ダーウィンとラマルク! 環境と生物の不思議な関係

2023/05/09

 今日は遺伝子と進化の関係です。ダーウィンの進化論が世の中では主流になっていることは、皆様ご存知の事と思います。生物の遺伝子が生き残ってゆくために、どんな環境にも適応できるよう、多様な遺伝子変異(突然変異)が起こる余裕を残していることは、以前のブログで書かせていただきました。

 まずダーウィンの進化論を、例えで解説しておきます。もともと首が短かったキリンの中に、遺伝子の突然変異で、たまたま首の少し長いキリンが、生まれました。このキリンは高い枝の葉っぱまで食べる事ができたため、餌がない状況になった時にも生き残り、少し首の長いキリンの子孫を残します。長い年月の間に同じ事が繰り返され、首の短いキリンは絶滅し、現代のキリンに変化したという考え方です。これがいわゆるダーウィンの「自然選択説」です。

 しかし19世紀半ばのダーウィンの少し前、19世紀初頭にラマルクという科学者が、「用不用説」という進化の形を唱えました。首の短かったキリンは、少しでも高いところの葉っぱを食べるために、毎日首を伸ばす努力を続けました。すると何ミリかでも首が長くなり、それが子孫に遺伝します。これが長い年月繰り返されることで、徐々にキリンの首は長くなったという説です。

 「人間も毎日努力すれば、子孫の代に大きく花開くかも」という思想は、一定の人の支持を受け、社会主義のイデオロギーに通じるものがありました。獲得形質は遺伝するというこの仮説を元に、ソ連の農業科学者ルイセンコが、穀物の収量を向上させようと新たな農法を編み出しました。そして政治的にも大きな力があったため、ソ連全土でこれを行いました。

 具体的には、収穫量の多い冬小麦を、冷水に浸してから春に種蒔きすれば、通常の春に種を蒔く春小麦よりも収穫量が上がると考えたのです。その結果、ソ連の農業生産は大幅に低下し、飢餓や食糧不足が発生し、何百万人もの人々が餓死する事態につながりました。冬小麦は冷水に耐える努力をさせても、春小麦にはなれなかったという事です。

 こうして「用不用説」は間違いで、「自然選択説」が正しいという事になりました。しかし最近のエピジェネティックス(後成遺伝学)の研究では、ラマルクの説は、全てが間違ってはいない事がわかってきています。生物は、持って生まれた遺伝子の指令だけで生きるのではなく、個体の一生の間でも、環境に適応するように、遺伝子のスイッチのON-OFFを書き換える事ができるのです。そして書き換えられた遺伝子のON-OFFの情報の一部は子孫に伝えられるのです。

 キリンの首が長くなったのは、大半は首の長くなる遺伝子変異が選択されたため(自然選択説)ではあるのでしょうが、必死で首を伸ばしたキリンの努力も、無駄ではなかった可能性があるという事なのでしょう! 現代の進化生物学では、ダーウィンの自然選択説が主要な理論であることは間違いありませんが、ラマルク的な要素が、一部存在すると考えられるようになりました。

 急に変化する環境に対応するには、時間のかかる遺伝子変異だけに頼っていたら絶滅してしまいます。特に種の保存に関わる事態であれば、その個体が生きているうちに、遺伝子スイッチを切り替えて、それを子孫に残してゆくことが有効であるということなのでしょうね!ひとが変わるには、「環境が一番大事だ」とよく言われるのは、こういう理由があるのだなあと納得しました。

 人は環境によって、どのくらい変われるのかについては、面白い研究があります。NASAの宇宙飛行士であるスコット・ケリーとマーク・ケリーの兄弟に関する双子研究です。50代の一卵性双生児である二人の遺伝子が同じであることを確認後、スコットは宇宙ステーションで約1年暮らし、マークは地球で暮らし、その遺伝子の変化を比べました。遺伝子には加齢によるスイッチの変化もありますが、この研究ではそれを排除する事ができます。

 宇宙環境は地球とは全く違います。それは高エネルギーの粒子が含まれる宇宙放射線と、無重力環境です。宇宙線は、遺伝子を破壊し、細胞や組織に損傷を与える可能性があり、がんリスクの増加や、認知機能の低下や精神的健康への影響、免疫系の機能に悪い影響を与える可能性があります。

 また無重力は、地球では下肢に集まりやすい体液が、上半身に蓄積しやすくなり、顔が腫れ、血圧や心臓の形が変化し、心血管の機能が低下しやすくなります。眼圧や頭蓋内圧が上昇し、視力視野にも影響します。筋肉が緩むことで、脊椎に負担がかかり、腰痛や神経痛が起こります。睡眠サイクルが障害されますし、筋力低下や関節機能が低下する上、骨粗鬆症が進みます。

 さて研究の結果です。2人のデータを比べてみると、大きな変化が見られました。9000以上のDNAスイッチが変化しており、1700個の遺伝子の働きの変化が認められました。特に大きな変化は遺伝子の修復機能でした。宇宙線に晒され続けたスコットの染色体は、マークよりも傷んで変化していましたが、修復のためのスイッチもオンになっていたのです。

 テロメアが一時的に伸びており、免疫細胞にも変化が起こっていました。ほぼ無菌状態の宇宙ステーションにも関わらず、免疫システムが強化され、環境変化に対応しようとしていました。骨粗鬆症を防ぐための、骨形成の遺伝子のスイッチも変化していました。宇宙というのは、人類の祖先が経験したことが無い環境にも関わらず、人間はそれに対抗して、生き抜くために、様々な変化を起こすことがわかりました1)。

 スコットの変化は、宇宙から帰還後も、その7~8%はそのまま戻りませんでした。宇宙という新たな環境が、遺伝子を変化させ、スコットを違う人間に変身させたということになります。7~8%の変化の多くが、遺伝子修復に関わるものでした。壊れた遺伝子の修復は、地球帰還後もずっと続いているということなのです。この研究は、人類の火星への移住を考える上でも重要な研究だと言われています。

 本当に面白いです!長い地球の歴史の中で、生き残ってきた生物は、人間も含めて本当に逞ましいと感じます。断食や低カロリー食、冷水シャワーやサウナ、心拍が上がる運動など、健康を害さない程度で、ちょっときつい、ストレスになるような生活習慣が、長寿遺伝子を活性化するという理由が少し分かってきました。

 人間ぬるま湯に浸かり続けると、衰えてしまいます。壊れない程度に鍛えることが、人生には必要なのだと思います。自分を鍛え、変えてくれる環境を求めてゆくのが大事ですね! 人間は環境と健康的なストレスで、変わることが出来ます。これからも、色んなことに挑戦して、自分を変え続けて楽しみたい蒼野でした!

参考文献:
1)The NASA Twins Study: A multidimensional analysis of a year-long human spaceflight. ; SCIENCE  2019 364, (6436)DOI: 10.1126/science.aau8650

参考書籍: NHKスペシャル 「人体」  遺伝子  医学書院

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