決して忘れない記憶術!

2023/08/23

 今日は脳外科医らしく、記憶のメカニズムについて深堀りしてみたいと思います。記憶の中枢が脳にあり、海馬が重要であることは皆様もご存知だと思います。どの様にして記憶されるのかが分かれば、忘れにくくする方法も分かるはずです。

 脳がどの様にして記憶しているのかということが分かってきたのは、1950年代になってからのことです。その頃は、怪我などで脳が損傷されると記憶喪失になることから、記憶は脳全体に蓄積されていると考えられていました。

 1953年に、小児期の自転車事故以来、激しいてんかん発作が起こる様になり、あらゆる治療が無効だった26歳のヘンリー・モレゾンさんに対して、最後の手段として脳の手術が行われました。内側側頭葉の一部(海馬、扁桃状部、脳皮質の一部)が取り除かれたのです。

 手術後モレゾンさんは、過去の記憶は残っていましたが、新しく何かを覚えることが出来なくなっていました。自分の経験したことも、時間が経てば全て忘れてしまうのです。しかし自転車の乗り方や靴紐の結び方といった、学習によって覚える記憶は大丈夫でした。この症例から、海馬が記憶の入り口である事が判明しました。

 記憶は、脳が入力された情報を受け取り(1、記銘)、それを保ち(2、保持)、必要に応じて呼び出す(3、想起)という3ステップから成り立っています。脳への入力は、24時間絶え間なく五感を刺激している、膨大な感覚の情報です。通常脳に伝えられた感覚情報は、最大で4秒程度しか保持出来ません。

 しかし脳はその情報を自動的に取捨選択しています。膨大な情報の中で意味があると思われる情報が「選択」され、短期記憶として一旦「大脳前頭野」という前頭葉の大脳皮質に集められます。黒板にいろいろな情報を書き並べるイメージです。しかしその保持も約20秒程度です。そしてその数もせいぜい5~9個くらいなのです。

 電話番号を聞いてかける時など、直前に聞いた番号ならかけれますが、少し時間が経つとわからなくなるのは、この短期記憶にとどまる情報だからです。トランプの神経衰弱などもぼーっとしていたら、すぐカードの場所は分からなくなりますよね!

 この短期記憶の中で、覚えておくべき情報を決めるのが海馬です。海馬に送られた情報は、1ヶ月程度は覚えています。そこでたびたび思い出す必要があるなどして、海馬の審査に合格したものだけが、大脳皮質へと送られて長期記憶となって、いつでも取り出せる様になるのです。

 いわゆる思い出(エピソード)などの、事実や出来事の記憶は大脳の側頭葉や前頭葉に保存されます。感覚に関する記憶、懐かしい匂いや美味しかった味、毎日の習慣などは、その時の感情と共に大脳基底核などに記憶されます。自転車に乗れたり、職人の技などの記憶は小脳にも記憶されたりします。

 海馬が手術で除去されたり、アルツハイマー型認知症で萎縮して大部分が無くなったりすると、新しく記憶することが難しくなるのです。海馬が記憶の中枢と呼ばれる所以です。大脳の記憶スペースはほぼ無限と言われています。どんどん海馬の短期記憶の審査を通して、大脳の長期記憶に送ることができれば、脳が持つ情報量は増えるのです。

 自閉症の一種に「サバン症候群」と呼ばれる人がいます。一回聴いただけの音楽をピアノで弾けたり、一瞬見ただけの景色を記憶して描けたりするなど、一般的には考えられないような優れた記憶力を持っている人たちです。通常海馬で行われる情報の取捨選択が行えずに、全部が長期記憶に送られてしまう状態と考えられています。

 記憶は、神経細胞(ニューロン)同士が、シナプスを介して繋がることで生まれます。人がさまざまな経験をしたことで、ニューロン同士が繋がるのです。それが重要なことであれば、大きなシナプスになり、そうでもなければ小さなシナプスになります。情報の伝わりやすさを変えることで、残しておくべき記憶と、忘れる記憶が決まるのです。

 何度も思い出したりして、使われたニューロンは大きくなり、忘れない記憶となります。また一生忘れない強烈な記憶は、最初から大きなニューロンとして記憶されます。これを「シナプスの可塑性」と呼びます。使われないまま時間が経ったシナプスは、徐々に辿るのが難しくなります。

 これは加齢による普通の物忘れとも関係しています。ネットワークの中にきっかけがあると思い出せますが、老化によって脳細胞が減ってゆくと、徐々に記憶のシナプスネットワークの途中のシナプスが欠けてしまい、きっかけに反応しにくくなってしまうのです。何かの拍子で思い出せる記憶ってありますよね!

 アルツハイマー型認知症では、海馬細胞が減ってしまうため、長期記憶に送られなくなるのです。20秒で短期記憶が消えれば忘れてしまうことになります。同じ話を繰り返してしまうのは当然なのです。新しい記憶がすっぽり抜け落ちるのが、認知症による記憶障害です。

 蒼野も若い頃、ずいぶん経験があるのですが、急激に血中アルコール濃度が上昇すると、海馬は一時的に機能しなくなります。お酒の飲み過ぎで記憶喪失になるのです。飲み会の途中から記憶が無くて、後から自分の話を聞いて赤面するというのは、卒業したいものです。海馬細胞は弱いので、アルコールで数も減りますから、飲む量はコントロールしようと思います。

 ストレスも海馬細胞の機能を低下させます。蒼野の外来に相談に来られる若い人の物忘れは、メンタルが落ちている人がほとんどです。大きなショックを受ければ、海馬は機能停止し、記憶は残りません。いわゆる記憶喪失です。心理的なショックや海馬の血流障害で、一過性の健忘が起こる場合もあります。

 ちなみに、生命の危機を感じるなどの、恐怖を伴った記憶は、海馬を通さず、大脳辺縁系の「扁桃体」に記憶されます。種の保存のために、別扱いの記憶になっているのです。これは心的外傷後ストレス障害(PTSD)などと関係している記憶回路です。

 海馬が長期記憶に情報を送る判断を下す際に、大きく影響するのが大脳の報酬系です。金メダルをとったり、赤ちゃんが生まれたり、恋が成就したりなど、すごく嬉しかったことは、忘れません。忘れないためには、楽しい、気持ち良い経験が重要なのです。忘れられない景色や、芸術作品など、美しいと感じることも脳にとっての報酬になります。

 もし覚えておかなければいけない情報があれば、それを知ることで、楽しいと思ったり、面白いと思うことが重要です。そしてインプットしたら、忘れないうちにアウトプットすると忘れなくなります。それを海馬が1ヶ月保持している間に繰り返せば、長期記憶に運ばれ忘れなくなるのです。

 イヤイヤ勉強したことは、繰り返してもなかなか長期記憶に入ってゆきません。海馬には容量があるので、試験が終わったら一夜にして忘れるというのはあるあるです。長期記憶に残せたものが、貴方の才能になってゆきます。これは学生の時に知っておきたかったなあ!

 今から見聞きした情報、読んだ本は、面白いところ、美しいところを見つけて、書いたり、人に喋りまくりたい蒼野でした!

参考書籍: 臓器の時間    伊藤 裕   

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