お弁当一つで変わる医療のリアル!?

2023/11/07

 世の中には変わった研究論文があるものですね! ちょっと医師の身としては、あってはならないけど、そうなるよなあと実感してしまった不都合な真実について、皆様にもお伝えしたいと思います。

 医学って純粋な学問だと思いますよね。もちろん蒼野も、知識をアップデートしながら、患者様にとって一番良い治療を考えてゆきたいと思っています。2016年にJAMAに発表された論文によると、そんな治療選択が、お弁当をもらったかどうかでかなり変わってしまう可能性がある、という観察結果が発表されました。

 蒼野が研修医になった頃、1年目の給料は、10日間当直しながら、手取りで月12万円でした(38年前です)。暮らしてゆくには困りませんが、決して裕福ではなく、バブルの真っ只中だったこともあって、楽しみは薬屋さんが持ってきてくれるお弁当や、夕食を兼ねて行われる薬の説明会だったのは覚えています。

 人間は弱いもので、美味しいものを食べさせてもらうと、何とかお返ししようと思いがちです。同じような効果の薬の場合は、ご飯を食べさせてくれた会社の薬を使ってあげようと言う意識は、あまり考えていない場合でも、頭の片隅に残っているのです。

 この論文はアメリカで製薬会社のお弁当を食べた医師と、食べていない医師で、処方の確率がどう変わるのかを調べたものです。28万人弱の医師を対象に、平均20ドル以下、たかだか3000円のお弁当の有無と、処方内容について、5ヶ月間検討しています。

 対象として調べられた薬は、日本でも高脂血症で最も処方されているロスバスタチン(クレストール)、ARBという降圧剤の1種であるオルメサルタン(オルメテック)、心不全に使われる日本未発売の心臓選択的β遮断薬ネビボロールと、こちらも日本未発売の抗うつ剤(SNRI)であるデスベンラファキシンです。これらがどのくらい処方されたのかを、弁当の有無で比べています。

 これらの薬は、5~11年前の発売で、全ての薬にジェネリック医薬品が発売されています。つまり、価格が違うのみで、効果には大きな差は無いと考えられます。これらの4つの薬剤は、その宣伝のための説明会が、弁当付きで、5か月の研究期間中に行われました。製薬会社から、弁当以外の他の名目で資金援助を得ていた医師については除外しています。

 除外後の155,849人の医師が、4つのターゲット薬剤のうち、1つで20処方以上を書いた場合を抽出しました。そしてターゲットとなる薬に関連する食事を受け取った医師は、そうでない医師よりも、平均的な処方量が有意に多かったことが判明してしまいました。

 具体的には、ターゲット薬に関連した食事を4日以上受け取った医師は、ターゲット薬の食事を一度も受け取らなかった医師に比べ、有意差を持って、ロスバスタチンを1.8倍、ネビボロールを5.4倍、オルメサルタンを4.5倍、デスベンラファキシンを3.4倍の割合で、多く処方していたのです1)。

 いやあ、ある意味恐ろしい研究です。もちろん、測定されていない交絡因子によって結果が偏っていないかどうかは不明であるため、弁当を食べた結果、すぐにその薬を処方するという因果関係は証明されていません。ただ観察上は、有意な関連があったというものになります。さらに弁当提供回数が増えたり、弁当の値段が20ドルを超えたりすると、さらに処方率が高くなっていました。

 『全くけしからん!』と怒らないでくださいね。自分で言うのもおかしいのですが、医師には良心がありますから、弁当を食べたからと言って、あえて効きが悪い薬を選択すると言うことは無いと信じます。ただ効果が同じであれば、少し値段が高くても、そちらを選んでしまう人情も、持ち合わせているという事なのでしょう。

 額が大きければ、大きな問題になるのでしょうが、少額であっても、このくらい影響があるというのは、研究で出さなければ分からなかったと思うので、興味深いなあと感じました。商売や交渉に手土産を持参するのは、昔からの慣わしでもあり、やはり思ったよりも効果があるのかもしれませんね!

 蒼野は長くこの世界で働いているのですが、近年会食は無くなり、お弁当の機会も減ってきています。特に公務員となる公立病院勤務であれば、ボールペン1本もらう事さえ出来なくなりました。昔は医師と一緒に食べて飲んで、営業していた薬屋さんの仕事もずいぶん変わったと思います。

 コロナ禍だったこともあり、先進的な製薬企業では、薬屋さんの訪問も無くなり、AIによるチャットボットに、分からないことを質問するだけとなったところもあります。頭では当たり前のことだとは思うのですが、バブル時代にご馳走を楽しみにしていた蒼野としては、正直少し寂しく、またおおらかだった昔が、懐かしく思えてしまいます。

 社会は人と人との繋がりで出来ているのは、避けようのない事実です。確かに賄賂や裏金(お弁当!?)で、判断が決まるのは良くないと思いますが、慣習は今後も、形を変えて残ってゆくように思います。返報性の法則は、社会心理学において広く認識されている本能的な行動原則ですからね!

 これはアメリカの研究ですが、日本でも同じだなあと思い、紹介したくなりました。もちろん蒼野としては、薬屋さんのお弁当を食べたとしても、患者さんの利益、効果だけを元に、治療を考えてゆこうと思っています。でも全く同じ効果だと思った場合は…、お弁当の会社を選んでも許してくださいね。

参考文献:
1)Pharmaceutical Industry-Sponsored Meals and Physician Prescribing Patterns for Medicare Beneficiaries. ; JAMA Intern Med. 2016;176(8):1114-1122. 

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