蒼野が現在勤務している病院は、高気圧酸素治療(HBO)が可能な大きなタンクを持っています。前任の脳外科の先生が、高気圧酸素治療の担当であったこともあり、本日初めて一酸化炭素(CO)中毒の患者様の入院の担当となりました。良い治療を行うためにも、CO中毒について調べたので、今日はそれを書きたいと思います。
石油やガソリンなど、炭素を含む物質が燃える場合、周囲に十分な酸素がある場合には、完全に燃焼するので、二酸化炭素(CO2)が出てきます。しかし周囲の酸素が不足している場合には、不完全燃焼を起こして、一酸化炭素(CO)が発生します。化学式を見ても酸素が無いというのが分かります。
このCOは、血液中で酸素を運搬する赤血球のヘモグロビンとの親和性がとても強いのです。酸素の約200倍と言われており、COを吸い込むと、ヘモグロビンに結合して、COHb(カルボキシヘモグロビン)となり、酸素が運搬出来なくなるのです。その割合が高くなれば、組織に酸素が運ばれない状態=内部窒息と呼ばれる状態となり、組織が障害されます。
体内で酸素が特に必要な臓器は、脳と心臓です。まず脳から影響が出やすいのです。健常な人の場合、血中COHb濃度は2%未満です。一般的に5%までなら症状は出ませんが、10~15%では軽い頭痛、20%で頭痛、耳鳴り、25%で頭痛、吐き気、30%でめまい、激しい頭痛、35~40%で 嘔吐や失神、 40~50%で昏睡や死亡の恐れ、50~70%で意識消失、呼吸停止、死亡する人が出始め、70以上では全員死亡します。25%を超えれば重症の領域です。
30人以上が亡くなられた、「京都アニメーション」の放火事件では、閉鎖された空間の火災による一酸化炭素が、多くの人の命を奪いました。また積雪によって排気ガスが車内に充満して亡くなる事件も、このCO中毒が原因です。COは無色・無臭で、感知しにくい気体であるため、知らない間にやられてしまうのです。蒼野の記憶でも、30年前ですが、給湯器でお湯を沸かして入るお風呂で、CO中毒で動けなくなり、そのままお風呂で煮られて亡くなった人を診たことがあります。
今回の患者様は、79歳まで床屋を営んでいた80歳の元気なおじいちゃんなのですが、3月に暖を取ろうと寝室で練炭を焚いてしまい、半日後に意識障害で発見されました。救急病院に搬送されましたが、間も無く意識が戻り、歩行もできるという事で3日後には、かかりつけの病院に転院し、2週間後に退院となりました。
帰宅後に認知機能がどんどん低下し、物忘れ外来などを7件も受診したそうですが、原因不明と言われています。大きな病院の神経内科で、ようやくCO中毒後の遅発性神経障害を疑われ、当院紹介となりました。この患者様は慢性閉塞性肺疾患(COPD)の既往があり、元々の酸素化が悪かったことも、症状が進行してしまった理由のようです。
遅発性神経障害は、一酸化炭素中毒の後遺症として発生し、症状は数日から数週間後に急に現れることがあります。そのメカニズムは確定はしていませんが、仮説としては、COにより虚血になった脳組織に活性酸素が発生し、周囲の神経細胞も障害してゆく可能性があげられます。COによって活性化した白血球が、自己免疫反応により神経繊維を取り巻くミエリン鞘(大脳白質)が壊死を招くことで、時間をおいて症状が出ると考えられています。
高気圧酸素治療(HBO)は、血液中のCOと酸素分子の結合を解除し、酸素の、組織への運搬を改善する作用があります。酸素不足で死にかけている神経細胞を少しでも多く救う事ができれば、後遺症を減らす事ができるのです。もちろん治療は早ければ早いほど有効です。
2002年に発表された論文では、重度のCO中毒患者に対する、HBOと通常の大気圧下での酸素投与(NBO)のランダム化試験の結果が報告されています。76名ずつに振り分け、治療を行ってから、予後を比べました。6週間後にはHBO療法群の25.0%の患者が遅発性神経障害を示し、NBO療法群では46.1%の患者が遅発性神経障害を示しました。12ヵ月後の評価でもHBOが有意に予後は良かったことから、重度のCO中毒患者に対して、早期のHBOが推奨されています1)。
普通の大気圧、酸素濃度では、COと結合したヘモグロビンが、半分になる時間は4~6時間を要します。NBOではこれが1~2時間に短縮し、HBOでは約20~30分に短縮されるとされています。酸素不足で死にかけている組織に、一刻も早く酸素を届けるためには、CO中毒当日にHBOに入るのが重要なのです。
少なくとも中毒発症後12時間以内に、高気圧酸素療法を行えば、遅発性神経障害のリスクが低減します。ただ12時間を過ぎても高気圧酸素療法が無益であるとは、証明されていません。患者本人の年齢、健康状態、症状、合併症などが絡み合うため、やってみるしか無いということになります。今回の患者様はもうすぐ1ヶ月ということなので、トライあるのみです。
ただ現時点では、会話に反応はありますが、長谷川式認知症スケールは、0/30点、トイレは使えずオムツの状態です。今となっては仕方ありませんが、もっと早く紹介頂いていればと、思ってしまいます。もしご家族にCO中毒の知識があれば、治療を希望されたかもしれないと思うと、みんなが知っておいてもらいたい知識だと感じます。
急性CO中毒は最も死亡数の多い中毒であり、練炭自殺なども含め、日本での患者数は年間58000 人、うち約5000名が死亡していると推定されています。死ななくても、1/3の患者が、遅発性神経障害によって、見当識障害、歩行障害、集中力低下、自発性低下、記銘力障害、失行、失認やパーキンソン様症状などの様々な後遺症が残る病態です。
気をつける状況は次のとおりです。換気が不十分な場所における火気の使用、冬場の土木作業におけるコンクリート養生作業、トンネル等におけるガソリンエンジンや発電機の使用、換気の悪い場所でのエンジンの空ふかし、コンロで鍋を囲んだり、室内バーベキューで酔っ払って寝てしまうのは危険です。身近なところでは、タバコでもCOが発生しますし、排気ガスにも含まれています。COは軽いので、火事の時は頭を低くして逃げてください!
脳のためにも、十分に気をつけてくださいね! 本当に気が付きにくいガスですので、症状が出てからでは、遅い事があるのです。もし空気が悪いところで、気分が悪くなったり、頭が痛くなったら、早急に新鮮な空気を取り入れましょう。換気やその場を離れて、新鮮な空気を吸うことが最初の対処法になります。
もしCO中毒が疑われる人に遭遇したら、一刻も早く、酸素を吸わせたり、高気圧酸素治療ができる病院に運ぶ事が重要です。滅多に無い事だとは思いますが、知識を持っておく事が重要なのです。今日読んでもらって、練炭自殺の恐ろしさも覚えておいてくださいね。一時の感情で、一生後遺症が残ったら、悔やんでも悔やみきれませんよ!
少しでも、おじいちゃんが改善するように、頑張ってみようと思う蒼野でした!
参考文献:
1)Hyperbaric Oxygen for Acute Carbon Monoxide Poisoning. The New England Journal of Medicine, 2002; 347:1057-1067.
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