/dlを超えなければ薬物は必要ないとされています。

 逆にLDL-Cが150mg/dlを下回ると、呼吸器系疾患と脳血管疾患が増えて死亡率が上昇します。高齢者では150以下と言う基準値を守らない方が、死亡率が低いと大櫛先生は書かれています1)。もちろんこれには反対意見もあり、まだ決着はついていません。

 大櫛先生たちのグループが作った、日本脂質栄養学会の「長寿のためのコレステロールガイドライン 2010 年版」というのは、日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007 年版」の内容とは、明確に異なっており、蒼野でさえ、どちらを信じれば良いのか迷ってしまいます。

 ただ海外の基準が日本よりも緩いことのベースには、やはり最近のランダム化比較試験の結果が反映されているようなのです。動脈硬化リスクの高い糖尿病や透析患者、心不全や一般的な高リスク群、論文によっては心筋梗塞を起こした人においても、様々なスタチンの服用群と、飲んで無い群との、心血管イベントや新血管系死亡率、総死亡率などに有意差なしとする論文が沢山認められます2)~9)。

 蒼野の専門である脳卒中においては、脳卒中急性期患者データベースによると、脳梗塞を発症した人の症状を、高脂血症の有無で比べると、脂質が高い方が、有意に症状が軽い傾向にありました。脳出血も脂質が高い方が、脳梗塞以上に予防されるというデータが出ています1)。

 くも膜下出血に至っては、脂質が高くなると、発症は1/10まで減るようです。くも膜下出血は閉経後の女性に多い疾患です。現時点では仮説ですが、高血圧との関係は薄く、低コレステロールで血管壁が弱くなった部分が、閉経後の血圧上昇で動脈瘤となり破れると考えると説明しやすいのです1)。

 コレステロールは身体にとって、必要不可欠で重要な栄養成分です。LDL-Cが100以下になる程少ないと、細胞膜の形成が不十分となり、免疫力が低下する可能性や、必要なホルモンが作れなくなる可能性、血管が弱くなる可能性が指摘されています。確かにそうかもしれないと蒼野も思います。欧米では、心血管イベントや動脈硬化の、コレステロールに変わる真犯人探しが始まっているようです。

 そしてスタチン自体の副作用も、特に一番多く処方されている高齢者では無視できないものがあります。その副作用率は20%を超えており、その主なものは、筋肉障害(横紋筋融解)心筋障害等10%,ミトコンドリア機能障害(CoQ10低下),肝腎機能障害,認知記憶障害,高血糖,ホルモン異常、脳卒中など多岐にわたります。必要がなければ飲みたくないですよね!

 大櫛先生の持論では、日本人女性ではコレステロール低下治療は不要 男性でも一次予防ではLDL -Cが190mg/dl未満では治療不要(2次予防はデータ無し)。糖尿病併発でも関係なく、血糖値と禁煙が重要です。心血管イベントや動脈硬化の真犯人として現在疑われているのは、体内の慢性炎症です。

 野菜や果物の摂取、食物繊維の摂取を増やし、発酵食品を意識して腸内環境を整え、オメガ3脂肪酸摂取や、オリーブオイルなどの良い油を増やしましょう。加齢と共に必要なコレステロール値の下限は上がってゆきます。必要だから上昇している可能性は高そうです。血圧同様、特に高齢者では下げすぎないことは大事なように思います。

 年代別LDL-Cに関しての、大櫛先生の提案では、40~44歳:65~181・45~49歳:67~183・50~54歳:67~185・55~59歳:68~186・60~64歳:72~183・65~69歳:72~180となっています。これまでの研究の結果は年齢別にはなっていないため、参考になるのでは無いかと思います。

 医学常識が年々変わってゆくのを、蒼野も医者人生の中で見てきました。どうやって日本人の基準値が決まったのかについては、純粋な健康管理のためだけではなく、世の中の複雑な事情が関与している可能性は否定できません。主なスタチンの発売元は海外の製薬企業です。その裏に海外の圧力があったとすれば、蒼野は日本だけ基準値が違うのも納得できたりします。また情報として、そこに大きな利害が関係ない人の説の方が、信用できると蒼野は思ったりします。

 何を信じるかは皆様に考えて頂きたいと思います。蒼野は、日本の基準値を真っ向からは否定できませんが、患者様の年齢や性別、状態に合わせて、なるべく薬では無い方法で管理できないか考えることが大切だと感じています。ということで、蒼野のLDL-Cは、今の値をキープしてゆこうと思います。

参照文献:
1)<総説> 日本人はLDL-Cが高い方が長生きする 大櫛 陽一 脂質栄養学 2009 :18(1)21-32

2)Atorvastatin in patients with type 2 diabetes mellitus undergoing hemodialysis. N Engl J Med 353:238-248, 2005 

3)The Stroke Prevention by aggressive reduction in cholesterol levels investigators:high-dose atorvastatin after stroke or transient ishemic attack. N Engl J Med 355:549-559, 2006 

4)Efficacy and safety of atorvastatin in the prevention of cardiovascular end points in subjects with type 2 diabetes. Diabetes Care 29:1478-1485, 2006 

5)Rosuvastatin in older patients with systolic heart failure. N Engl J Med 357:2248-2261, 2007 

6)Effects of torcetrapib in patients at high risk for coronary events. N Engl J Med 357:2109-2122, 2007 

7)Effect of rosuvastatin in patients with chronic heart failure(the GISSI-HF trial):a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. The Lancet 372:1231-1239, 2008 

8)Rosuvastatin and cardiovascular events in patients undergoing hemodialysis. N Engl J Med 360:1395-1407, 2009 

9)SEARCH Collaborative Group:Intensive lowering of LDL cholesterol with 80 mg versus 20 mg simvastatin daily in 12064 survivors of myocardial infarction:a double-blind randomised trial. Lancet 376:1658-1669, 2010 

参照書籍: 健康診断「本当の基準値」完全版ハンドブック  大櫛 陽一

もし記事が良かったよ!と思われた方は蒼野健造公式ラインのボタンをポチッと押して、ご登録くださいね。ライン登録された方で希望される方は、オンライン面談での相談に乗りたいと思っております。