前頭側頭型認知症と発達障害!

2023/03/08

 先日ブルース・ウィリスさんのご家族が、「病名は前頭側頭型認知症である」と発表したというニュースを目にしました。聞きなれない認知症だなあと思われる方も多いと思いますので、認知症の専門医でもある蒼野が、今分かっていることをまとめてみようと思います。

 『ダイハード』は面白かったですよね! 何度も再放送されましたが、蒼野も見始めるとついつい最後まで見てしまい、それぞれのストーリーが忘れられません。親しみやすいけど、めちゃくちゃカッコよくて、今でもブルース・ウィリスさんのファンの一人です。去年の3月に、失語症のため、俳優業を引退するということを聞いて残念に思っていました。

 前頭側頭葉変性症というのは、日本では指定難病に認定されています。推定では国内に約12,000人程度の患者さんがいると言われています。難病ということは、認められた治療法が無いということを意味します。主な発症年齢が40歳~64歳と若く、ご家族にとっても大変な疾患なのです。ウィリスさんは現在67歳、一般常識からすると認知症を発症する歳ではありません。

 認知症というと、患者数が多いことや、レーガン大統領自身のアルツハイマー発病で、財団が設立された事、アメリカでの研究費用が多く割り当てられている事などの影響で、アルツハイマー型認知症について広く認知、研究が進んでいます。ご家族の想いとしては、この発表で、少しでも前頭側頭型認知症の研究が進み、救われる方が増えて欲しいと願っておられると聞きました。

 前頭側頭型認知症の症状は、一般の人が思う認知症とはかなり違っています。初発症状としては物忘れはほとんど無く、人格変化・行動障害か、言語の障害で発症します。脳の部位として、前頭葉や側頭葉前部が障害されるからです。

 前頭葉が障害されると、理性が効かなくなります。社会性が欠如して、欲しいと思ったら万引きしたり、パトカーを煽って捕まったりします。遠慮や共感ができなくなり、暴力を振るう、度を超した悪ふざけをするなど、性格の変化が前面に出てきます。常同行動と言って、同じ時間に同じ事を繰り返し行う様になり、甘いものばかりを食べ続けたりします。

 側頭葉がやられると、自発的な言葉が出てこなくなります。相手に言われたことをオウム返ししたり、同じ言葉を言い続けたりします。徐々に言葉が出なくなる、進行性の失語が特徴です。一般的な失語症というのは、脳梗塞や出血などで側頭葉が障害されて出てくるため、進行性であれば認知症の可能性が高いのです。

 初期には記憶は良く保たれ、側頭葉から障害されるタイプであれば、普通に仕事も出来たりします。一見認知症には見えないというのが特徴なのです。前頭葉から障害されるタイプは、昔の病名ではピック病です。現在は行動異常型前頭側頭型認知症(bvFTD)と呼ばれます。側頭葉が障害されるタイプは意味性認知症(SD)です

 ウィリスさんはSDのタイプだった様です。意味性認知症は、ヒントを出しても固有名詞が出てきません。つまようじを見せて、これは”つまよう 何ですか”と聞いても『じ』が言えません。これを補完現象と言いますが、それが出来ないのは進行したアルツハイマーではあり得ないのです。優位半球(言語野がある側)の側頭葉がやられている証拠になります。

 どちらのタイプで発症しても、時間が経つとともに、行動異常発症の人も言葉が出にくくなりますし、意味性認知症の人も、行動に問題が出てきて、同じ様な臨床症状に変化してゆきます。大人しい認知症の介護は、愛情があれば可能かも知れませんが、行動異常が出てくると、施設でも一般病院でも受け入れを拒否する所が多くなり、家族の苦労は並大抵ではなく、家庭崩壊に至るケースも散見されます。

 まだ治療法が確立していない前頭側頭型認知症ですので、実際に患者様が来院されるとその対処法は教科書には書いてありません。また数も少ないので、自信を持って管理できるスタッフも、少ないのが現状です。その時に蒼野が参考にしているのがコウノメソッドです。

 名古屋フォレストクリニック院長の、河野和彦先生は30年以上にわたって、年間1200人の初診認知症患者を診てこられました。患者家族の負担軽減のための治療メソッドを開発され、一般に無料公開しておられます。認知症に詳しくない先生が、前頭側頭型認知症を、アルツハイマー型認知症と診断して、処方すると、患者様は興奮し、さらに異常行動や興奮が酷くなります。

