“髪の毛を食べる” 驚きの疾患!?

2023/10/20

 今日は、蒼野が初めて聞いた病気について、紹介したいと思います。その名は「ラプンツェル症候群」! ディズニー映画「塔の上のラプンツェル」で有名な、あのラプンツェルです。どんな病気なのか、全く想像がつきません。これは彼女の長い髪の毛に関係がある疾患です。

 元々ラプンツェルは、グリム童話の中に登場する、美しくて長い髪を持つプリンセスです。ディズニーでは、21mの美しい髪の毛の持ち主として描かれています。そして「ラプンツェル症候群」は、自分の髪の毛だけではなく、他人の髪の毛をも食べたい衝動に駆られてしまう疾患です。

 髪の毛は消化されにくく、消化管の中に大きな毛玉が形成され、最終的には胃や腸の閉塞や炎症、穿孔などの合併症を引き起こす可能性があるとされています。治療は、髪の毛を内視鏡的に取り除いたり、除去が不可能であれば、開腹手術が必要になる場合もあるそうです。

 症例報告の論文によると1)、腹痛で救急搬送された5歳の女児は、ヘモグロビンが4.5g/dLのひどい貧血を呈しており、腹部に腫瘤を認めました。精査すると、胃から小腸までびっしりと髪の毛の塊が詰まって、固まっていたのです。手術による摘出を受け、髪の毛は除去されたと書いてあります。

 普通に考えると理解に苦しむ病気ですよね! これは異食症(pica)の一種で、髪の毛を食べてしまうトリコファジーという病気です。蒼野の臨床経験では、みたことのない疾患です。通常食べることのないものを、日常的に1ヶ月以上にわたって食べてしまう摂食障害が、異食症と定義されます。

 食べるものとしては、紙、粘土、泥、毛髪、氷などが報告されています。赤ちゃんは何でも口に入れるのが当たり前ですので、食べ物かどうか判別できる、2歳以上の患者につけられる病名です。食べ物でないものを飲み込んでも、通常はほとんど問題になりませんが、大量に食べてしまうと、消化管の閉塞や消化不良が起こったり、中には塗料片を飲み込んで鉛中毒が起こったり、泥の中の寄生虫に感染したりする場合があります。

 世界の地域によっては、食べものではないものを食べることが民間療法、宗教儀式、一般的慣習などの文化的伝統として残っていることがあります。これは異食症ではありません。例えば、米国ジョージア州のピードモントには、定期的に粘土を食べる人たちがいるそうです。

 異食症が起こる原因については、まだ確定はしていません。鉄欠乏性貧血に伴うものや、妊娠女性の異食症は、鉄や亜鉛などの栄養不足が大きな原因ではないかと言われています。赤ちゃんの分まで、何でも食べて、栄養を求めるという本能なのでしょうか? これは人間に限らず動物でも見られる現象のようです。

 もう一つ言われているのは、メンタルの問題です。統合失調症、強迫性障害、パーソナリティ障害などの他の精神疾患、自閉スペクトラム症などの発達障害、知的障害や認知症においても、摂食障害の一つとして、異食症が認められることが報告されています。こちらに関しては、精神疾患を扱う医療機関での相談となります。

 最も日常的に多い異食症は、鉄欠乏性貧血による氷食症です。なぜ鉄分をほとんど含んでいない氷なのかは不思議ですが、1970年の実験では、貧血にしたラットが氷を好んだことが報告されています2)。人間だけでは無いということは、本能にそういうプログラムがあるのでしょうね!

 脱血して貧血にしたラットと正常なラットを、自由に氷と水を選べる環境に置くと、正常なラットは約45%の水分を氷から摂取するのに対して,貧血ラットは96%の水分を氷から摂取したということです。この傾向は,ラットの貧血が改善するにつれ消失し,貧血がなくなったラットは氷には見向きもしなくなったそうです。本当に不思議ですね!

 最初の症例報告の5歳児は、まず貧血がベースにあって「ラプンツェル症候群」を発症し、吸収障害が加わって、ひどい貧血を呈していたものと考えられます。珍しい症例だとは思いますが、貧血で髪の毛が食べたくなるというのは、やっぱり驚きです。

 日本人の鉄欠乏性貧血の人では、10~15%に異食症が認められるようです。成人の場合、貧血になると、動悸や息切れ、易疲労感、頭痛や、皮膚や粘膜が青白くなるので容易に診断されます。しかし研究によると、思春期の鉄欠乏性貧血では、症状が出にくいことが知られています。

 思春期の鉄欠乏性貧血では、集中力や注意力の低下,情緒障害,学習障害が出てきたり、消極的で動作が緩慢となり,学習面の意欲に乏しいなどの症状のほうが強く現れることがあるそうです。生理が安定しない時期には、出血が多くなり貧血が出てくる子も少なくありません。

 元気で若い年代ですから、検査しないと貧血に気付けないことがあるのですが、この時期の貧血には異食症を伴うことが多いのです。日本の研究によると、思春期の鉄欠乏性貧血患者では、33人中26人に異食症が見られたそうです。

 内容は、重複も含めて、氷やアイスキャンディーが23人、ラムネ菓子やのど飴が2人、ガム、海苔、ひじき、茶葉が各1人ずつです。全例に鉄剤の治療を行い、貧血が治るまで内服してもらいました。すると3~6ヶ月で貧血は改善し、治療開始後、速やかに異食症も改善しています3)。

 治療後の感想としては、「そういえば,階段を昇るのがきつかった」「スポーツの記録が急に伸びなくなった」などのエピソードを思い出す子が多かったようです。治療により、身体が楽になり、氷が食べたくなくなりました。中には貧血と診断される1年前から、ガリガリ氷を食べるようになった人もいました。この世代の貧血は、ある程度異食症の問診で疑えるのでは無いかと感じます。

 ティーンエージャーのお嬢さんがいるご家庭は、アイスばかり食べていないか、チェックしてみても良いかもしれませんね。生物の身体、人間の身体は不思議です。人間の行動も、何を食べて、何が足らないかという事で、大きく影響されているように思います。

 食べ物はそれぞれ好みがあります。しかし同じものばかり食べてしまいがちだと、メンタルを含めて、思わぬ影響が出ていても気づかないことが多いのでしょうね! バランスよく食べるというのは思ったよりも難しい事ですが、なるべく心がけてゆきたいなあと思う蒼野でした。

参考文献:
1)A rare outcome of iron deficiency and pica: Rapunzel syndrome in a 5-year-old child iron deficiency and pica.; Turk J Gastroenterol. 2014;25:100-102

2)Pagophagia in the albino rat. ; Science,169  (3952):1334-1336,1970.

3)鉄欠乏と異食症の関係 一第1報 思春期の鉄欠乏性貧血における異食症の実態一  小児保健研究 第70巻 第4号,2011 472一478

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