便移植療法!

2022/03/23

 大腸の腸内細菌叢は、人体と共生しながらさまざまな物質を作り出して、その宿主であるヒトの身体のパフォーマンスに影響しています。善玉菌が作り出す物質は、ヒトを健康にし、長寿にも大いに役立っています。逆に悪玉菌が増えると、アレルギー疾患や、慢性炎症など、様々な病気の原因になることも分かっています。

 近年注目されている画期的な治療に、便移植療法があります。コンピューターのソフトウェアを入れ替えるように、腸内細菌を移植して入れ替えることで、今まで治らなかった病気が治ったり、痩せたり、パフォーマンスが上がったり、メンタルが変わったりする可能性が、あるというのです。

 まだまだ治験段階ですが、現在世界中で研究が進んでいる分野です。便を移植するだけで、腸内細菌がガラッと変われば、別人に生まれ変わる可能性があるのです。蒼野はすごく面白い分野だなあと思っていて、注目しています。

 最初の報告は1958年の、偽膜性腸炎(CDI)に対して行われた報告でした。意外に歴史は古いようです。これは抗生剤を大量に、あるいは長期的に使用すると、正常な腸内細菌が死滅してしまい、クロストリディウム・ディフィシルという弱毒菌が日和見感染を起こして、重篤な腸炎となる病気です。

 アメリカでは、偽膜性腸炎で亡くなる患者様は年間1万人以上もいて、重症化すると予後不良の疾患と言われていました。蒼野も、脳膿瘍ができて強い抗生剤を長期に使用している患者様が、この病気で亡くなってしまった経験があり、「怖い病気」という認識があります。しかし便移植療法によって、劇的に予後が改善されたのです。

 2013年のランダム化比較試験では、偽膜性腸炎(CDI)の再発患者を対象として、従来の抗菌剤治療と便移植療法を比較すると、抗菌薬投与群での治癒率が20 – 30%程度であったのに対し、便移植群では80 – 90%が治ってしまいました。この結果から、米食品医薬品局(FDA)も再発性CDIに対しての糞便移植治療を承認しています。また糞便バンクの設立も行われました

 やり方としては、移植を受ける側の、乱れた腸内細菌叢を抗生剤で全て殺してリセットした後、安全性が確認された便からの抽出溶液や、目的とする腸内細菌を培養した溶液を、大腸内視鏡を用いて、大腸内に散布して移植するといった方法です。

 偽膜性腸炎の治療が行われた人の中には、それまで痩せ型だったのに、太った人からの便を移植されると、偽膜性腸炎が治った後に太り始めた人がいました。痩せる腸内細菌の持ち主は痩せやすく、太った腸内細菌の持ち主は太りやすいという、痩せ菌とデブ菌がいるということも分かってきました。

 いくら食べても痩せている人っていますよね! そんな人から便が貰えたら、きついダイエットは必要がなくなります。リバウンドなしで過ごしてゆけるなら、やってみたい人は多いかもしれません。しかし現時点では、便移植は、まだ決して100%安全な治療ではないようです。

 2019年6月、糞便移植をした後に感染症で死亡した例がアメリカで報告されました。FDAによると、臨床試験で糞便移植を受けた患者のうち2人が、多剤耐性菌に感染し、このうち1人は死亡したそうです。ドナー(便を提供する側)に病原性のない腸内細菌であっても、レシピエント(便の提供を受ける側)の大腸には、病原性を示す可能性があるのです。 

 安倍首相も患った、難病である潰瘍性大腸炎に対しても、この治療の治験が行われています。はっきりとした原因が、まだ解明されていない指定難病ですが、免疫系の暴走が原因になっていることが疑われています。一度発症すると完治するのが難しい病気で、一般的な治療は免疫抑制剤の内服です。

 一生免疫抑制剤を飲みながら、感染にビクビクしながら生きるのは辛いですよね。しかし2015年のカナダのランダム化試験では、潰瘍性大腸炎に対して便移植を行ったところ、25%で症状が改善しました。

 糖尿病や肥満、潰瘍性大腸炎の患者では、腸内細菌が数が少なく、種類も偏っていて、特徴的な細菌叢パターンがみられることが分かっています。しかし腸内細菌叢の改善のために、乳酸菌やビフィズス菌を沢山飲んでも、生着しません。やはりライフスタイルや食べ物の影響も大きいのだと思います。

 腸内細菌は、糖尿病、肥満、メタボリック症候群、自閉症、うつ病、炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、自己免疫性疾患、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーなど、多くの病態に関与していることが報告されています。これらの疾患が薬物治療で治らない場合には、便移植療法が選択肢に入ってくると思います。

 実際にこの治療を受けた、公認会計士の片山さん(35歳)の体験談があります。29歳の時に突然吐き気や下痢が続き、固形物を食べると、激しい腹痛が出るようになって15kg以上激やせし、さまざまな治療を行なっても、効果が無かった重症の潰瘍性大腸炎に対して、発症1年後に、弟さんの便をもらって、便移植療法を行いました。

 すると移植を行った日の夕食から完食することができました。2ヶ月で体重も戻り、腹部症状が劇的に改善しました。この順天堂大学の治験では、170人中70%の腹部症状が改善していました。以降5年間、気をつけながら再発なく過ごせています。

 病気の発症前には、焼き肉、カレー、ラーメンなどを好んで食べていましたが、移植後はみそ汁、焼き魚、煮物など、和食を中心に食べるようになったとのことです。注意しながら過ごせていますが、便移植によって人生が変わった実感があるとのことです。

 便移植療法は、今後ますます発展してゆく治療領域になってゆくと思われます。これまで投薬や手術でしか治療できなかった病気の治療を、全く変えてしまう可能性がある医療技術です。腸内環境は、われわれの身体の一部でもあり、メンタルとも、腸脳相関でつながっています。

 腸内細菌叢を良いものに変えてゆけば、ヒトもバージョンがアップしてゆく可能性が高いのです。便移植療法については、効果のない症例もあり、まだまだ途上で、今後も慎重に経験を重ねてゆく必要があります。

 夢のある治療だと思います。糞便バンクにある、自分の腸と相性が合う『スーパーウンチ君』をチョイスして、移植すれば、次の日からレベルの上がった人間に変身できるようになる時代は、すぐそこに迫っているのかもしれません。

 そんな日を夢見ながら、今ある自分の腸内細菌を大事にしようと思う蒼野でした。

もし記事が良かったよ!と思われた方は蒼野健造公式ラインのボタンをポチッと押して、ご登録くださいね。ライン登録された方で希望される方の中で、月に1人程(まだ春までは忙しいので)オンライン面談での相談に乗りたいと思っております。