ヘイリービーバーさんの脳梗塞!

2022/05/05

 先日、蒼野はジャスティン・ビーバーさんの妻である25歳のヘイリービーバーさんが脳梗塞になったと言うニュースを目にしました。こんなに若いのにどうしてかなぁっと思い、脳神経外科医として、少し調べてみたので、それにまつわるお話を今日は書いてみたいと思います。

  3月10日の朝、ヘイリーがジャスティンと会話していると、右の顔が動きにくくなり、言葉が出なくなり、右肩から指先までしびれたそうです。すぐに救急外来を受診して、脳のMRIを取ったところ小さな脳梗塞が発見されました。

 幸い一過性の症状で、全てその日のうちに改善したということだったようです。蒼野も沢山診てきましたが、いわゆる一過性脳虚血発作(TIA)という診断になると思います。こんな若い女性に脳梗塞が出来るというのは、やはり珍しいことなので、その原因について推測しました。

 その要素はいくつかある様です。1つ目は2月20日にジャスティンがコロナ陽性になっていたとのことです。しかしヘイリー自身の感染は報道されておらず、コロナによる血栓症は、重症者に多いことから、時期から考えても、関係は無いと考えました。

 2つ目は、ヘイリーさんが前兆のある片頭痛を持っていたのに、最近ピルを飲み始めていたということです。前兆のある片頭痛がある人にとってピルは禁忌! 飲んではいけません。処方したドクターは説明してなかったと書いてあり、脳外科医としてはありがちだなあって思いました。

 蒼野は外来で、沢山の片頭痛患者様を診てきたのですが、本人が訴えないこともあってか、また、そこまで詳しく問診する余裕が無いDr.も多いのか、前兆のある片頭痛があっても、低用量ピルを処方されている患者様が、ある程度おられるのは、実感してきているからです。

 女性にとって、避妊や生理の問題に有用な効果を持つ低用量ピルですが、怖い副作用として、血栓ができやすくなるというのは、皆様も聞かれたことがあるのでは無いでしょうか? 血栓症の正式名称は静脈血栓塞栓症(VTE:Venous thromboembolism)です。ピルに含まれる卵胞ホルモン(エストロゲン)が血液を固まりやすくするのです。

 本来なら生理周期でエストロゲンが上昇しても、その他のホルモンとのバランスで、血液が固まることはありません。しかし内服によって人工的にエストロゲンだけが上昇すると、固まりやすくなることがあります。一般に年間1万人に1~5人の確率で起こる血栓症ですが、低用量ピルを服用した場合、1万人に対して3~9人の確率で血栓症を発症することが報告されています。

 もちろんそれでも滅多に無い合併症ですし、妊娠中および産後12週間の血栓症を発症する確率は1万人当たり40~65人という統計もあるので、気にするほどでは無いのかもしれません。しかし、万が一発症してしまうと、特に脳であれば、一生後遺症に苦しむ人が出てくるため、リスクについては知っておいて欲しいと思います。

 前兆のある片頭痛とは、閃輝暗点といって、頭痛の前に、キラキラやギザギザの物が見えたり、視野が欠けたりする症状が出る人のことを言います。未だにその発生メカニズムは解明されていないのですが、視覚野である大脳の後頭葉で、片頭痛に先行して、神経細胞の異常な興奮が起こり、後頭葉の血流低下が起こることが観察されています。

 若い女性が脳梗塞を起こす確率は、年間10万人のうち5~10人程度ととても少ないです。しかし観察研究では、前兆のある片頭痛の人がピルを飲むと、脳梗塞のリスクは7倍に増加します。それで禁忌ということになっているのです。ピルを飲み、さらに喫煙すると、10倍にになると言われていますので、タバコは絶対にやめて欲しいと蒼野は思います。

 ちなみに、前兆のない片頭痛であれば、脳梗塞リスクは有意な増加を示さないと言われているため、慎重投与とされています。ピルのメリットが大きければ、内服すると良いと思います。ただ、その場合でも、血栓症リスクは、35歳以上で1.18倍、45歳以上で2倍、BMIが30以上で5倍になります。15本/日以上の喫煙+35歳以上は禁忌とされていますのでご注意を!

 静脈血栓塞栓症(VTE:Venous thromboembolism)の予防については、1、こまめに水分を取る 2、適度な運動を継続する 3、座りっぱなし、立ちっぱなしを避ける 3、ふくらはぎを適度にマッサージする 4、アルコールや利尿作用のある飲み物を飲み過ぎない などが推奨されています。

 ヘイリーさんの場合は、脳内で血が固まってできた脳梗塞ではなかった様です。3つ目の要素としては、直前にパリに往復していて、行きも帰りも飛行機の中でずっと寝ていたということです。長時間座ったまま、動かないことで起こる血栓症は、エコノミークラス症候群として有名です。

 まさかヘイリーさんが、エコノミーで往復したとは思いませんが、長時間の動かないフライトを繰り返したことと、ピルの内服によって、下肢にVTEを発症した可能性は高い様に思います。そしてその後の精査で、ヘイリーさんには卵円孔開存(PFO)が見つかっています。

 これは心臓の右心房と左心房の壁(心房中隔)に、胎児だった頃、誰もが開いていた孔が閉鎖しないまま残っている状態です。成人の2~3割にみられます。通常自覚症状を感じることはなく問題となることはありません。ヘイリーさんは12~13mm(グレード5)の大きな開存が有った様です。

 稀に下肢静脈などにできた血栓が心臓に流れていき、開存している卵円孔を介して右心房から左心房へと流れると、そのまま脳に流れていき脳の血管が詰まってしまうことがあります。『奇異性脳塞栓症』と呼ばれる状態で、脳梗塞や一過性脳虚血発作を引き起こすことがあるのです。

 脳梗塞の病態は多岐にわたりますが、特に若年性(60歳以下)の塞栓源不明脳塞栓症患者では『奇異性塞栓症』が多いと言われています。再発予防のためには、卵円孔の閉鎖が必要となります。最近では、大腿静脈から、カテーテルを入れて孔を塞ぐ、経皮的卵円孔開存閉鎖術が行われています。

 無事、ヘイリーさんもこの手術を受けられて、再発の心配も無くなっているとのことです。ヘイリーさんは「とても怖い状況から前に進み、これから自分の人生を生きられることにとてもほっとしている。」と語られたそうです。本当に良かったと思います。

 いくつかの要素が重なったとは言え、人生、幸せの絶頂にある時でも、思わぬことで健康を失くすことがあるかもしれない、という事なのだと思います。蒼野自身、突然の交通事故で後遺症が残ってしまったので、本当に身につまされます。

 蒼野自身もそうですが、毎日問題なく過ごせていると、自分が病気や怪我をするなんてことを考えている人は、ほとんど居ないと思います。しかし健康は失くした時に、初めて、もっと知っておけば良かった、あの時ああすれば良かったと思う物です。

 皆様が、健康維持の知識を得て、日々の生活を正しく送られ、死ぬまで元気で、生き生きと活動できることを、願ってやまない蒼野でした。

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