老衰!

2022/09/02

 今日は少し重たいお話です。先月24日に京セラやKDDIの創業をされた稲盛和夫氏が90歳で亡くなられました。蒼野も尊敬しているお方だったので、本当に残念ですし、ご冥福をお祈りしたいと思います。その死亡原因は老衰という事でしたので、最後まで立派だなあと思うと同時に、その辺を少し考察してみたいと思いました。

 超高齢社会に既に突入している日本では、これからの死亡者数はますます増えて行くはずです。普段の話題で「死」を口にするのは、憚られる風潮がある日本ですが、誰もが避けては通れない道なので、残された家族のことなども含めて、理想の死に方について考えておくのは、大事なことなのではないかと思います。

 「老衰死」は、2018年に死亡原因の第三位に浮上しました。老衰死の定義は「高齢者でほかに記載すべき死亡原因のない、いわゆる自然死」です。かつては70~80代、現代では90歳を超えた方の死因に多くみられます。日本人の全死亡者数は、1980 年代は 70 万人台、1990 年代では 80 万人台でしたが、2018年の数字は年間 138.2万人と一気に増え、特に高齢者の死は日常化してきています。

 1950年代までは、日本人の8割が自宅で死を迎えていました。2017年のデータでは、医療機関で亡くなる人は74.9%、老人施設で亡くなる人が10%、自宅で死亡した人が13.2%と、割合は逆転しています。人によって価値観や考え方が違うと思うので、どこで死を迎えるのが幸せかは分かりませんが、それぞれがどんな風に亡くなりたいのかを、はっきりイメージできていれば、残された家族が、困惑することもないのかなと思ったりします。

 蒼野も病院で何人も看取った経験から思うことがあります。もし自分が急病や怪我ではなく、老衰や食べれなくなって亡くなるのであれば、自宅が良いなあと思ったりします。病院で治療することで元通り回復するのなら、入院する意味があるのかもしれませんが、延命の為だけに病院に入るのはゴメンです。

 想像してみて下さい。老衰は老いて心身が衰えた結果です。全身の臓器の機能が低下し、口から食べることができなくなり、意識もはっきりしなくなり、1日中眠っています。枯れ木が静かに倒れて行くような状態です。苦痛も感じにくくなっていて、苦しむことなく最終的には息を引き取ります。

 食べたり飲んだり出来なくなれば、余命は5~7日、長くても10日位です。老衰の末期に病院に搬送された本人が「こうして欲しい」と言うのは見たことがありません。動揺されているご家族に相談すると「何もしないというのは、見殺しにするようで、見ていて辛い!何かしてあげたい!」と言われることが多かったです。

 最低限の治療として点滴を始めると、1.5~3カ月ベッドの上で過ごすことになります。もっと積極的な治療ということになると、経鼻チューブを胃の中まで入れて、経管栄養を行います。胃に穴を開けて、腹部にチューブを増設する胃瘻手術まで行うと、もっと長期に渡って寝たきりのまま、生命を保ちやすくなります。

 栄養を摂れなくなったので死ぬというのは、他の動物や自然界では普通のことです。医療が身近になかった、つい70年前までは、年寄りがものを食べなくなったら、仏間に布団を敷いて、ただ寝かせておくだけだったのです。無理に食べさせようとせず、枕元に水だけ置いておきます。生きる力が残っていれば、自分で手を伸ばして水を飲み、それでも1カ月くらい生きたりしていたのです。「食べないから死ぬ」のではなく、「死ぬのだからもう食べない」だけなのです。

 諸外国の考え方は、昔の日本に近いです。経口摂取不能は人の死という考え方が浸透しており、高齢者ケアの先進国である欧州などでは、食べられなくなった人に無理に食べさせたり、栄養を与えたりするのは高齢者への虐待行為と認識されるようになっています。

 しかし日本では法的な整備も無く、本人が意思表示不能の場合には、ご家族に決めてもらっているのが現状です。もちろん強制的に栄養を補給すれば、生命予後は延長します。一方ヨーロッパの経管栄養のガイドラインでは、「認知症高齢者には適応がない」ことなどが定められているのです。

 日本は寝たきりが世界で一番多い国です。イギリスの3倍、アメリカの5倍、スウェーデンと比較すると10倍もの開きがあるのです。もちろん考え方の違いもあると思いますが、実際には医療費の問題が大きく関与しています。海外での入院治療は目玉が飛び出す程高いのです。日本では国民皆保険で、高齢者なら1割の負担で済むからです。そこに沢山の税金が使われています。

 高齢になって身体機能が衰え、治療によって回復できない慢性的な病気でも、入院する人が多くいるのが日本の現状です。確かに家が狭く、核家族化で介護者も居らずでは、病院に頼りたくなるのは無理はありません。しかし人生の最後の時も、病院に任せっきりというのでは、自分が思う終活とはかけ離れてしまいそうです。

 現時点でも日本の年間の医療費は44兆円を超えており、病床数は世界一です。今後さらに高齢化が加速して行き、国力も低下してゆく現状では、考え方を変えて行く必要がある様に思うのです。蒼野自身は、老衰でもう余力がなくなったり、認知症が進んだり、脳卒中で植物状態になったりした時には、家族の為にも、日本のためにも栄養補給等の延命治療は受けたくありません。

 現時点では、同じ様に考える人々も居て、終末期において自らの意思で延命処置をおこなわず、自然な死を迎える尊厳死について、立法化に向けた取り組みが行われています。2021年3月には、尊厳死の法整備を推進する「終末期における本人意思尊重を考える議員連盟」が再び始動し始めました。

 しかしまだ日本は法律がないことで、尊厳死がグレーゾーンになっているのです。一旦治療を開始してからそれを中止するというのは、医師の立場としてはまだハードルが高いです。社会的コンセンサスが得られていなければ、ごく近いご家族が納得されていても、亡くなられた後、親戚とか社会に責められる心配が拭いきれないからです。

 あなたは、自分で考えたり、感じたりできない状態になった時に、できるだけ長く心臓が動き続ける治療をして、生かされたいでしょうか? 元気な時に「最期を過ごしたい場所」や「食べられなくなったらこうしてほしい」などのリビング・ウイルをきちんと書いておくと良いかもしれません。書かないまでも、ご家族に思いを伝えておくのは大切なことだと思います。

 まだ日本では人口の3.2%の人しかリビング・ウイルを作成してはいないようです。医療現場で、自分で食べることができず、自分の意思が表現できない患者様を見ていると、ご批判はあるかもしれませんが、私見として、もっと治る見込みがある人に手厚く医療費を使ってあげると良いのにと思うことがあります。

 人の死は、デリケートな問題だとは思いますが、必ず直面する問題です。蒼野としては、ヒトも動物と同じように、最後は自然に亡くなるのが幸せなのではないかなあと思っています。健康長寿、老衰による大往生に憧れる蒼野でした!

参照ページ: 

日本人の死因第3位になった「老衰」の定義は意外に難しい https://doctor.mynavi.jp/column/rousui/

リビングウィルとは 日本尊厳死協会  https://songenshi-kyokai.or.jp/living-will

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