NNTから考える、薬の意味とリスク!

2023/07/23

 今日は蒼野が今まで考えたことがなかった、医療統計と薬のお話です。例えば、薬のおかげで、脳卒中の発症が30%減ったとします。一見すごい薬の様な印象ですよね。蒼野もそれなら患者様に出すべきだろうと考えます。でもそこには印象のマジックがあるというお話です。

 「この薬を5年間飲んだら、脳卒中の発症を5年後に30%減らせた」ということをもう一度考えてみます。5年後に薬を飲んでいない人では、10人が脳卒中を発症したけど、薬を飲んでいたら7人だったという意味ですよね。問題になるのは分母の数です。

 20人が飲み続けていたら3人減ったと言うのなら、蒼野も絶対に飲んどく方が良いと思います。しかし100人、いや1万人が飲んでいて3人減った場合でも、減少率は30%なのです。1万人飲んで3人しか減らない薬だったら、飲み続けることによるコストや副作用のことを考えると、ちょっと遠慮したくなったりします。

 薬の実力がはっきりと分かる数値が、治療必要数(NNT=number needed to treat)です。その薬を真面目に5年間飲み続けた時に、何人に1人が救われるのかという数値がNNTです。先ほどの例で言えば、20人で3人減ったのならNNTは6.66…、100人で3人なら33.33…、1万人なら3333.33…人に1人が救われます。つまりNNTが小さいほど、有効な薬です。

 残念ながら医療に100%はありません。NNT=1の薬は存在しないのです。NNTを平たい言葉で言えば、飲み続けると『何人に1人の確率で治療の有効性があるのか』という数値になります。めんどくさい数値が嫌いな蒼野は、今日まで知らなかったので、医師として恥ずかしいです。調べてみると、優秀と言われる薬でも、NNTは30~50だったので、驚きました。

 蒼野は家族性高コレステロール血症なので、スタチンという薬を飲んでいます。本当によく効く薬で、生活習慣ではどうしても下がらなかったのに、200を超えていた悪玉コレステロールが、150近くまで下がりました。最初のスタチンの論文を参照にすると、メバロチン(プラバスタチン)で行った45~64歳の男性6595人の二重盲検試験で、4.9年間観察したところ、心筋梗塞の発症は死亡例も含めて31%減少していました1)。

 このうちの死亡例をNNTに換算すると、111でした。スタチンを4.9年間真面目に111人が飲み続けた場合、1人が心臓で死ぬのを予防できたということになります。もっと最近の論文もあります。スタチンも進化したため、今一番使われているロスバスタチンが多く使われている研究もあります。これは元々の心臓病リスクが高い、高血圧や糖尿病のある群と、高コレステロールだけの群で検討しています。

 ランダム化比較試験で、精度は高い研究なのですが、5年間スタチンを飲み続けると、高リスク群では、NNT53、低リスク群ではNNT146で、心血管イベントの発症を抑えていました2)。蒼野は血圧も糖尿も肥満も無いので、スタチンを飲み続けると、1/146の確率で心臓発作が防げる、と言うことになります。数字で見ると内服のモチベーションはちょっと下がります。もちろん薬を否定するつもりはなく、リスクが高い人は飲むべきだと思います。

 このように見方を変えるとガラッと印象は変わりますよね。しかし社会的に考えると印象はまた変わります。生活習慣病は現代病で国民病です。高脂血症で言えば、治療を受けている人は220万5000人(2017年)ですから、これが全員、リスクの高い人であれば約41600人の心臓発作が防げる計算になります。

 潜在的な高脂血症患者数は、2003年には既に3000万人を突破し、4人に1人の時代に入っていると言われているため、もし仮に全員がスタチンを5年間飲み続けたとすれば、低リスクで計算しても、20.5万人の心臓発作が防げる計算になるのです。薬を飲むと言うのは、万が一の保険的な意味が大きい印象ですね!

