高齢者の転倒は防げるのか?

2023/09/07

 91歳で一人暮らしをしている母がまた転びました。道路を渡ろうとした時に、タクシーが曲がってきたのを避けようと思ったら転んだそうです。春にも自宅で転倒し、前歯の差し歯が2本取れて、治療しました。今日は高齢者の転倒について書いてみたいと思います。

 高齢になると転倒は大きなリスクになります。蒼野の外来にも、定期的に転倒で顔面が真っ青になったり、パンダのようになったお年寄りが受診されます。自宅で暮らしている高齢者の、約3分の1は少なくとも年に1回転倒し、介護施設に暮らす高齢者は約半数が少なくとも年に1回転倒するそうです。

 消費者庁の65歳以上の不慮の事故による死亡のグラフを見ると、人口の高齢化の影響もあり、転倒転落墜落による死亡者数は年を追うごとに増えており、令和3年では9509人/年にのぼっています。交通事故による65歳以上の死亡者数は2150人ですから、本当に怖いのです。

 実は妻のお母さんも、転倒で大腿骨骨折を起こし、手術を受けています。今年になってもう一度転倒され、手術部の骨にヒビが入りましたが、保存的に経過を見ているところなのです。幸いうちの母は、パンダ顔になりましたが、骨折はなく、突き指くらいだったので、入院の必要はありませんでした。

 でも転倒したことがある人は、再び転倒しやすくなるというのは常識なので、これからどうやって防いでいくかを、よく考えなければいけません。もちろん高齢者が転倒するのは普通の事ではありません。転倒は、動作もしくはバランスに支障をきたす身体の状態+躓きやすいなどの環境や、車を避けようとしたなどの状況などが重なって起こるのです。

 しかし一番大きな原因としては、筋肉量の減少(サルコペニア)、筋力の低下が挙げられます。これにはホルモンの変化が関与しています。筋肉の成長と維持には男性ホルモンの一つである、テストステロンが関与しています。男性では30歳以降テストステロンは年2%ずつ減少し、もともと少ない女性でも、閉経後に大幅に減少します。

 また筋肉の成長と修復を促進する成長ホルモンやインスリン様成長因子-1 (IGF-1)も、加齢とともに減少します。高齢になって内臓脂肪が多い人は、インスリン抵抗性が高くなっていることから、インスリンによる筋肉内のタンパク合成も、低下しています。エストロゲンにも筋力を増やす働きがあるため、やはり閉経後は筋力は低下しやすくなるのです。

 コロナ禍になり、外出を控え、運動量が減ったお年寄りが多くおられます。運動しなければ筋肉が落ちるのは、自明の理なのです。またストレスでコルチゾールが多くなると、筋タンパクの分解が進み、筋肉の減少にもつながります。母もここ3年くらいは、外出は週1~2回でした。人口の高齢化だけでなく、コロナ禍が転倒を増やしている要素であるのは、間違いないようです。

 生活スタイルによる個人差は大きいのですが、年代別の一般的な筋肉量について書いてみます。運動不足やタンパク不足の生活だと、早い人では30代から筋力量の減少が始まります。40代では10年で3-5%の筋肉が失われると言われています。50代以降、約1-2%/年で筋肉量はさらに減少し、筋力も低下します。仮に毎年1%ずつ減るとしても、90歳では、50歳の60%しか筋肉は残りません。

 さらに70歳以降になると、筋肉細胞の数や大きさまでが変化します。筋肉の弾力が低下し、回復力も低下します。そのため筋力が急激に低下し、転倒しやすくなるのはこの年代以降が多くなるのです。母は90歳を超えるくらいから、料理の意欲や食欲が低下して、痩せてきました。痩せた体重の大半が筋肉だったのだと思います。今年になってから口うるさく、運動するように言っていましたが、なかなか難しいようです。

 やはり転倒しないために必要なのは、筋肉の維持です。定期的な筋力トレーニングは必須です。しかし若い人でも運動しない人は沢山おられますよね! まずは家事などの日常生活で筋肉をなるべく使うことからでしょうか? 趣味で身体を使えると良いですね。蒼野の家の近くの公園で、ゲートボールを楽しむ、逞しいお年寄りをよく見かけます。

 毎日買い物に行ったり、散歩したりして欲しいです。殺人的に暑い日や雨の日にやって欲しいのは、ちょこっと筋トレです。椅子からの立ち上がり、踵上げ、片足立ちで足の筋肉を鍛えましょう。バランスを良くするためには、関節を柔らかくすることも重要です。ラジオ体操が出来れば良いですが、最低、肩回し、股関節回しと身体回しくらいはやって欲しいです。

 食事のポイントは、タンパク質と抗酸化物質、食物繊維の摂取です。まずタンパク質の必要量ですが、40代なら1日に0.8g/kg(運動する人は1.2~2.0g/kg)、50~60代では1.0~1.2g/kg、70代以降では、筋力低下を抑えるために1.2~1.5g/kgくらい必要なのです。例えば50kgの高齢者であれば、60~75gのタンパク質が必要で、肉や魚や卵や豆腐の重量で言えば、その5倍が目安となり、300~355g/日くらい食べないといけません。

 こちらも少食の人や、食欲が無い時にはハードルが高くなります。母もめんどくさいと言って、簡単に済ましてしまう場合が増えているようです。でも蒼野が行って料理を作れば食べてくれるので、なるべく帰って、一緒にご飯を食べようと思うのです。

 食事、運動を整え、十分に良質な睡眠を取れば、テストステロンや成長ホルモン、IGF-1の分泌が増加します。体内炎症が増加すると、インスリン抵抗性が増し、筋肉に栄養が取り込まれにくくなります。抗酸化物質で炎症を抑えたり、食物繊維で腸内環境を整えて、体内炎症を抑えたりすることがとても重要です。炎症で出てくるサイトカインは、筋肉を減らしてしまうからです。エストロゲンは大豆製品で少しは補えるようです。

 ビタミンDは重要です。朝太陽を浴びて歩いたり、体操したりする習慣をつけたいものです。抗酸化のための、ビタミンCやビタミンE、筋肉の修復に役立つビタミンB群、筋肉の収縮に必要なカルシウムや、弛緩に必要なマグネシウム、鉄や亜鉛も、筋肉にはなくてはならない栄養素です。母にはサプリも飲ませています。

 あとは運動を習慣化できる環境でしょうね! 月に一度蒼野が帰って、一緒に体操したり、筋トレしたり、歩いたりするだけでは、そろそろ限界のように思います。本人に一人暮らしのこだわりがあるため、在宅サービスも入れて、環境を整えるしか無いですね!

 書きながらやるべきことが見えてきたので、週末には広島に帰って頑張ろうと思います。女性は長生きですが、筋肉の減少や骨粗鬆症が、寝たきりの引き金になる人が多いと、多くの患者様をみていても感じます。本当に重要なのは、出来れば若いうちから、遅くとも中年期からの、筋トレと有酸素の運動習慣です。十分に貯筋しておけば老後も怖くありません。

 前回帰った時も、施設の見学に行きました。本人が「まだ入りたくない、自宅で頑張る」と言っているのは、なるべく優先はしてあげたいです。まずは両手に持つウォーキングポールを買ってみます。これからもハラハラドキドキの日々が続きそうな蒼野でした。

参考ページ: 消費者庁 高齢者の不慮の事故 

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_067/assets/consumer_safety_cms205_221227_05.pdf

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