砂糖:脂肪論争の顛末!

2023/03/03

 蒼野は1960年生まれで、給食ではマーガリンを食べ続けてきた世代です。小学校の時にも身体に良いと母親が「ラーマソフト」というマーガリンを買ってきて、安心して食パンにたくさん塗って食べていたのを思い出します。そのうちにマーガリンはトランス脂肪酸が多いということで悪者になり、最近はトランス脂肪酸が少ないマーガリンが出てきています。

 蒼野が育ってきた時に、耳にタコができたのは、『動物性脂肪は悪いのでなるべく控えろ』との親の教えでした。実は蒼野は脂が大好きで、小さい頃から沢山食べたがったからなのだと思います。でも今の栄養学では、間違いだったことが分かっています。今日は栄養学が、どんな風に変わってきたのかということについて調べてみました。

 事の起こりは、アメリカの生理学者、アンセル・キース先生の研究から始まります。1950年代、アメリカでは心臓病が、国中に広がる疫病の様な状態になっていました。食生活の変化に伴い、加齢と共に増える心臓病は、避けられない病気だ、ととても恐れられていました。

 100歳以上の高齢者が南イタリアに集中している点に気付いたキース先生は、人々が食べている物を見て、動物性脂肪が少ない地中海食が、心臓病を防ぐ回答であると考えました。1953年に16カ国の平均的な食事を調べ、肉や牛乳に含まれる飽和脂肪酸が有害で、植物油に含まれる不飽和脂肪酸が健康に有用であると結論づけました1)。

 しかしこの研究は自分の仮説を証明するためのもので、16カ国のうち、フランス、デンマーク、ノルウェーなどの、心臓病の発症は少ないけど、高脂肪の食事を摂っている国や、チリの様に低脂肪食を取っていて心臓病を患う数が多い国の事例を除外して、都合の良い数値を集めて結論づけた物でした。しかしこの研究は、心臓病の撲滅を願う多くの人にとっての希望となりました。

 キース先生は有名になり、栄養学の大家として世の中に迎えられました。もちろん上記の研究を見て、違う意見を持つ研究者も居ました。クイーン・エリザベス大学の栄養学教授、ジョン・ユドキン先生は、心臓病のみならず、虫歯、肥満、糖尿病、肝臓病、痛風、癌に至るまで、これらの疾患に砂糖が大きく関わっている、と主張しました。

 すぐさまキース先生を中心とする研究グループは反論し、アメリカの砂糖業界からの強力な援助と、P&G(植物油加工食品を作る)からの資金援助を受ける組織『アメリカ心臓協会』の国内への影響力を利用して、1967年に一流医学誌である、ニューイングランドジャーナルに、心臓病の要因となる食生活に関する総説論文を掲載しました2)。

 この論文は、虚血性心臓病を予防するために必要な唯一の食事介入は、食事中のコレステロールを減らし、アメリカの食事で飽和脂肪を多価不飽和脂肪に置き換えることであることに「疑いの余地はない」と結論付けています。知名度やさまざまな業界の思惑から、そのまま『飽和脂肪悪者説』は勝利してしまいます。

 アメリカ合衆国政府は「脂肪の摂取を減らし、炭水化物の摂取を増やせ」とする食事の指針を発表し、国民に呼びかけるようになりました。以来アメリカでは肥満・糖尿病・心臓病を患う国民の数は、増加の一途を辿ることになりました。恐ろしい話ですよね! 

 現代でこそ一般化されましたが、当時の論文には、どこから資金提供を受けた研究であるのかを提示する義務はありませんでした。砂糖業界がどの様に関与したかの経緯は、2016年にJAMAの論文になっており3)、企業の資金提供の元で書かれた昔の論文は、その意義を考え直す必要があることが提案されています。

 2017年にもう一度、5大陸、18か国に住む135335人を対象に行われた大規模な疫学コホート研究の結果が発表されています。炭水化物と脂肪の摂取量と、心血管疾患に罹る危険性およびその死亡率との関係についての調査です。

 その結果は、炭水化物の摂取を増やせば増やすほど死亡率は上昇し、脂肪の摂取を増やせば増やすほど死亡率は低下するという結果が示されました。細かく見ると、飽和脂肪酸の摂取量が多ければ多いほど、脳卒中に罹る危険性は低下しています。飽和・不飽和を問わず、脂肪の摂取は死亡率を低下させ、心筋梗塞および心血管疾患の発症とは何の関係も無かったのです4)。

 可哀想なのはユドキン先生です。最初から正しいことを言っていたのに、日の目を見ないまま、1995年に亡くなられました。一方一世を風靡したアンセル・キース先生は、1961年にはタイム誌の表紙となり、さまざまな勲章も貰い、大金を手にして別荘も建て、2004年に100歳と10ヶ月で亡くなられたとのことです。

 日本社会でも、アメリカにも追随した報道が行われてきており、その情報しかなかった我々は、炭水化物を喜んで食べ、肉の脂は残し、バターをやめてマーガリンを使ってきました。今でも低脂肪食品が健康的であるとして売られていたりします。根付いた社会通念というのは、なかなか変わらない物ですね!

 今でも高齢の患者様に「食事はどうしてるの?」と問うと、「なるべく脂ものは食べない様にしています」とおっしゃられる方が多いです。論文上では決着はついていても、メディアでは、砂糖や炭水化物、アルコール、加工食品などの害について報道される機会はとても少ないのです。メディアは業界がスポンサーですから仕方がないのかもしれません。

 蒼野は脳外科医ですから、今後ますます高齢化が進む社会で、こういう食事を知らずに食べていて、脳の病気が増えてしまうのがとても心配です。認知症だけでなく、メンタル疾患にも、食事は大きく影響しています。

 食事は自分で変えなければ、誰にも変えられません。身体に良い食事は、脳に良い食事でもあります。これからも、何が良くて、何が悪いのかについて、勉強して書いてゆきたいと思っています。今日の話でも分かるように、商品としての食品は、我々の健康を優先している物ではありません。短期的な害がなく、腐らず、よく売れる商品であれば良いのです。

 しかしその成分と病気の因果関係を証明するのは容易ではありません。論文もデータの分析の仕方次第で、結論を変えることさえできるのです。蒼野が食べ物で信じているのは、原始時代から縄文人が食べ続けているものに近いものでしょうか? 新しいもの、加工食品は食べ続けないよう気をつけてゆきたいと思います。

 それにしても、蒼野が子供の頃あんなに食べたマーガリンは、大丈夫だったのでしょうかね? ひょっとしたら今鼻水が出ている花粉症につながったのかなあ…。

参考文献:
1)Atherosclerosis: a problem in newer public health. ; J Mt Sinai Hosp N Y. 1953 Jul-Aug;20(2):118-39.

2)Dietary fats, carbohydrates and atherosclerotic vascular disease. ; N Engl J Med. 1967 Aug 3;277(5):245-7 

3)Sugar Industry and Coronary Heart Disease Research. ; JAMA Intern Med. 2016 Nov 1; 176(11): 1680–1685.

4)Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study. ; Lancet. 390 (10107). 2050-2062, 2017

参照ページ: Wikipedia  アンセル・キースhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B9

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