iPS細胞と未来の医療!

2023/02/16

 蒼野が脳外科医になった38年前と比べると、現在の脳外科治療は全く違うものになっています。同様に医学の進歩は目覚ましいものがあります。未来の医療がどうなってゆくのかということは、ある程度の方向性が見えてきていますので、今日は蒼野自身もワクワクするような未来の医療につながる大きな発見について解説してみたいと思います。

 皆様は『iPS細胞』について聞き覚えがあると思います。あのノーベル賞の山中伸弥教授が作成に成功された万能細胞です。名前は知っていてもその内容について詳しく知っている方は少ないのではないかと思うので、蒼野自身の勉強のためにも調べてみることにしました。

 iPS細胞を一言で言うと、成熟している我々の細胞(皮膚や血液細胞など)を若返らせて、どんな組織や臓器にもなる事ができる、始まりの細胞に戻した細胞ということになります。我々は精子と卵子が受精することで胚細胞となり、胚細胞が様々な組織や臓器に変わってゆくことで人間になります。

 2006年に山中教授は、マウスで人工的に胚細胞のような多能性幹細胞を作り出すことに成功し、人工多能性幹細胞=induced pluripotent stem cell=iPS細胞と名付けました。2007年には人の皮膚から取り出した細胞に山中4因子と呼ばれる遺伝子を導入することで、無限に増殖する事ができるヒトのiPS細胞を作ったのです。

 成熟した細胞が多能性幹細胞に変わることを、専門用語でリプログラミングと言います。平たい言葉で言えば、大人の細胞を胚葉の時の細胞に若返らせる事ができる技術なのです。理論上では本人の細胞から作ったiPS細胞であれば、歳を取って悪くなった臓器に成長させて、移植、再生させる事ができる可能性があります。

 実際にこれは臨床応用が既に始まっています。動物実験で安全性が確認された後、加齢黄斑変性症という失明の可能性が高い病気に対する再生医療に使われています。悪くなっている網膜色素上皮を、自分の細胞から作ったiPS細胞から育てた、若いピチピチの網膜色素上皮に移植して置き換える治療が行われ、成功しています。

 これを見て蒼野は本当にワクワクしてしまいました。どこか臓器が悪くなっても、自分の細胞から作るiPS細胞を、その臓器に成長させて移植すれば、拒絶反応も無いはずです。実際に小さな肝臓などは既に作る事ができる様なのです。しかし現実は結構大変の様です。

 まずは年月です。加齢黄斑変性症の治療に使う網膜色素上皮を作るのに1年掛かっています。またその費用は1億円だそうです。1年のうちに失明する確率もあるため、治療が間に合わない可能性もあります。そのままでは実用化は難しいため、もっとみんなに治療を届けるための様々な工夫がなされています。

 その一つがiPSストックという方法です。血液型で、O型の血液の人は全員に輸血が可能なように、iPSのドナーにも、その人の細胞から作ったiPS細胞はどんな人に移植しても拒否反応が少ないというスーパードナーと言われている人がいるそうです。日本赤十字社の強力で、そんなドナーが何人も見つかっており、その人の血液からあらかじめiPS細胞を作っておいて、必要な時に組織や臓器に育てて移植するという方法です。そうすることで、治療準備にかかる時間とコストの両方が低下します。

 他の病気にも、応用が試みられています。例えば脳内のドーパミン濃度が低下することで生じるパーキンソン病ですが、iPS細胞をドーパミン分泌細胞に育ててから移植する事で、ネズミの実験では、パーキンソン症状が軽減しています。こちらも人体に対しての治験が進行中です。

 2022年のマウスの実験では、糖尿病も成熟して増えなくなった膵島細胞をiPS細胞の技術でリプログラミングすれば、自分で増殖する胎生期の膵島細胞に戻す事ができます1)。これは1型糖尿病も含めた糖尿病治療に応用が期待されています。

 その他にも脊髄損傷や、心不全、再生不良性貧血などに対しても、動物実験は既に検証され、ヒトでの治療で、安全性や有効性の研究段階に入っています。将来は脊髄損傷で両足が動かなくなった人が治る可能性も追求できるという事です。蒼野の目を動かす神経が再生して、複視がなくなればどんなに良いだろうと思ってしまいます。

