嗅覚

2022/04/01

 今日は五感の中でも嗅覚にスポットを当ててみたいと思います。目に見えない分、注意が払われることが少ない嗅覚ですが、食べ物が美味しいと感じる要素としても重要です。人生を楽しむためには無くてはならない物なのです。

 嗅覚は、空気中のにおいの分子を、鼻腔上部の嗅覚受容体がキャッチして、それが脳に伝わることで感じます。受容体の数が多いほど、においが識別できる仕組みになっています。ヒトの嗅覚受容体遺伝子は396個あり、一つの受容体で複数のにおいがキャッチできることで、1000種類程度のにおいに反応できる様です。

 最も嗅覚が優れている動物は、犬かと思いきや、アフリカゾウだそうです。アフリカゾウの嗅覚受容体遺伝子は1948個で、犬の811個の倍、人の396個の5倍もあります。長い鼻を高く上げて、遠くからのにおいを嗅ぎ分け、乾季には地中の水のにおいを嗅ぎ分けるそうです。大きな耳も持ち、聴力も発達しているため、視界の悪いジャングルの中で、いち早く敵を感知したり、食べ物や水を確保できたりするように進化しています。

 1億年前の哺乳類の祖先は、約800個の嗅覚受容体遺伝子があったとされています。象などの鼻が利く動物は、耳と共にその能力を進化させましたが、視覚は弱い様です。一方人間は視覚に頼るような進化を遂げ、鼻や耳はあまり発達していません。空を飛ぶ鳥や、高い木で暮らす猿なども、視力が発達しています。暮らす場所によって、発達の優先順位があるのですね!

 においは、我々の周囲に数十万種類あるといいます。においの好き嫌いについて、動物は生まれた時から決まっていて、例えば実験室で生まれたマウスでも、天敵の狐のふんのにおいを嗅ぐと逃げる事が分かっています。

 一方ヒトは、小さいうち(2歳児)には、バラの香りの部屋とうんちの匂いの部屋に入ってもらっても、二つの部屋に差は無く、不快に思うことも無いという実験があります。しかし3歳以上になると、うんちの部屋が不快になるように変化してゆきます。ヒトの場合は後天的な学習によって、いいにおいと嫌なにおいを学んでゆく様です。

 地面で生きる動物や、また夜行性の動物の場合、嗅覚が生命活動に必要不可欠であり、嗅覚がなければ、生存競争に勝ちぬくことはできない様です。餌や水だけではなく、繁殖のパートナーや、時期を選ぶのにも、においが重要です。また敵についてもにおいで知ることが多いのです。

 自分の縄張りを主張するのもにおいです。蒼野は犬が好きで、去年まで2代続けてゴールデンレトリバーを飼っていました。6月に亡くなってしまい、寂しいのですが、散歩に行くと、あちこち嗅ぎ回りながらマーキングするのが、楽しくて仕方がない様子をいつも眺めていました。

 ヒトは後天的ににおいに対する反応を学習すると書きましたが、体臭や汗の匂いに関しては、面白い実験があります。遺伝子のパターンが異なる男女6人が数日着用して染み込んだ匂いを男女121人に嗅がせると、免疫に関する遺伝子型が自分とは遠い人のにおいを好んだという実験があります。

 種の保存と進化のためには、自分が持っていない遺伝子型を持つ人のにおいに惹かれるというのは、理にかなっていますよね。娘にとって遺伝子型が近いお父さんの下着や靴下を、臭くて嫌がるのは、ちゃんと理由があるのだと思いました。運命の人はにおいで選べば間違いなさそうです。

 逆に赤ちゃんの頭のにおいは、親にとっては愛おしいにおいです。育児行動にも影響する要素と考えられ、遺伝子は近いのに、パートナーに選ぶ対象でなければ、自分の分身として、好ましく思うようになっているのは、自然の不思議だなあと感慨深いです。

 嗅覚受容体細胞の数には生まれつき男女差があり、女性の方が、男性の1.5倍多いと言われています。やはり女性は腐っているものとか、家の中での異常などに、敏感に対処できるようにできている様です。蒼野はカビの生えたオカズを口に入れてしまった事があり、腐りかけているかどうか、怪しい時には必ず妻に嗅いでもらう様にしています。

 鼻粘膜の上皮の嗅覚受容体細胞には、新型コロナウイルスが結合するACE2受容体が、多く発現しており、上気道で増殖したウイルスが鼻粘膜まで拡がると、嗅覚障害が生じると言われています。1ヶ月以上残存するものは10~20%前後です。嗅覚はやられても、直接生活の支障になる感覚器ではありませんが、食事が美味しくなくなるのは辛いですね。

 加齢と共に出てくる嗅覚障害は最近では、認知症の前触れとして注目されています。特にアルツハイマー型認知症やパーキンソン病、レビー小体型認知症などの前駆症状で認められます。アミロイドβやαシヌクレインといった、神経を変性させる物質は、病理的に嗅内皮質の障害が先行することで、嗅覚障害から始まる事が多いのです。

 副鼻腔炎とアレルギーが最多で、ウィルス感染後がそれに続きます。頭部外傷、手術、老年性変化、先天性などの原因でも嗅覚障害が生じます。炎症や感染であれば、治れば改善する可能性は高いです。ひどい外傷の場合や、手術で嗅神経が頭蓋底から剥がれてしまった様な場合には、改善は見込めません。大脳半球間裂を分けて入る手術では細心の注意が必要ですが、蒼野も何回か術後に嗅覚障害が出てしまった患者様を経験しました。

 嗅覚障害に関しては、有効な薬物治療はありません。しかし嗅神経には自然再生する能力がありますので、嗅覚を刺激するリハビリテーションなどで経過を見てゆくことになります。花や果実、樹脂、スパイスなどを1日2回、10秒ずつ嗅いで3ヶ月以上訓練してゆきます。においの刺激で嗅覚受容体細胞の再生が促進されると言われています。

 誰もが加齢と共に嗅覚も低下します。増悪因子として、動脈硬化、糖尿病なども関与します。男性は60歳代以降、女性では70歳代から有意に低下する様です。80歳代では7~8割以上で明らかになってきます。アメリカでの大規模調査では、65歳以上の13.9%に嗅覚低下が認められる様です。

 年は取りたくないですね。でも毎日色々な物の匂いを積極的に嗅いでいると、嗅覚障害は進みにくく、症状改善する場合さえある様です。毎日ご飯の時には、匂いも意識して楽しむことが大事ですね。五感を使って生活すると、認知症にもなりにくいと言われています。

 歩いているときに花が咲いていたら、立ち止まって香りを嗅ぐような生活を心がけようと思った蒼野でした。

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