甲状腺機能低下症の対処法!

2023/06/20

 患者様が飲んでいる薬に、甲状腺ホルモンの補充の薬が含まれているのをよく見かけます。特に中高年の女性では、結構多いなあという印象を持っています。そこで調べてみると、毎日の不調の原因として、軽度の甲状腺機能低下を持っている人が多いことが分かりました。

 しかも専門医でなければ診断は難しく、甲状腺が悪いのにそのまま放置されている人も多い様です。脳外科医ではありますが、自戒の意味も込めて、本日は軽度の甲状腺機能低下症について、書いてみたいと思います。

 甲状腺ホルモンは、体全体のエネルギー消費(基礎代謝)や成長、発達に大きな影響があるホルモンです。若いうちは骨の成長や脳の発達に影響します。全ての細胞の代謝の調節に関与し、免疫系や血液系の調節にも寄与します。心機能や神経系の機能にも大きく影響しています。甲状腺で作られ、チロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)の2種類があります。

 これらは血液中では、ほとんどがタンパク質と結合しており失活しています。少量のFree T3とFree T4が血液中を巡り、さまざまな体の細胞の代謝に影響しています。その活性はFreeT3が主で、FreeT4は必要に応じてFree T3に変化します。そして体からのフィードバックを受けて、その分泌をコントロールしているのが、視床下部ー下垂体系です。下垂体からTSH(甲状腺ホルモン分泌ホルモン)が分泌され、甲状腺にT3,T4の分泌を命令しています。

 血液検査でFreeT3が欠乏していれば、明らかな甲状腺機能低下と診断されますが、軽度の低下であれば、血液データは正常であることも多いのです。一番鋭敏なのは、血中のTSH濃度です。うまく代謝が回ってなければ、脳がホルモンを増やすためにTSHを上昇させるからです。甲状腺機能低下の症状が出るのは、T 3,T4が低下している場合だけではなく、T4からT3への変換が上手くいかない場合や、細胞内でT3がちゃんと機能していない場合なども含まれます。

 血中のFreeT3が正常であっても、代謝がうまく回っていない場合には、TSHが少し上がってくるのです。ここからは自分の反省にもなるのですが、蒼野は今まで、症状から甲状腺機能低下を疑って採血を出しても、FreeT3とT4が正常値だったり、TSHが基準値の正常上限だった場合には、甲状腺は正常と判断してしまっていました。

 甲状腺専門医の解説を見てみると、TSHが正常範囲内でも上限に近い場合には、今後甲状腺機能低下が進んでいく場合が多い様なのです。蒼野は今日初めて知りました。一般の内科クリニックでも、この知識がなければ、おそらく見逃されて、正常ですと言われてしまうと思います。しかしこれは患者数から言っても大問題なのです。

 甲状腺ホルモンが下がってきた時に一番多い症状は、全身の疲れが取れないという事です。少し体重が重くなってきたり、関節や筋肉が痛い、攣る、便秘がひどくなった、皮膚や爪が痛み、髪が細くなって抜けやすい、冷え性などが、症状として出てきます。これが加齢と共に増えやすい訳なのですが、歳のせいだと思って諦めてもおかしくない症状ですよね!

 蒼野も今までこれらの症状の訴えを聞いても、あまりに酷い症状でなければ、甲状腺ホルモンやTSHまで測ることはありませんでした。しかしもしこれが甲状腺機能低下の症状であることが見つけてあげられれば、生活習慣の改善でも間に合う可能性がありますし、少量の甲状腺ホルモン剤(チラージンS=T4製剤)で改善する可能性もあるのです。

 海外のデータでみると、ホルモン値が明らかに下がり、典型的で日常生活が難しくなるような甲状腺機能低下症を示している症例の有病率は、人口の1~2%です。しかし多くの人のホルモンデータは正常範囲で、TSHが少し高め程度です。これは女性の8%(55歳以上の10%)、男性の3%とされています1)。日本内分泌学会の調査によると、我が国でも4~20%に潜在性の甲状腺機能低下症があると報告されています。

 甲状腺機能低下の大きな原因として、自己免疫疾患の橋本病が挙げられます。甲状腺抗体ができることで、甲状腺に炎症が起こるものです。しかし軽度なものは免疫の乱れからも、甲状腺の炎症が生じます。加工食品が多くなり、食物繊維が減少している現代の食生活によって、腸に炎症が起きやすくなっています。そしてストレス社会の影響もあり、全身が慢性の炎症状態にある人は多くなっています。これらが潜在性甲状腺機能低下症の背景にあるように感じられます。

