化学物質過敏症

2022/03/11

 若い人は分からないと思うのですが、1990年代にバブル景気で、新築住宅がどんどん建てられていた時代に、シックハウス症候群という、化学物質過敏症が問題になったことがあります。『家に殺される!』などというショッキングな見出しで報道されていたのを蒼野も覚えています。

 問題物質である、ホルムアルデヒドの数値がちゃんと規制され、最近では、ほとんど聞かなくなったと思っていたのですが、これが診断が付きにくい形で残っているという記事を目にしたので、今日はそのことについて書いてみたいと思います。

 新築住宅の建材として、低コストで、見栄えの良い合板や、集成材は、木材を大根の桂剥きのように薄く剥いだものを、接着剤でミルフィーユ状に何枚も重ねて作ります。接着剤は尿素とホルムアルデヒドを合成して作るのですが、加水分解するため、湿気で溶け出して家の空気を汚染するのです。

 ホルムアルデヒドは所謂ホルマリンの成分で、タンパク質を固定化して腐らなくするため、医学部では解剖実習の時には、悩まされました。目が痛くなったり、気分が悪くなったりしたのを覚えています。鼻血が出やすくなったり、頭痛、倦怠感、手足の痺れなども起こすこともあります。

 身体の免疫システムが反応して、ホルムアルデヒドに感作されると、花粉症と同じように、ごく少量のホルムアルデヒドで症状が起こるようになります。これが当時のシックハウス症候群です。この疾患は、化学物質過敏症とも言われ、診断が難しい疾患です。

 血液検査では判別できず、本人の自覚症状と、その環境との関係を、問診することでしか診断できないのです。同じシックハウスに住んでいても、専業主婦の奥様は、家で22時間くらい過ごすけど、夫は仕事から遅く帰って10時間くらいしか居ない場合などは、奥様だけが感作して症状が出るけど、夫は何ともない、などというケースもあるのです。

 2002年に行政は、ホルムアルデヒドを含む13物質の指針値を決めました。しかし、住宅内の化学物質は1000種類くらい検出されます。そこで、総揮発性有機化合物濃度(トータルVOC)を1立方メートルあたり400μg以下という目標値も作りました。2003年の建築基準法の改正で、ホルムアルデヒド濃度が規制されることになり、住宅内のホルムアルデヒド濃度は一気に低下することになりました。

 しかしその後の接着剤に使われる化学物質の毒性が、調べられた訳ではなかったのです。毒性が不明な代替化学物質に変えられた建材で作られた家は ホルムアルデヒド基準を満たした、シックハウスのない家と言われて売られています。トータルVOCは目標値ですので、一部の良心的な業者だけが計っています。

 2010年に新築された参議院の議員会館で、重篤な感作による症状が出た人が何人もいて、大きな問題になりました。法規制の13物質の濃度はもちろん基準以下でしたが、トータルVOCは6倍にあたる2400μg以上になっていることがわかりました。内訳は13物質は5%で、同定できた物質が41%、同定できない物質が54%を占めていました。

 実は人間の身体は、どんな化学物質に感作してもおかしくはありません。新築の家に住んで、もし調子が悪くなっても、今の法律では、業者は「シックハウスではないですよ!」と答えることになります。この原因不明の不調は、よほどひどい症状でなければ、普通のクリニックや病院では診断がつかないことが多いのです。

 またトータルVOCだけでの判断にも、限界があります。化学物質の中には超微量でも、人体に害をもたらすような物質が分かって来ています。代表的なものが、ポリウレタンの材料となるイソシアネート類です。イソシアネートは様々な物質と反応して、様々な物質を作ることができる物質です。

 建材だけではなく、家具や家電、自動車、衣類、医療材料など、応用範囲がとても広くなっています。中でも危険なのは、工事現場のスプレーや注入、断熱工事、シーリング工事などで使う場合で、モノマーの状態で使われます。扱う人は保護する防具が必要です。皆様も工事現場には近づかない方が無難ですよ!

 イソシアネートは喘息を引き起こします。室内濃度の基準値は、0.000007ppm以下です。シンナー(トルエン)の基準値が0.07ppm以下ですから、その1万倍もの毒性があるのです。イソシアネートは、測定する機器にひっついてしまうため測定が難しく、もちろん微量ですのでトータルVOCは役に立ちません。診断がとても難しい化学物質なのです。

 実はこのイソシアネートは、意外にも我々の身近で、最近よく使われています。柔軟剤や合成洗剤、消臭剤などの香りを持続するための、マイクロカプセルに使われているのです。嗅覚は同じレベルの匂いを嗅いでいると、すぐに慣れてしまい、匂いを感じなくります。

 香料が入ったマイクロカプセルが、摩擦や熱や汗などでプチッと弾けると、匂いの強弱が生まれるために、ずっと香りが続くことになります。イソシアネートのモノマーが少しでも残っていれば、柔軟剤や洗剤、消臭剤などで、化学物質過敏症が起こる可能性は否定できないのです。

 また香り自体も、コストの安い合成の化学物質で作られた香料を使っていることが多いため、こちらに反応して過敏症が起こる場合もあるかもしれません。所謂「香害」と呼ばれています。皆様の中にも、匂いが苦手な方もおられるのではないでしょうか?

 化学物質過敏症は、診断法も無く、詳しい医師以外に症状を訴えても、理解してもらえることが難しい疾患です。正直蒼野も、今まであまり気にした事がありませんでした。また治療も、感作された物質への曝露を避けるのが、唯一の根本的な方法になります。周囲に理解されにくいため、患者本人はとても辛い疾患なのです。

 学校や職場に、反応する化学物質がある場合は、学業にも仕事にも大きな支障が生じます。特に「香害」がある場合には、周囲の人の衣類の香りで、頭痛や眩暈、倦怠感などが起こります。トイレの漂白剤や、タバコの匂いなどでも苦しめられたりもするのです。

 化学物質に一旦感作されると、脳が過敏になって、微量な曝露でも症状が引き起こされます。周囲からは大袈裟な人とか、神経質な人、変人などのレッテルが貼られやすく、孤独を感じます。そのためにメンタルが悪くなる人も多いのです。

 患者様を救ってあげるには、周囲がその大変さを理解して、香り付きの洗剤や柔軟剤を使わないことや、こまめな換気が重要です。患者様本人は、自分の鼻を頼りに、その場所を避けることで自分の身を守ることが大切なのです。

 この疾患は、時間をかけた問診からでしか、診断できないものだと思います。蒼野も思い出してみると、スギやヒノキやハウスダストの抗体価が上がっていないのに、家にいると調子が悪い人とか、何をやっても眩暈が治らない人などに、化学物質過敏症の人が居たのではないかと、今反省しています。やはり自覚症状などの問診は丁寧に行わないといけないなあと改めて思いました。

 これから暑くなっても、オーデコロンなどはつけないことにしようと思う蒼野でした。

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