 興奮を抑える向精神薬も、ごく少量から使う工夫が必要で、通常量から開始すると、今度は寝たきりの原因にもなります。患者様を診ながら、薬の種類や量を考えることが重要で、サプリメントも重要であると説いておられます。蒼野の前頭側頭型認知症の経験はまだ10人未満ですが、コウノメソッドのおかげで暴れなくなったと喜ばれると、本当に嬉しく思います。

 河野先生の経験では、前頭側頭型認知症はアスペルガーなどの発達障害のある人に起こりやすい病気であるとのことです。発達障害脳では大脳発育の左右差があり、発達が遅れた脆弱な脳の部位が、高齢になって萎縮してしまうことで、前頭側頭型認知症や大脳皮質基底核変性症(CBD)や嗜銀顆粒性認知症(AGD)などの発症の基盤になるのではないかと考えておられます。

 前頭側頭型認知症と診断した人の、過去の状態を家族に確認すると、頭が良くて、こだわりが強く、空気が読めない人、つまりアスペルガー気質の方がとても多いということに気づかれたそうです。発達障害の人の中には、左半球の発達が遅れて、言語発達が未熟な人の中に、右半球の芸術脳が開花し、天才的な芸術の才能を示す方がおられるそうです。

 裸の大将の山下清さんなどは、左脳の発達は遅れているけれど、その分右脳が素晴らしく発達しており、見事な絵が描けます。知的障害者でありながら、音楽や数学、絵画、記憶力、言語能力などの非常に特定の分野で圧倒的な能力を持っている人は、サヴァン症候群と呼ばれます。ダーウィンや野口英世などもそうだったそうです。

 そういう人々が、みんな認知症になる訳ではないのですが、人生の途中で、遺伝子にアミノ酸のリピートという変異が起こってしまうと、前頭側頭型認知症を始めとする認知症を、発症するのではないかと推測されています。

 河野先生も、認知症は発症してからの完治は難しいため、やはり予防が一番重要と言われています。前頭側頭型認知症を発症しないためには、遺伝子変異を起こさないことと、変異部の修復ができるように、生活を整えることが重要だと言われています。そして肥満を解消すること、体内炎症を抑えること、ビタミンD3を摂ること、朝日を浴びることや、良質な睡眠を取ることを挙げておられます。

 重度のビタミンD欠乏は、高率に認知症を発症するという論文があります。65歳以上の正常者1658人の血清ビタミンDを測定し、平均6年間を追跡しています。ビタミンDが正常だった群に比べて、アルツハイマー型認知症リスクは、血中ビタミンD濃度が25~50 nmol/Lの軽度欠乏群では1.53倍、10未満の重度欠乏群では2.25倍になっていました1)。

 ビタミンD3(活性型ビタミンD)は神経細胞、グリア細胞など脳内の構成細胞の分化、増殖に関与し、加齢に伴う神経成長因子(NGF)や脳由来神経栄養因子(BDNF)の低下を回復することも、ラットの実験で確認されています2)。河野先生は特に発達障害気質の人には、毎日4000IUのビタミンD3サプリの内服を勧めておられます。

 先日セロトニンを増やす抗うつ剤が、BDNFを増やすことを書きましたが、前頭側頭型認知症に対してもこのSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は有効である場合がある様です。規則正しい生活と朝散歩で、セロトニンを整える生活も、発症予防に寄与するのだと思います。

 ウィリスさんは子供の頃から吃音症(どもり)があり、舞台に立つと治るので俳優になったそうです。吃音症は発達障害と深い関係があり、また天才病とも呼ばれます。大江健三郎や江崎玲於奈、田中角栄やタイガーウッズ、アインシュタインやマリリンモンローなど、後世に残る活躍をした人にも見られています。

 不幸にして、ウィリスさんの場合は病気に繋がってしまったのですが、脳って本当に不思議ですね! 『馬鹿と天才は紙一重』という言葉を思い出してしまった蒼野でした。

参考文献:
1)Vitamin D and the risk of dementia and Alzheimer disease. ; Neurology 2014 83(10):920-928

2)Protective effects of vitamin D on neurophysiologic alterations in brain aging: role of brain-derived neurotrophic factor (BDNF). ; Nutritional Neuroscience. 2021 24 (8) 650-659

参考動画:ドクターコウノの認知症動画   https://youtu.be/NJ5Bc_C6aC4

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