 またiPS細胞は人体、しかも病気になっている人と同じ細胞で実験できるので、創薬にも革命を起こしています。特に遺伝の難病などになると、患者数が少ないものが多く、病気の原因や治療法の探究は困難を極めます。患者様から作ったiPS細胞に対する薬の効きを見ることで、その有効性や副作用が評価しやすくなります。

 遺伝的背景がある人の、悪くなりやすい臓器の細胞を、iPS細胞を育てて再現し、様々な実験を行う事ができるのです。その人の病気のメカニズムを再現しながらの治療モデルが作れます。最近では同じ病気でも、違う遺伝子が働いて病気になっている可能性が分かってきました。同じ病気で同じ薬を使っても、原因が違えば、効いたり効かなかったりするというのが普通なのです。

 そういう意味でも、iPS細胞は個別医療、オーダーメード医療の始まりにつながります。未来の医療は、個々に合わせて治療を行う方向に進んでいます。iPS細胞は何にでもなれる細胞なので、当初は癌化のリスクが叫ばれていました。最初の山中4因子の一つが、癌遺伝子だったことや、ウイルスによって四つの遺伝子を細胞に導入することで、DNAに影響するため、癌のリスクがあったからです。

 これらは癌遺伝子を違う遺伝子に置き換えたり、4因子のうちの3因子だけでもiPS細胞ができることが分かったり、ウイルスで導入しなくても、プラスミドと呼ばれる環状DNAの形で導入すれば、染色体に影響しないことが分かったりと、少しずつ進歩し安全性が検証されてきています。作製効率を上昇する工夫も発見されています。

 山中先生は、親友のラグビーの名選手である平尾誠二さんを、胆管細胞癌で亡くされた経験から、癌治療に対してのiPS細胞治療も研究されています。免疫細胞は加齢と共に、抗体産生能力が低下したりして、免疫の能力が落ちてきます。60歳を過ぎると急に癌の罹患率が増えるのはこのためです。

 既に血小板をiPS細胞から大量かつ安定的に産生する方法はできています。iPS細胞から、若く元気な免疫細胞を作って、癌免疫を強化することで、癌細胞が免疫によって死滅してしまう可能性もあるのです。癌が治せる時代も夢では無さそうです。

 そして蒼野が最も期待しているのは、山中因子を応用した抗老化研究です。動物実験では、早老症マウスに、8週間周期的に山中4因子を誘導した実験では、腎臓、肝臓、膵臓の機能が改善し、元気になって寿命が劇的に延びています。また老化で低下した膵臓が復活して血糖値が改善し、筋肉も再生されて若返りました2)。

 またヒトの皮膚細胞に山中4因子を誘導すると、30歳も皮膚細胞が若返った状態になったそうです3)。ライフスパンを書いたシンクレア教授のグループは、山中4因子のうちの発癌遺伝子を除く3遺伝子を4週間誘導する実験で、加齢が原因の緑内障モデルマウスの視神経が若返り、視力が改善したことを報告しています4)。

 ヒトでの応用までには、癌化リスクの問題や、社会的に老化による臓器や機能の低下をどこまで再生し若返らせることが倫理的に許されるのかという問題まで、多くの問題があるのは確かです。もし副作用無く行えるとしたら、皆様は何歳くらいの時に、何歳まで若返りたいでしょうか?

 健康寿命を伸ばすのに、一つずつの臓器を治すのではなく身体全体を若返らせてしまう事ほど有効なものは無さそうですよね!しかしそれにかかる費用や、人が死ななくなることでの食糧問題、地球の環境問題など、問題は山積みでしょうね! 

 ブラックな小説っぽいのですが、死ぬまで元気でいれる代わりに、100年生きたら順番が回ってきて消滅させられてしまうようなルール作りまで必要になる気がする蒼野でした!

参考文献:
1)MYCL-mediated reprogramming expands pancreatic insulin-producing cells. ; Nature Metabolism : volume 4, 254–268 (2022)

2)In Vivo Amelioration of Age-Associated Hallmarks by Partial Reprogramming. ; Cell. 2016 Dec 15; 167(7): 1719–1733.

3)Multi-omic rejuvenation of human cells by maturation phase transient reprogramming. ; Elife. 2022 Apr 8;11:e71624.

4)Reprogramming to recover youthful epigenetic information and restore vision. ; Nature. 2020 Dec; 588(7836): 124–129.

参照ページ:京都大学 iPS細胞研究所ホームページ CiRA
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq_ips.html

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