 塩分摂取が特に多かったかつての日本は、脳卒中、特に脳出血が多い国民でした。最近は降圧治療のおかげで、脳出血は減り、蒼野の治療経験でも、特に大きな出血が減ってきている印象です。5年間の降圧剤投与でどれぐらい脳卒中を予防できるかの試験での、NNTは33.3でした3)。NNTで言えば超優秀な結果なのでしょうね!

 もちろんこれらの薬については、副作用も同時に検討されています。しかし生活習慣病の薬を飲んでいるのは、高齢者が多いというのが事実です。ここにもう一つの問題があるのです。基本的に医薬品の効果や安全性を調べる治験は、試験が中止にならないように、出来るだけ若年の人を対象に行われています。

 本当に飲む人が多い高齢者では、薬の副作用の確率が変わってくる可能性があるのです。加齢と共に、体内の代謝や解毒作用は低下してゆきます。体内の水分も減ってくるので、薬の濃度は高くなりやすいです。肝臓や腎臓の機能が落ちた人では、必要以上に薬が体内に残ってしまう可能性も高いのです。つまり薬の副作用リスクは、加齢と共に増大します。

 入院してくるお年寄りは、蒼野が知る限り10種類もの薬を飲んでいる人が多いです。2015年の調査では高齢者の半数が2ヶ所以上の医療機関にかかりそれぞれから薬をもらうため、5種類以上薬をもらっています。真面目な人はしっかり飲んで、その副作用で新たな症状が出て、その症状に対しての薬が増えるという「処方カスケード」に陥る人も、後をたちません。よほど薬に注意している先生にかからなければ、それも気付かれないことが多いのです。

 超優秀な50人に1人の発症が防げる薬ばかり出されていたとしても、この事態は患者様にとっても、医療費の面からも何とかしたくなる問題です。しかし現実的にはなかなか難しいです。どの薬をやめるのかは、詳細な検討が必要な上、他科の薬を、専門でもないのに勝手にやめて万が一何かあったら責任問題が発生します。薬を辞めさせることに対して医療報酬は発生しない上、クリニックや薬局は沢山薬を飲んでもらって、通い続けてくれる方が経済的にもメリットがあるからです。現時点では、薬はやめさせるより、処方する方が、簡単で医療サイドのメリットが大きいシステムなのです。

 6剤以上から副作用の確率は10%を超えてきます。薬も沢山ありすぎる上、薬に対する個人差も大きいです。どんな人がどの薬とどの薬を一緒に飲むと副作用が出ると言うのは、残念ですが何も、誰も分かっていないのです。その効果も思ったほどではない薬を、副作用がよく分かっていない状態で飲むと言うのは、メリットよりもリスクの方が多くなる気がしてしまうのは、蒼野だけでしょうか?

 こんな話を知ってしまうと、やはり皆様にオススメしたいのは、生活習慣の改善です。もちろんそれが面倒で難しいことは分かっています。薬を飲んだだけで安心できるのが一番簡単ですよね。しかし何千年も前から残っている健康法は、正しいことが多いと感じます。健康診断での異常値を見たら、まずは生活習慣の見直しから始めてもらうのがベストだと思います。

 薬も無しに何百万年も生き抜いてきた人間には、その遺伝子が適応できる環境や習慣を守ることで、本来の健康力、自然治癒力が働くはずです。蒼野も毎日少しずつ、いろんな健康法を試してみて、調子が良いものを取り入れています。皆様もできることからで良いので、健康習慣を作ってゆきましょう!

参考文献:
1)Prevention of Coronary Heart Disease with Pravastatin in Men with Hypercholesterolemia. ; N Engl J Med 1995; 333:1301-1308

2)Number of patients needed to prescribe statins in primary cardiovascular prevention: mirage and reality. ; Family Practice 2018, 35, (4) 376–382

3)Prevention of stroke by antihypertensive drug treatment in older persons with isolated systolic hypertension. Final results of the Systolic Hypertension in the Elderly Program (SHEP). SHEP Cooperative Research Group. ; JAMA 1991 265(24):3255-64

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