人間が病気になるということは、身体の中で、正常に稼働していた、複雑なシステムが変調をきたしている状態です。そのシステムを修復する力が、本来人類にも備わっており、それが自然治癒力と呼ばれています。そして変調をきたしたシステムが正常化することが、病気の治癒と言えるのです。
西洋医学は、システムの変調の中の、最も目立つ一つの異常、例えば糖尿病だったら、血糖が高いのでそれを下げる薬を飲めば、治るのではないかといった考え方で成り立った医学です。機械が壊れた場合と同じで、その部分を除去したり、交換したり、修理したりすれば良いのだと言う考え方なのです。この考え方は、病原菌による感染症に対する抗生物質や、外傷や破綻による出血を手術で止めたりすることでは、人命を救う大きな功績を残してきました。
しかし、がんや高血圧、糖尿病、認知症、神経変性疾患などの慢性疾患に関しては、毎年新しい薬や、治療法が出てきているにもかかわらず、従来の西洋薬や手術などの方法では、治癒させるところまでには至らないのです。がんに対しては現在、欧米では免疫療法が主体となっており、人体の免疫システムへ働きかける治療に進んでいますが、医療費自体も高騰しており、特許が取られているため、みんなが使える治療にはなっていません。
元々人類は、厳しい自然環境の中で、生き残ってきており、体が正常に機能していれば、本来がんにも感染症にもかからない力『自然治癒力』を持っています。蒼野が心酔している、漢方治療は、体内の複雑なシステムに働きかけて、体を正常機能に戻す手伝いをして、自然治癒力を発揮させる事を目的とした治療なのです。
薬として認められる機能は、その薬を投与された人に同じ効果が出ることで認可されます。例えば高血圧の薬は、血圧が低い人が飲んでも、いつも血圧が下がります。しかし、こむら返りに使う芍薬甘草湯と言う薬は、こむら返りの人が飲むと数分で治りますが、こむら返りしていない人が飲んだら何も起こらないのです。
西洋薬は、体に影響する主成分でできており、それが身体にいつも同じ反応を起こすのですが、漢方薬は生薬の組み合わせからできており、数千種類の化合物の集合体なので、どの成分が効いているかははっきりしません。西洋薬は敵をピンポイントで攻撃する薬ですが、漢方薬はシステムを正常化する薬なのです。
西洋医学で、病気の原因を取り除いただけでは、色々な問題が残ります。がんの原発巣と転移巣を全て取り去り、その上放射線を当てたり、抗がん剤を投与したりしても、身体がその侵襲に耐えられなければ、かえって寿命が短くなったりする事は良くあることです。また原因が不明な疾患に対しては、そもそも治療方針が立てられないのです。
漢方薬は微量の多成分であることが重要です。漢方薬の効果に注目した薬品会社が、漢方に入っている、化合物を多い順に5種類集めて薬を作ってみたりしたことがあるようですが、全く薬効はなかったそうです。あくまで何千種類の微量成分の集まりであることが重要なのです。
微量成分が、不調になった人体のシステムのあちこちの、ボタン(作用点)を少しずつ刺激することによって、自然治癒力が刺激され、変調をきたしたシステムを正常化するアクションが起こると考えられています。逆に元々正常な部分のボタンを押しても、何も起こらないのことは、副作用を考える上でとても重要です。
漢方医療が効果を発揮するには、自然治癒力が残っていることが一番重要です。余力が残っていなければ、いくらシステム修復のボタンを刺激しても病気は治りません。入院しなければいけないような状態になる前にこそ、使いたい薬なのです。
漢方が影響できる人類の体内システムは、4つあります。1、熱産生、体温調節系 2、免疫、抗炎症系 3、微小循環系 4、水分調整系です。
1、冷えとかのぼせに対する薬は、西洋薬にはありません。 2、免疫力を上げて、元気にする薬もないですし、西洋薬で炎症を抑えすぎると、かえって免疫力は下がります。 3、微小な血の巡りを良くする薬も西洋薬にはありません。 4、漢方には、水分過多の時には、尿から排出してくれて、水分が不足している時には、尿量を抑えてくれる薬があります。西洋薬の利尿剤は、水分が不足している時にも尿量を増やします。
とても興味深い働きをする薬が多く、微量成分の集まりなので、強い反応が起こりにくく、副作用も軽度であることが多いことにも感心します。皆様も身体の自然治癒力を助ける食べ物があることには、気付かれていることと思います。風邪の時の、生姜湯や卵酒みたいに、状態に合わせて、オーダーメードに処方が出来れば、原因の分かりにくい不調や、疲れ、元気のなさなどにも対応できるのが、漢方の大きな魅力です。
大阪の山本巌先生は漢方の名医で、大学病院で治らなかった患者様を、大勢治癒に導き、現在も沢山の漢方医が、そのやり方を学んだりしています。
漢方の歴史は、生薬で毒性のあるものの除去から始まっており、300年以上、色々な生薬の組み合わせが人体で試され続けて、西暦200年頃に、傷寒論という初の漢方処方集が書かれました。驚くのは、その時の処方が、1800年以上経った現在も残っていて使われているということです。
漢方は生薬の質などで、有効性が安定しないこともあって、日本ではエキス剤が開発され、いつでも同じ成分が、同じ量で飲めるようになっています。本来の漢方は、生薬を組み合わせて作るもので、その人の体の状態によって、オーダーメードに、ぴったりの組み合わせが選べれば、びっくりするような効果が見られることも有り得ます。しかし保健医療の中では、エキス剤はとても便利です。
西洋医学を学んできた医師が、同じ病院で漢方も処方できる国は、日本以外にはほとんどありません。中国でも、西洋医と漢方医は別々の病院に勤務しており、良いとこ取りはできないのです。うまく漢方が使えるようになれば、もっと沢山の患者様を安全に、治癒に導くことも出来ると思います。
今後もっと科学が進歩し、量子コンピューターで、漢方薬の何千もの成分と、体内システムへの影響が解明されるようになれば、漢方の有効性やエビデンスがもっと認知されるようになると思います。漢方は古くて、新しい薬です。これからも患者様の状態を把握しながら、経験を積んでゆきたいと思っています。
参考講義: 日高徳洲会病院 院長 井齋偉矢 サイエンス漢方治療