 また糖質過多の食事による、インスリン抵抗性の上昇は、T4が活性型のT3に変わるのを邪魔します。ストレスホルモンのコルチゾールも、細胞内で働く甲状腺ホルモンの働きを邪魔するのです。女性ホルモンのバランスも甲状腺ホルモンに影響するため、50歳以降の閉経後の女性に、甲状腺機能低下が多くなります。

 こうしてみると、軽度の甲状腺機能低下症は国民病とも言えるものかも知れませんね。軽度でも甲状腺機能低下が続いてゆけば、うつを始めとするメンタル疾患や、認知症の可能性も高まってゆきます。採血データの診断に頼っていては診断出来ない事を知らないと、原因不明の愁訴に悩まされる事になると思います。

 それでは対策です。最も大事なのは運動習慣です。筋肉をつけて代謝を上げることは、甲状腺を刺激し、機能を高めることに繋がります。運動は血液中のFree T3、FreeT4を増やし、FreeT4をFreeT3に活性化する反応を促進します。運動は全身の炎症を抑える働きもあるため、甲状腺の炎症も抑えてくれます。自己免疫による炎症反応が抑えられる可能性があるのです。これは薬にはない効用です。

 低強度(最大心拍数の45%)、中強度(70%)、高強度(90%)で9分間行う自転車漕ぎのグループで比較すると、中強度で行なった運動群では血中FreeT3が最も上昇し、TSHが低下していました2)。適度な運動は甲状腺ホルモンレベルが有意に上昇する効果が報告されています。甲状腺機能低下症に対する治療は医学的には、T4製剤の内服しかないため、まず運動から始めることが重要です。

 甲状腺機能低下がベースにあって、体重が増えた時に、カロリー制限して痩せようとするのは最悪です。さらに代謝が下がり、甲状腺機能も低下してゆきます。基礎代謝を上げる運動を入れなければ、痩せることは難しいのは理解頂けると思います。かといって、甲状腺機能が低下したまま運動を頑張りすぎると、疲れすぎて続かなくなり、かえって甲状腺に負担がかかり、病状が悪化することもあるので注意が必要です。

 まずは短時間の毎日の運動習慣をつけることからです。しんどくない程度からが良いのです。できれば筋トレ系の方が効果的です。スクワットを朝昼晩1回ずつ等が良いと思います。運動で刺激されて甲状腺ホルモンが徐々に戻ってくれば、半年から数年のスパンで改善が見込まれます。気長に頑張る必要があることを知っておいてください。

 甲状腺ホルモンの材料としてはヨードが必要です。また亜鉛とセレン(セレニウム)銅は甲状腺ホルモンを活性化するのに必要なミネラルです。亜鉛もセレンもT4をT3に変換するのに必要なミネラルです。銅とセレンは橋本病の患者で低下している人が多いことが研究で報告されています3)。

 魚、海藻、全粒穀物、ナッツ(亜鉛はかぼちゃの種、セレンはブラジルナッツ1~2個)銅はレバーや牡蠣、甲殻類、ダークチョコレート、ドライフルーツなどを食卓に上げましょう。昆布のヨードは特別含有が多いため、摂りすぎないように注意が必要です。

 典型的には、体がだるい、むくむ、太った、髪が薄くなった、爪が割れる、筋肉や関節が痛い、気分が鬱々する、などの症状が出てきた中高年女性においては、歳のせいにせず、甲状腺機能低下症を疑う必要があります。病院での採血検査も大事ですが、まず無理しない程度の運動を始め、食事も意識してみてください。

 これらの症状を訴える女性患者様は結構おられます。蒼野もこれからは甲状腺機能低下症を意識して診療したいと思います。薬は飲み始めるとなかなかやめられなくなるため、患者様には生活習慣の改善からお話ししようと思いました。

参考文献:
1)Epidemiology and Prevention of Clinical and Subclinical Hypothyroidism. ; Published Online : 9 Jul 2004 https://doi.org/10.1089/105072502761016458

2)Exercise intensity and its effects on thyroid hormones. ; Neuroendocrinol Lett 2005; 26(6):830–834

3)Potential Influence of Selenium, Copper, Zinc and Cadmium on L-Thyroxine Substitution in Patients with Hashimoto Thyroiditis and Hypothyroidism. ; Exp Clin Endocrinol Diabetes 2017; 125(02): 79-85

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