久山町研究と糖尿病

2022/05/09

 皆様は、日本で行われた久山町研究というプロジェクトをご存知でしょうか? 医師であれば、ほとんどの方が知っていると思います。平均的な日本人の集団である、福岡県久山町の40歳以上の町民の、健康状態や、死因などを、何十年も追い続けている信頼度の高い疫学研究です。

 普通に考えて、年齢分布、職業分布が偏りのない、平均的な日本人集団の研究は、日本全国の研究を代弁するものであるはずです。40歳以上の受診率80%、剖検率75%、追跡率99%という徹底ぶりで、最初は脳卒中から始まり、糖尿病、認知症など、生活習慣病全体について、1961年から追跡、研究し続けている、世界でも稀な研究です。

 今日はこの中から生活習慣病の中で、特に重要な、糖尿病についてお話ししたいと思います。結論から言うと、久山町民の『糖尿病予防指導は、失敗に終わりました。』食事療法と運動療法を、14年にわたって指導し続けたにも関わらず、糖尿病も糖尿病予備軍も明らかに増えてしまったのです。

 これは研究初期に、当時の日本人と同様で、久山町の住民の脳出血がとても多かったのを、食事の減塩指導や降圧剤服用による血圧コントロールを行うことで、3分の1にまで減らすことに成功した事実とは対照的な結果になりました。

 通常糖尿病の診断は、採血でHbA1cという値で判断します。HbA1cは過去1~2ヶ月の平均的な血糖レベルを表します。糖尿病はインスリンの分泌が悪くなったり、インスリンが効きにくくなっている状態です。正確に診断するには、空腹時の血糖が高いか、ブドウ糖を摂った後、きちんと血糖が下がるかどうかが、本来の糖尿病や耐糖能異常が判断できる方法となります。

 久山町研究では、糖尿病、糖尿病予備軍の診断を、全員に75g経口糖負荷試験を行うことで、正確に評価しました。糖尿病は1988年では男性15.3%、女性10.1%でしたが、2002年ではそれぞれ24.0%、13.4%に増加。また、耐糖能異常は男性では19.0%から21.4%に、女性では18.7%から20.9%に、空腹時血糖異常もそれぞれ7.9%から14.3%、4.8%から6.5%に増えました。

 この14年間、ずっと住民に対して食事指導や運動指導は行なっていたのに、糖尿病やその予備軍が増えてしまったのです。40歳以上の男性の約6割、女性の約4割が、糖尿病予備軍を含む耐糖能異常があることが分かったのは、日本全体のモデルであることを考えても、恐ろしい数字ですよね!

 それではどうしてこんなことになってしまったのでしょうか? 久山町で指導された食事療法は日本糖尿病学会推奨のものでした。糖質60%、脂質20%、たんぱく質20%という、カロリー制限重視の高糖質食で、糖尿病予防に良い影響を与える運動療法も合わせて指導しました。もちろん日本全体の食事の質が変化したことも影響はしていると思われます。

 運動が糖尿病を悪くすることはありません。原因の一つは食事の内容ににあったことが推測されます。久山町の人々が食べていた食事は、決して特別な物ではなく、かたよってもいない日本食です。糖質を60%も摂取する、従来の糖尿病食の指導では、糖尿病が進んで行く可能性が示唆されました。

 糖質が多い食事を摂っていると、それに対してインスリンが、1日に何度も、沢山分泌されます。高濃度のインスリンによって、細胞のインスリン受容体の数が減ってしまい、インスリンが血糖を細胞内に取り込む力が低下します。これがインスリン抵抗性です。食後の血糖値が下がらなくなる、糖尿病予備軍の状態です。

 インスリンの効きが悪くなるため、膵臓のランゲルハンス島は、さらに沢山のインスリンを分泌する必要が出てきます。インスリン抵抗性の進行と、高血糖の繰り返しによる悪循環で、オーバーワークとなり、インスリンが作れなくなると、空腹時にも関わらず、血糖が上昇してしまいます。これが糖尿病の発症です。

 つまり、糖質が多い食事をしていると、年月が経つうちに、少しずつ負荷がかかってゆき、膵臓のランゲルハンス島でインスリンが作ることが出来なくなってしまいます。もっと糖質は制限するべきなのです。日本では、主食を食べるのが当たり前です。甘いものを控えれば糖尿病にはならないと思っている人が多いのです。

 2013年、米国糖尿病学会は、糖質制限食を正式に容認しました。また「飽和脂肪酸摂取量と脳心血管イベント発生は関係がない」とか、「低炭水化物・高脂肪・高タンパク食に冠動脈疾患のリスクなし」とか、「低脂質食に心血管疾患改善効果なし」といった結論が、信頼度の高い研究で、次々に発表される様になってきました。

 従来の糖質の割合の多い、カロリーの低い糖尿病治療食は時代遅れとなっています。血糖値を上昇させる食べ物は糖質だけです。糖質を制限しない限り、いくら脂肪をカットしても、低カロリーにしても糖尿病は進行してしまうということなのです。これはもうアメリカでは常識となっています。

 また糖尿病薬に関しても、13の研究を選択してメタ解析した結果、糖質を摂取しながら、厳格に薬物療法で血糖コントロールしようとしても、低血糖発作のリスクも増えるため、患者様にとって、利益はほとんどないことも証明されました。

 糖質60%の食事は、やはり人類の遺伝子には合っていない食事なのだと思います。農耕生活に入るまでは、世の中に2型糖尿病は起こり得なかったと蒼野は考えます。健康でエネルギッシュに生きていく為には、遺伝子に合った食事に近づけるべきではないでしょうか?

 40歳を過ぎたら、毎食の糖質量は少し減らしましょう。ご飯茶碗半分程度にすれば、血糖値は改善し、中性脂肪も下がります。加工食品の少ない健康的な食事なら、体重は正常範囲に落ち着いてきます。食後の血糖スパイクが起こらなくなれば、昼ごはんの後も、居眠りすることなく、バリバリと働けます。

 高血糖や、食後血糖スパイクが減ることで、動脈硬化と老化の要因である、糖化や酸化が起こりにくくなり、高齢になっても健康レベルが保ちやすくなります。やはり糖質制限は健康長寿には、絶対必要な要素なのだと思います。もちろん甘い飲み物はNG、スイーツもときどきにするか、少量デザートに食べましょう。

 蒼野が実践していて、ずっと続けられる糖質量は1食40~60g程度、1日で130g以下を目指すと良いと思います。健康的な有酸素運動と16時間ファスティングを取り入れれば、1食60g位摂っても、居眠りすることなく過ごせており、とても調子が良いのです。

 今までの常識は、数々の論文と共に、病気の治療や考え方自体も、どんどん変わってゆきます。昔の考え方に固執せずに、柔らかい頭でベストと思う生活習慣を試してゆきたい蒼野でした。

参考文献:

1、The Epidemiology of Diabetes Mellitus : the Hisayama Study 

福岡医学雑誌102巻5号 175-184 2011      向井 直子、 清原 裕

2、糖尿病合併症の時代的変遷と今日の課題:久山町研究   清原 裕

Journal of Japan Academy of Diabetes Education and Nursin  ; Vol22 No.1  50-56 2018

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