オキシトシンのダークサイド!

2023/07/14

 今日は脳内伝達物質の一つ、オキシトシンについて深堀したいと思います。『愛情ホルモン』『信頼と絆のホルモン』と言われ、我々の幸せの感情にも、必要不可欠なホルモンです。一般的には、ポジティブに捉えられる事が多く、どうやったら沢山出せるのかという記事が多いのですが、今日はそのダークな側面についても書いてみたいと思います。

 オキシトシンは、陣痛を起こし、子宮を収縮させたり、母乳を分泌させたりする物質として、1906年に動物実験で発見されました。その後の研究によって、オキシトシンは親子の絆を深め、子供を保護し育てる事によって、種の保存に役立つ重要な物質であることがわかりました。恋愛関係においても多く分泌され、家族の形成と繁殖にも必須の物質です。

 他人との信頼関係を築く際にも、多く分泌され、絆が出来て、社会的な繋がりを作ります。一人一人では生きていけない弱い人間が、規律を守り、集団で繁栄していく原動力となりました。また抑制系のGABAの分泌を促したり、セロトニンの分泌を増やしたり、ストレスホルモンの分泌を促す視床下部のCRH分泌を抑制して心を落ち着けます。ストレスを軽減して、我々の幸福感に、直結する作用があるのです。

 脳の視床下部で作られ、スキンシップや出産や授乳、他人に親切にしたり、同じ気持ちを共感しあったりすることで分泌が促されます。感情に関係する前頭前野とも深く関わっており、人と関わり、社会を形成して、協力しあえる能力につながっています。ホモサピエンスは、ネアンデルタール人と比べると、脳の体積は小さいのですが、前頭前野の体積は格段に大きいのです。これがホモサピエンスだけが生き残り、繁栄した一つの理由であるようです。

 オキシトシンは記憶力にも関係しています。2002年のオキシトシンのノックアウトマウスの実験では、オキシトシンが無くなると、何度も会った相手のことが覚えられないことが分かりました1)。この社会的記憶にはオキシトシンが特に関与しています。何度も会うだけで、信頼感が増して仲良くなれるのは、オキシトシンがあるからなのです。

 良いことだらけのようなオキシトシンですが、別の側面があることを知っておいて欲しいのです。一つ目は騙されやすくなることです。スキンシップする人、何度も会う人は、オキシトシンの効果で、親しくなり、無条件に信用しやすいのが人間です。親しい人の言うことは疑えなくなるのです。スキンシップしあう関係では特に顕著となります。

 ハニートラップで身体を重ねてしまうと、期せずしてスパイの片棒を担いだり、悪意を持って何度も近づいてくる人に騙されたりしやすい、と言うことです。子供や動物が好きな人をみると、オキシトシン効果で信用しやすくなったりもします。完璧な、非の打ちどころのない人よりも、だらしないところがあって、母性本能がくすぐられる人の方が信用されやすいのも、オキシトシン効果です。

 小技としては、一緒に飲んだり、差し入れするなら、温かい飲み物の方がベターです。「冷たさ」「寒さ」は動物にとっては生命の危機につながるものです。温かいものが提供されると、脳は生命の危機を遠ざけてくれたと勘違いし、信頼度が増すのだそうです。エレベーターで、知らない相手に、飲み物を持ってもらう実験では、アイスコーヒーよりもホットコーヒーを持ってもらった方が、「穏和で親近感があった」と高評価が得られたそうです。

 実際にオキシトシンを鼻から吸引させる実験では、金銭取引で相手の言葉をほとんど盲信することが判明しました。損害を被っても、ふたたびオキシトシンを投与すると、損害のことを忘れてふたたび相手を信じてしまうのです2)。アメリカではオキシトシンが実際に薬局で売られているそうですので、十分に注意が必要です。

 オキシトシンのダークサイドはもう一つあります。オキシトシンは他者との結びつきを深めるホルモン、集団での結束を強めるホルモンです。人類が原始時代から、種の保存、個体の生存のために社会を形成する上で、必要不可欠の物質でした。これが集団の結束が強い社会では、結束を邪魔する者やルールに従わないものを排除する、という原動力にもなるのです。

 日本は島国で、元々は日本人しかいません。地震や台風などの天災が多く、稲作には多くの人の協力が不可欠です。集団の結束を重視する人たちの遺伝子が、多く生き残ってきた歴史があるのです。日本人は他人に親切で、礼儀正しく、規律をよく守り、絆を大切にします。利他的な行いを美しいと感じ、社会性が高い、オキシトシンがとても豊かな民族なのです。

 しかし、これが現代のストレスや、生きにくさにつながる側面となります。利己的で、ずるい人間を許さない風潮があるのです。これがバッシングや炎上につながります。社会性が高く、人間らしい人が、敢えて労力を費やして、自分が正義と信じる事を貫くために、逸脱する人を攻撃するのです。それはかつては集団を守り、種の保存につながる行為でもあったため、脳は「ザマアミロ」と報酬を感じるのです。ダークですよね!

 これが寛容性のない社会につながります。SNSなどを通じて、自分が直接知らない人に対しては、さらに激しい攻撃が加えられます。芸能ニュースなどで、これほど不倫が炎上し、週刊誌が売れるのもこのメカニズムです。攻撃することが脳の報酬につながり『他人の不幸は蜜の味』だからこそ、自分とは何の関係もないニュースが、これほど興味を惹くのです。これがオキシトシンの持つ社会的排除の一面です。

 しかし一方で、自分を押し殺し、社会のために真面目な利他主義を貫く人は、周囲に利用されてしまいます。体育会系の男子は、上司や先輩の命令は絶対で、以前の日本社会では高く評価されてきました。しかし、終身雇用制度が崩壊した現代では、ともするとブラックな働き方を強要され、使い捨てられてしまう場合も多くなっています。

 オキシトシンは自分たちが所属するコミュニティ以外を低く見なす「外集団バイアス」にもつながります。愛国主義や自民族中心主義の裏返しです。異なる人、異質な人を認めず、低く見下す認知の歪みです。人種差別や、隣国の人への偏見や差別のニュースも、多く報道されていますよね! ヘイトスピーチなどが起こるのもこのためです。

 オキシトシンだらけの親子や夫婦の間では、愛情の裏返しとして、この心理が大きな問題になります。子供には家のルール(自分が決めたルール?)を守ってもらう、好き勝手は許さない、と言う人は毒親とも呼ばれます。嫉妬もオキシトシンの仕業であり、夫は妻を束縛したくなり、妻は夫を支配したくなります。やっている本人にとっては、愛情の深さゆえに、それが正当で当然のことだと認識しているのですから、タチが悪いのです。

 社会や家庭を守らないといけない、大事な人との関係を絶ってはいけない、と自分の正義を貫こうと思うがゆえの行動ですが、決して良い結果には繋がらないのは、様々な事件を見ているとよく分かります。オキシトシンが持つ本能的な側面であることを認識し、どうして邪悪な気持ちになってしまうのか分析しましょう。愛情の伝え方はもっと他にあるはずです。

 何事も使いようですよね! 幸せのためになくてはならないオキシトシンですから、その性質を知り、幸せになるために使えると良いですね! これから移民も増え、ますます多様で新しい社会になってゆきます。正義も多様であることを認識し、みんなが幸せを分かち合える、寛容な世の中になって欲しいと思う蒼野でした。

参考文献:
1)The social deficits of the oxytocin knockout mouse. ;  Neuropeptides 2002 : 36 (2-3) 221-229

2)Oxytocin increases trust in humans. ; Nature  2005  : 435,  673–676

参考書籍: 空気を読む脳   中野 信子

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